機械兵の誘い。新たなる世界への導きー2

「ああ、ただいま」

「おかえりなさい、今日はいかがなされました?」

「どうもこうも、収穫なしだ。なんとか機械兵のうち一機ぶっ倒せただけだ」

「お前、また奴らとやりあったのか」

「奴らはまだ須賀浜に何機もいるんだ。しゃあないだろ」


 涼が顔をしかめて誠の火傷で赤黒くなっている左手を睨んだ。

 この難民キャンプの主に若い人たちは、いくつかの班に分けられて仕事をしている。涼と天音良は、生活資機材を使って避難生活を円滑に運んだり、力の弱い老人や子供のサポートをする、生活班を担当している。

 そしてもうひとつ、調査班と呼ばれる、他の難民や貴重な水、食料などの調査をする班だ。機械兵の闊歩する都市部に出なければならないので、いつ命の危機に見舞われてもおかしくない、危険な仕事だ。誠はこの班に所属している。時には、須賀浜で戦った自衛隊が遺したものや、どこのルートで手に入れたのかわからない銃火器を手に持って、さっきの機械兵との戦いのように、一戦交えることもあるのだ。

 誠は半年前に生死の境を彷徨うほどの大怪我を負ってしまった。実際に心肺停止になり、最初は死んだのかと思われていたが、しばらくして再び心臓が動き出した、文字通り『奇跡の復活』を遂げたのだという。

その代償とも言うべきか、左目の視力とほぼ全身の痛覚を失った。本来なら、調査班に入れるような状態ではなかった。それでも、執念のリハビリと本人だっての頼みで、実現したのだ。大怪我のリハビリや周りの人の支えもあってほんの少しだけ動かすこともできた。

もちろん、誠にとっては街の調査よりも、機械兵を一機でも多く倒すことが目的なのだが。


「仕方ないで済ませるなよ。君は身体が元通りになったと勘違いしているみたいだけれど、まだ火傷は治ってないんだ。このままだと、またベッドの上に逆戻りだぞ」

「わかってる、わかってるよ。わかってるから口出しするんじゃねぇよ」


 涼の言いたいことだってわかる。けれど、言われたって俺はやり続けなきゃいけねぇ。邪魔するんじゃねぇ。心の中にいる自分がそう叫び、頭に血を昇らせる。

 誠と涼がにらみ合う。ピリピリとした、張り詰めた雰囲気が二人の間に漂う。それを天音良が察したのか、二人の間に割って入って笑いかける。


「お二人共、込み入った話は後にしません? そろそろ食料の配給がありますからご飯にしましょう」


 そう言って、天音良は誠と涼の顔を交互に見て「ね?」と付け加えた。


「……そうだな」


 ため息と共に、誠は肩の力を抜いて少し下を向いた。少しばかり、落ち着くことができた。


「いけないな。お互い、こんな状況だからピリピリしている。わかってることなんだけどな……」

「あぁ」


 機械兵の襲撃後に、誠と涼が互いに衝突したのは今に始まったことではない。何度も何度も、無理をする誠に対して涼が注意すればそれだけで気が立ってにらみ合いになってしまう。その度に、天音良がやんわり止めに入るのだ。

 無論、いつまた機械兵が来るのか、助けがいつになったら来るのか、そして元の生活とのギャップからこの殺伐とした雰囲気を出しているのは言うまでもない。強いストレスが、人々に降りかかっているのだ。それを理解してもなお、気心のしれた相手と衝突してしまうのは悲しいことである。

 親を亡くした誠のみならず、いまだ両親が行方不明である涼と天音良にとっても、毎日が不安の戦いだ。



 誠たちは、天音良が持ってきたおにぎりと缶詰をそれぞれ分けて食べることになった。

 もしも、このロボットの襲撃が日本の一部、いや全土だけならば海外からの援助の手が差し伸べられていたかもしれない。しかし、今の誠たちを取り巻く状況が世界各国で同様に起きているのだ。犠牲者も、世界の人口の二割近くと言われている。海外からの救助は望み薄である。それゆえに、自分の身は自分で守らねばならない。

 また、食料についても同様である。政府や自治体が備蓄していた食料だけでは、飢えている人々の腹を満たすのは困難だ。自分たちの手で作るか、街にあるものを取ってくるか、他人のものを奪うかの三択しかない。一部の国では、わずかな食料をめぐる争いが起きて実質、無政府状態になっているところも少なくないという。

