芦田絢斗

第1話

 コンコンと、今日もまた僕はドアをノックする。


 もう何年も開いていない、まるで外の世界を拒絶しているかのようなドアを、毎日やっているように、2回、ノックする。

「……」

 返事はない。

 前はまだ、ぶっきらぼうだけど、投げやりな感じに返事はあったのだけど、今となってはその返事さえ、無くなっていた。

 僕は腰に手を当てて、ため息をつく。

 一体どうして、こいつは引きこもってしまったのだろう。

 一体いつまで、こいつは引きこもり続けるつもりなのだろう。


 こいつは、小学校の頃から引きこもり生活を続けている。

 理由は分からない。

 別に成績が悪かった訳でもないし、イジメられていた訳でもない。

 むしろ、クラスの中心にいつも立っているようなやつで『家が隣同士』なんて、迷惑極まりない接点のおかげで、僕はいつも優等性なこいつと比べられては『ダメなやつ』の烙印をおされていた。

 だからこそ、こうしてこいつが引きこもったという話を聞いた時は耳を疑ったし、悪い冗談だと思った。

 快活で活発で溌剌はつらつたるこいつが陰湿な引きこもりをするのなら、それよりダメなやつな僕はどうすればいいんだよ、自殺でもすればいいのか? どうしてそんな、自己嫌悪の殺人鬼みたいな事をしなきゃいけないんだよ。

 そんな冗談を言える程度には、本当に冗談だと思っていた。

 しかし実際は、悪い冗談ではなく、嫌な現実だった。

 以降、このドアは一度も開いたことがなく、僕の中でこいつは小学生の姿のまま止まっている。

 現実はこいつの為に時間を止めてくれたりしない。

 こいつが引きこもっているうちに、僕は小学校を卒業して、中学生になり、普通に勉強して、当たり前のように落ちこぼれて、運動系の部活に入って、特に何かあった事もなく、普通に恋をして、振られての、甘くなくて苦々しい青春を送り、こうして卒業までこぎつけている。

