Red Rose Special

のこ

二人の魔女

街の角にある文房具屋を一人で切り盛りする女店主は魔女だといわれている。仲良くなると、彼女が調合した不思議なインクや美しいペンを売ってくれる。そんなお店の裏メニューは、見た目に美しいものや楽しいものばかりだ。常連になって久しい客はある日、彼女に尋ねた。綺麗な字が書けるペンや恋文に使えば読んだ相手の心を奪う、そんな魔法の品はないのかと。彼女は微笑んで、過去には作ったこともあったが、いまではそんな魔法を作る力はないと答えた。


たしかに、過去には作っていた。あるもう一人の魔女に恋するまでは。


文房具の魔女が恋した相手は、学生だった。勉強で使う道具をこの店に買いに来ていた。二人はすぐに打ち解けて、いくらでも話すようになった。仲良くなるにつれて、文房具の魔女はこの年下の学生を好きになっていった。彼女の素直で真っ直ぐなところに惹かれていった。


学生の方もこの文房具屋に来るのには、店主とのおしゃべり以外の理由があった。彼女は小説家になる夢があった。だから、商売道具たるペンやインクのことをいろいろ知りたかったのだ。


「わたしはペンの先だけで、人の心を動かしてみたい。現実とは全然ちがう世界に読んだ人を連れて行きたい。夢を見せる物語を書きたいの!」


文房具の魔女は、学生が書いた短い話を読ませてもらった。そこには、彼女の弾ける魔法がいっぱいに詰まっていた。


「あなたの物語、とても好きだわ。これからもきっと素晴らしい物語を書き続けるって信じられる」

「ほんとう!? そういってもらえるのが、一番うれしい。もっともっと良い話が書けるようなペンはないかしら?」


学生はこの店で、もうずいぶんとペンを買っていた。店主はふと、一番良いペンを彼女にあげられたらどんなに喜ぶだろうと思いついた。


「そういえば、あなたの誕生日は今月だったわね。待っていて、いままでよりいいペンをプレゼントするわ」


さっそく、文房具の魔女はペンの制作にとりかかった。彼女は自分の魔法を全部一本のペンに込めた。恋がどうにもならないことはわかっていた。学生には好きな青年がいた。それでも、朗らかに笑う彼女の姿が見たくて、昼も夜も作業をした。


とうとう出来上がったそれは、冷たくて光沢のある、一輪の薔薇のつぼみの形をしていた。七日七晩、朝と夜にペンは魔女の涙を吸って、とうとう八日目に花開いた。美しい赤い薔薇だった。それが咲いたのを見たとき、魔女はこのペンがどんな性質か理解した。


誕生日の朝、店主は学生の部屋を訪ねた。二人が店以外で会うのははじめてだった。文房具の魔女は燃える恋の炎を表す赤い薔薇を差し出した。扉を開けた学生は、店主の急激な痩せようにはじめ驚いていたが、箱を開けると心から喜んだ。赤は彼女の一番好きな色だった。


「とっても綺麗! 世界で一つだけの、世界でいちばん素敵なペン! 本当にありがとう!」


学生が箱からペンを取り出そうとするのを見て、文房具の魔女は慌てて言った。


「気を付けて。柄に棘があるの。そのペンは握った者の血を吸って、書いた文字に魔法を込める。ちょっと物騒でしょ。本当に必要な時だけ使って、あとは飾っておくのがいいと思うわ」

「そうなんだ。でも、安心して。大事に使うよ!」


そののち、学生は著名な小説家になった。素晴らしい本を何冊も世に送り出して、若くして亡くなった。その姿は若いのにもかかわらず、枯れ果てたようだったという。ペンを使い続ければ、命にかかわることはわかっていたはずだ。文房具屋の店主はいまでも、大人になった学生の夢を見る。その顔は心底幸せそうにほころび、ペンを持つ右手からは薔薇の色に負けない真紅の色をした血が流れている。痛みなど感じないかのように、彼女は書き続ける。店主は夢の中で彼女の痛みのために泣き、止まらぬペンを眺めてほっとする。朝起きて、罪悪感に吐きそうになるのがわかっていながら。それでも、愛する魔女が書いた物語を読むと、自分がペンを贈ったことは正しかったような気がしてしまうのだ。


文房具の魔女は己の魔法のほとんど全部を失い、恋する心も使い果たした。もうきっと永遠に、恋なんてできないと思っている。

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Red Rose Special のこ @noko

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