ミハシラ=アーカイブス (9)
生者の霊廟と呼ぶに相応しき捩れた
その場の気まぐれで、駐車場までエレベーター脇の非常階段をテクテクと降りてゆくことにした寅吉は、前を歩く環からメンソール(大人と子供の相の子の為の嗜好品)を受け取り、その不浄の煙を肺一杯に溜めて言った。
「知っていましたね?」
「当ッたり前でしょ」
小柄な環の頭は、段差の所為もあり驚くほど低い位置にある。彼女はいつもの、キンキンと響く
「そんな上辺だけの情報で、はいそうですかと納得するほど、記憶と――イヤこの世界といい加減に向き合っちゃいないわよ」
「いつから気付いてたんです」
「そりゃ最初からずっと。いくら
「じゃああの戦地レポートっていうのは――」
「アレは態の良いカッコつけよ。映像作家としての収入は頭打ちで、エロビデオのモザイク掛けを含む動画編集で糊口を凌いでいたみたいだから、幸いにしてプロ意識の塊で第三者の立場を崩さなかった
寅吉はまだ納得しかねる様子だった。
「でも判りませんね。久世輪太郎博士の産みだした〈ミハシラ=アーカイブス〉は、ある種の
「別に悪用も何もしていないじゃない。ありゃただあなたの早とちりだった」
環は
「でも一つ言えるのは――津山沙世は、本当に父親の存在なんか気にしちゃいなかったし、〈ミハシラ〉のことも知らなかった。いくら根拠薄弱でも、今まで自分に言い聞かせてきた不在証明を裏付けるモノがもう一つさえあればそれで充分で、それをずっと待ち侘びていた――」
環はそこで言葉を切り、また歩みも急に止めたため、寅吉は危うく躓いて階段から足を踏み外しそうになった。
その無様な姿を環はいとも可笑しそうに眺め、いささか子供染みた笑みに顔中を綻ばせ、こう言うのだった。
「+《プラス》はかく語りき。かくに人の記憶も、その記録も不確かなもの。ゆえに世界は完全ではなく、
* * *
その〈記憶〉は今も〈ミハシラ=アーカイブス〉の母なる
風が吹けば飛ぶようなちっぽけな機器で、いずれは埃と共に
〈記憶〉の主はかつて長い長い
暗い積雪の下から這い出て、目の前に広がっていた春の
けれど雪解けの
主は〈世界〉に慣れ、自らの
〈智〉の渇望は薄れた
怖いのではない。
思いのほか美味しくなさそう。
ただ、それだけのことだった。
《終》
ミハシラ=アーカイブス 岩橋のり輔 @nor_iwahashi
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