 中学で残るイベントは卒業式だけ。

 そして来年、僕は高校生になる。

 それだけの日数を経ても、こいつは学校に行こうとしなかった。

「はあ……」

 こいつが引きこもってからというもの、僕はこうしてドアの前に立って、こいつに話しかけ続けている。

 もうそれは日課となり、学校からの帰り道に、自然とそこに足を運ぶようにまでなっていた。

 ここまで来ると、僕の選択肢に『諦める』の3文字は、もう残っていなかった。

 それは決して、彼女を学校に行かせてやる! という使命感からではなく、今までの苦労を無駄にしたくない、骨折り損にしたくないという、至って自分勝手な考えからだ。

「なんか、目的と手段がごっちゃになってるな」

 痩せるためにランニングをしていたら、ランニングが思いの外楽しくて、痩せてからも続けている。みたいなものだろうか。

「そんな前向きな話じゃないけどな」

 そうして今日も、もはや自分のためになっている日課を終えて、僕はドアの前を後にした。

 その途中で会ったおばさんに挨拶をして、僕は家に帰った。

 その日の夜のことだった。

 久しぶりにあいつから連絡

チャット

がきた。

『いつもいつもごくろうさん』

「……誰のせいだと思ってる」

 スマホの画面に映るその文に、僕はほう言い返しながら、返信を書く。

『お前こそ、引きこもりごくろうさん。あと漢字を使え』

 そう返信した数秒後『うるつさい』と明らかにタイプミスしたメッセージがでる。

 あいつは小学校の頃から引きこもっているせいか、ローマ字を使うことができない。そしてあんまり漢字を覚えていないから、こんな感じにひらがなオンリーになることが多い。

「ええと『そろそろ漢字ぐらい覚えねーと、馬鹿だと思われるぞ』おっと、馬鹿はカタカナにした方がいいか?」

 これが僕とこいつの唯一のコミュニケーションツールになっている。

 だから僕はこのラリーを途切れさせないように、すぐ返すように心がけている。

『いいよべつにこまらないから』

11︰25


『ぼくが困る。漢字を教えてやろうか?』

11︰25


『なんとなくでよめるからいい』

11︰25


『馬鹿』

11︰25


『ばかってなによばかって』

11︰27


『お前今、絶対調べただろ』

11︰27


『しつれいな』

11︰27


『なら十秒以内にこの漢字を答えてみせろ。  阿呆』

11︰28


『くぁ』

11︰28


『くぁってなんだ。あほうだ、あほうめ。眠いのか?』

11︰28


 なんて送ったあと。

『qr:wb/x;.6t3xy』

11︰29


 なんて、意味不明な文章が送られてきた。

 眠気に負けて、キーボードの上で眠ってしまったのだろうか。

「僕も寝るか……」

 その後数分待って、返事がないのを見てから僕はスマホを充電器につけて、部屋の電気を消した。

 隣のあいつの部屋は、まだ電気がついていた。


 2


「ねえ、まだあいつの部屋に入り浸ってるの?」

 入り浸ってねえよ。部屋に入ることすら、出来てねえし。

 そんな事を言われた帰り道、僕はいつも通り、あいつの部屋の前に立った。

 そして二回、ドアをノックする。

「おい阿呆、起きてるか?」

 返事はない。

 反応一つ、聞こえない。

「はあ……。また来るからな」

 僕はため息をついてから、踵を返す。

 途中であったおばさんに挨拶してから、僕は家に帰った。

 その日はチャットに、あいつからのメッセージが届くことがなかった。

 それを待ち続けるのもなんだか癪だから、普通に電気を消して、その日はそのまま眠った。

 あいつの部屋の電気は、ついたままだった。


 3


「ねえ」

「もう私たち明日には卒業するんだよ?」

「明日には中学生じゃなくなるんだよ?」

「義務教育は終わり」

「どんな人でも等しく勉学を学ばせないといけない、教えないといけない年数は終わり」

「これからは勉強したい子が、学ばせてもらいに行くステージ」

「私は勉強嫌いだけどね」

「それでも私は高校に行く。みんな行くから、私も行く」

「けどあいつはドロップアウトした」

「高校からは、あいつみたいな奴に、優しくする暇もない」

「分かる?」

「学校に行かないあいつに、固執する必要はないの」

「差原くんの貴重な時間を費やす必要はないと思うんだ」

「だからさ」

「もうあそこに行くのはやめよ?」

 別に僕はあいつに固執しているわけじゃない。

 ただ、止め時を見失ってるだけだ。

「おい」

 その日、卒業式の前日。

 僕はいつも通り開くことのないドアを二回ノックして、話しかける。

 返事はない。

 いつもならここでため息ひとつついて帰るところだけど、今日は違う。

 僕はそのまま立ち止まって、話しかける。

「明日は僕らの中学の卒業式だ」

「お前にとっては思い出もないし、思い入れもない、そもそもその門を通ったことさえない学校の卒業式だ」

「お前、明日それに出席しろ」

 僕はつきつける。

 あいつが閉ざしたドアの外の世界を。

「せめて最後の日ぐらいは、学校にこい」

 反応はない。

 それでも僕は繰り返す。

「一度でいいから、学校にこい。いいな?」


 4


「3組、出席番号6番。差原修之

さはらのぶゆき

「はい」

 結局。

 あいつが学校に現れる事はなかった。

 ドアは開かれることはなく、あいつが部屋から出ていくことはなかった。

 卒業証書を受け取り、校歌を歌う。

 卒業式を終えて、体育館から出て教室で担任の話を聞いて解散。

 伝説の桜の木の下で告白とかそんな特殊イベントが発生することなく、普通に家に帰って、いつも通りあいつの部屋に立ち寄って、結局中学時代一度も開くこともなかったドアを二回ノックした。

 いつも通り、返事はない。

 僕はふう、と息を吐いて、開かないドアを蹴った。

 初めてした、三回目のノック。

 それは自分でも驚くほど攻撃的で、暴力的な一回だった。

「おい」

 僕はドアの向こうにいるであろうあいつを睨む。

「どうして卒業式に来なかった」

 お前にとって、外の世界はそんなにもどうでもいい存在なのか?

 心の中がぐつぐつと煮えたぎって、どうしようもないぐらい、僕は怒っていた。

 どうしてここまで怒っているのか、僕自身よく分かっていなかった。

 そもそも一回も行ったことがない学校の卒業式に行けなんて言われた所で、困惑するだけだろうし、そんな学園ドラマじゃないんだ。今まで引きこもっていた奴が、卒業式に出たいなんて言い出すはずがないし、卒業式に来るなんて感動的エンドが迎えられるなんて、全く思っていなかった。

 思っていなかったのなら、どうしてこんな事をしたのか。

 ただ、中学卒業を機に、この習慣を終わりにしたかった。

 そんな自分本位な理由だ。

 そうだ、僕はそんな自分勝手な理由でこいつを外に出そうとした。

「だからさっさと出てこい――ん?」

 僕はそのままの勢いでドアノブを掴んで、驚いた。

 なぜならそのドアノブが、ガチャリと音をたててひねる事が出来たからだ。

 ドアノブは捻って開けるものだろうと誰もが思うだろうが、考えて欲しい。

 これは引きこもりの部屋のドアだ。

 もちろん、今まで施錠されていたはずだ。

 なのに今、どうしてか今、その鍵は外されていた。

「……」

 ゴクリ、と生唾を飲み込んで、ドアノブをひねる。

 今まで開くことがなかったドアはゆっくりと開き。

 僕の眼に、あいつの姿が映り込んだ。

 小学校三年の頃から、実に七年ぶりに見たあいつの姿は、僕が想像していたよりも変わっていて、果てていた。

 あいつは――衣笠

いがさ

英梨

えり

は変わり果てた姿で、吊り下げられていた。


5


「え?」

 驚いた。

 普通に驚いた。

 それはあまりにも非現実的な状況で、僕の頭はそれを現実として受け入れようとせずに、まるで好きな漫画キャラが死んでしまったのを見てしまったそうな、その程度の驚きだった。

 しかしそれも徐々に驚愕へと変わり、僕は声を荒げながら後ずさった。

 足をもつれさせて、尻もちをつきながらも僕は後ずさって、部屋から脱出した。

 衣笠英梨が死んでいた。

 天井から吊り下げられた縄で首を絞めて、衣笠英梨は事切れていた。

 実に七年ぶりに再会した彼女は僕が想像していたよりも大きく成長していて、予想以上に可愛くなっていた。

 土気色になっていた顔は最後にあった時よりもずっと大人びた顔つきをしていた。

 しかしその顔は苦痛によって歪んでいて、苦悶によってひん曲がっていて、だらんと垂れた舌は、根っこの部分まで乾ききっている。

 どこからどう見ても、死んでいるようにしか見えない首吊り死体が、そこにはあった。

「ど、どうしたの差原くん。いきなり大声をあげて」

「お、おばさん。警察に通報してくれ! 英梨が死んでる!!」

 久方ぶりに僕は、思いもよらない状態で、英梨の名前を叫んだのだった。


 おばさんは警察に連絡をしに、電話のある部屋に向かい、僕は英梨の部屋の前に立ち尽くしていた。

 何度見ても部屋の中で人が首を吊って死んでいて、何度見てもそれは衣笠英梨だった。

 足元には足跡がついた椅子が転がっている。

 彼女はそれに足をかけて首をつったのだろうか。

「……」

 最初に見た時は唐突だったこともあって動揺したものの、馴れてしまえば死体なんてものは、生気がないだけの人間なのだなと僕は思った。

「友達が死んだっていうのに、そんな反応しか見えないなんて、薄情ものだな僕は」

 ドアの向こうに話しかけるも、反応がない。

 返事がないのではなく、反応がない。

 今までは英梨が反応しなかっただけだけど、今は返事をしたくてもできない。

 返事がないという点では、それは同じだけれども、その意味合いはかなり違う。

 反応がないというのは、もう二度と話すことが出来ない。

「結局、どうしてお前が引きこもったのか分からずじまいだったな……あ」

 つぶやいて、僕は気づいた。

 そうだ、コミュニケーションは交わせなくても、会話をする事が出来なくても、英梨から一方的に言葉を残すことは出来るのではないだろうか。

 つまり、ダイイングメッセージなり遺書なりが残ってはいないだろうかと僕は思い立ったのだ。

 そうして僕は、もう既にそこまで嫌悪感を覚えることがなくなった英梨の部屋に、再び入った。

 それ探すまでもなく、すぐに見つかった。

 彼女がいつも使っていたであろう机の上にノートパソコンが置かれていて、その画面にはwordが開かれていた。

 そこにはこんな文章が書かれていた。


『つかれた』


「ーーっざけんな!」

 僕はキーボードを平手で叩きつけながら叫んだ。

 ふざけんなふざけんなふざけんな!!

 どうしてお前に疲れる要素がある! お前はずっと部屋に閉じこもっていただけだろ! ずっとドア一つ開けずに! 部屋に閉じこもって! チャットだけで話して! ずっとこの部屋に座っていただけのお前が――。


「あれ?」

 そういえば、どうしてこいつは、チャットをしていたんだ?

 外の世界を拒絶してお前は引きこもったわけじゃなかったのか?

 そもそも、僕ら学生が引きこもる理由なんて、どうせ学校なのだろうと思っていたけど、彼女が引きこもったのは小学校

・・・

だ。

 小学校は既に卒業している。

 そりゃもちろん、小学校から中学校への進学なんて、殆どどころか全員が近くの中学校に進学するのだから、中学に変わったところでその顔ぶれが変わる訳ではない。

 けど中学は他にも沢山ある。

 その他の中学に進学する手だってあるのに。

 そもそも。

 そもそもだ。

 もし仮に『クラスメートにイジメられていた』から引きこもっていたのなら、どうしてチャットなんかするんだ? どうして今もクラスメートとの交流を保とうとするんだ。どうして――外の世界との繋がりを保とうとするんだ?

「あれ?」

 一つの疑問から、ふつふつと湧き出てくる新たな疑問。

 それは今まで自分の中に当たり前のようになっていた設定が、全て思い違いで、僕が勝手に思い描いていただけの、妄想のようなものなのではないかという疑念が湧いてくる。

 そんな疑念を更に加速するように、英梨の遺書が書かれているwordに新たな文章が書かれていた。

『あl?kてciv4vn8:のふ:2qvyn』

 それは、さっきキーボードを叩いた時にそのまま打ち込まれた文章だった。

 意味のない支離滅裂な文章。

 キーボードを叩けばそんな文章が出てくることは誰の目から見ても明らかだ。

 ただそれが、衣笠英梨のパソコンだった場合、普通では無くなる。

 それは、おかしい。

「差原くん?」

 思考の海に呑まれていた僕は、背後から近づいてきたその人影に、肩を叩かれるまで気づくことは出来なかった。

 現実に引き戻された僕は、素直に驚いてびくんと跳ね上がってから勢いよく振り返った。

 そこにはおばさんが立っていて、いきなり振り返った僕に驚いていたようだった。

「お、おばさん」

「びっくりしたあ、警察を呼んだから、この部屋から出ましょ」

「あ、はい……」

 おばさんに促されて、僕は英梨の部屋から外に出た。

 なんだろう、なにかが引っかかる。あと一つ分かれば、引っかかっているもの全部が分かりそうなんだけれど……。

「本当、どうして自殺なんて……」

 おばさんは悲しそうに呟きながら英梨の部屋のドアを閉じた。

 当然のことだけど、そのドアを閉めれば、僕らから英梨の死体は見えなくなる。

 逆を言えば、生前の英梨からすれば、僕らがいる場所が見えなくなる。

 見ないで済む。

 嫌なものを、見ないで済む。

「あ」

 僕は思わず口走ってしまった。

 意識して言ったわけではない。ただ、口の間から漏れ出るように、それは出た。

「英梨を殺したのって、おばさん?」


6


『qr:wb/x;.6t3xy』

 衣笠英梨が遺した唯一最後のメッセージ。

 その意味不明な文字の羅列に意味を見出すことができず、寝落ちしてしまったのだろうと思っていた。

 しかし実際は違っていた。

 根拠は一つ。

 彼女はローマ字を使えない。

 ならば、一体全体どうやって文字を打ち込んでいたのだろうか。

 キーボードの入力方法には別に、ローマ字入力だけという訳ではない。

 かな入力という方法もある。

 英語とか記号とかに混じってキーボードの右下に書いてあるあれだ。

 例えば"q"のキーボードを打つと"た"と出る。

 あの文章は決して意味不明ではなかった。ただ、彼女がそれを打ち込んだ時、焦っていたせいか、かな入力になっていなかったということだ。

 そして、あのキーボードを叩いた時に出た文章に僕が抱いた疑問は『どうしてローマ字入力になっているのか』という事だ。

 あいつはローマ字を使えない。

 だから、ひらがなと英語と記号が混じるローマ字入力の支離滅裂文章が打ち出される訳がないのだ。

 この時点で、この遺書は偽物である可能性が出てくる。

 そしてそれが偽物なら、それを書いた人は衣笠英梨ではない。

 彼女は自殺ではなく、他殺であるかもしれない。

 そしてその疑念を確実のものにするにはあの文章が役に立つ。

 僕が寝落ちの文章だと勘違いしていたあれ。

 あの文章をかな入力に置き換えてみると。

『たすけてころされるおかあさん』

 つまり、そういう事だった。

 どうして英梨が引きこもっていたのに、外の世界との交流を続けたのか。

 どうして英梨は、家の中の部屋のドアさえ開こうとしなかったのか。

 それは彼女がドアを閉じて拒絶したのは、外ではなく、中だった。


 小学校の頃である。

 英梨の母親と父親は離婚している。

 その時の喧嘩は、隣の家にまでよく聞こえていたほどに派手だったから、家の中で巻き込まれた英梨はスゴく恐怖を覚えただろう。

 そして離婚して父親は追い払われて、母親――つまりおばさんは英梨に暴力を振るうようになった。

 家庭内暴力というやつだ。

 そして幼き頃の英梨は、それから逃げるようにドアを閉ざした。

 彼女は決して、学校が嫌いになった訳ではなかった。

 ただ閉じこもって出られなくなっただけだった。

 そして中学の終わり。

 僕がこの生活を終わらせようとしたように。

 おばさんもこの生活を終わらせようとした。

『つかれた』

 あれはもしかしたら、おばさんの本音だったのかもしれない。

 まあ、実の娘に暴力を振るい、あまつさえそれを殺した人に、同情の余地なんてないのだけれど。


 7


 僕は高校生になった。

 ピッカピカの一年生だ。

 いつもとは違う進学路を通って、いつもと同じようにあの部屋の前に立ち寄る。

 ノックはしない。

 したとしても帰ってこないことを、僕は知っているからだ。

 その代わり、僕はドアの前に花束を置いた。

 もう二度と、このドアが開かれることはないだろう。

 いや、開かれることはあるけれど。あいつの手で開かれることはない。

 結局僕は、英梨をドアの外に出すことが出来なかった。

 僕は推理小説の主人公なんかじゃない。

 人が死ぬことを当たり前であるかのように受け入れることは出来ても、そいつが死んだ後に事件を解決して、それで相手が報われたとは思えない。

 それが起きる前に解決できたものなら尚更だ。

 彼女の引きこもりを解決出来れば、殺人事件は起きなかった。

 問一が解ければ問二はなかった。

 だから僕はこういうべきなのだろう。

 英梨からのメッセージに気づけなかった僕は、こういうべきなのだろう。

「ごめんな、英梨」

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芦田絢斗 @ashida_kento

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