 山や海が近くにあるので、採ろうと思えば生物を捕まえて食料にすることができるので、そういう意味では須賀浜はまだ恵まれている方なのかも知れない。幸い、誠たちのいるキャンプの人の中には、漁師や畑に詳しい人もいる。

 量の少ない食料でなんとか腹の虫を収めると、誠は調査班のミーティングに出た。今度は都市部から少し離れた周辺を探し回るのだという。とにかく、誠を含め、自分たちの戦闘技術が自衛隊などより劣っていることに加え、銃の弾にも限度というものがある。できる限りの交戦を避けなければならない。――誠にとっては、それは不満でしかないのだが。

 夜になり、難民キャンプの人々が寝静まった頃、涼と天音良が寝ているそばで誠は起き出して、そっとテントの外へ滑り出た。

 そしてキャンプ場を離れて、一本の木の下に隠していたライフルを掘り起こすと、森の方角へと足を向けた。

 森の中には機械兵の装甲が乱雑に積まれていた。すべて、調査団や自衛隊が倒した機械兵の残骸を、誠が拾ってきたものだ。その残骸に向けて、誠はライフルを構える。

 引き金を引いて、装甲に向けて発砲した。銃声が森の中に響き、装甲に火花が走る。


――くそ


 俺にもっと力があれば!

 ライフルを撃っているあいだ、脳裏に稲子が黒いロボットの光の剣で殺される光景が蘇ってくる。引き金を引く度、放たれる銃弾に強い憎悪を込める。


「こんなところにいらしてましたのね」


 銃声に紛れて、甘い女の子の声が聞こえた。はっと我に返った誠は発砲をやめて振り返った。天音良が両手を後ろに回し、口元に笑みを浮かべて誠の背後に立っていた。


「寝てたんじゃないのか?」

「あれだけ深夜に何度もテントを出入りしていらっしゃれば、さすがのわたくしでも気付きますわ」


 誠はいつかはバレるだろう、とは思っていた。あの大怪我から普通に歩き回れるようになり、調査班に配属されてからここに来て銃の練習をしていたのだから。


「どうなさいました? どうぞ、銃の練習を続けてくださいな」

「止めねえのか」


 調査団の貴重な弾なのに、いや、それ以上に、誠が機械兵に対する復讐を腹に抱えていることに。


「あなたの心にある復讐の炎を、わたくしが抑える権利はありませんわ。いいえ、それ以上にあなたの憎しみを、無理やり押さえつけることは誰にもできません。みんな、誠さんと同じことを思っていらっしゃいますもの」


 大切な人、故郷を奪った機械兵に対する憎しみ。それは誠のみならず、涼も、みんなが抱いている。それを止めることなど誰にもできない。


「わたくしはただ、誠さんが無事でいてほしいだけですわ。あれだけの大怪我を負った誠さんを、わたくしは二度もお目にかかりたいとは思いませんの」


 言われて、誠は病院のベッドで寝ているときに涼からこっそり聞かれたことを思い出した。

――火傷した君を目にしたとたん、天音良が取り乱して泣き出してさ。いつも落ち着いた振る舞いの天音良がだぜ? もちろん、僕も重傷を負った君を見てびっくりしたけど、おんなじくらい驚いたね。

 意識を失っていた時も、ずっとつきっきりで天音良がそばにいて、紫黒の瞳を濡らしながらたまに話しかけたりもしていたという。ゴメンナサイ、もっとわたくしがしっかりしていればあの時……。

 その光景を――実際に見たわけじゃないけれど――思い出して、ちくり、と心臓を針で刺されるような感覚を覚えた。


「貴方がいてくれるだけで、支えになる人だっていますの。ただそれだけ、お忘れにならないでくださいませ」


 それでも、と誠はくるりと天音良から背を向けて再びライフルを構える。


「奴らに勝たなきゃ、俺たちに明日はないんだ。死んじまったら、なんにもなんねぇぐらい分かってるよ。けど俺は――」


 涼と天音良の顔、難民キャンプの人々の顔が次々と浮かぶ。こいつらのためにも、なにより自分のためにも機械兵倒さなければいけないんだ。イヤ、ただただ、奴らを潰さなければいけない。たとえこの身が砕けても構わない、すべての憎しみをあいつらにぶつけろ。いまだに、俺の身体はあの爆風と炎で身体が焼かれ続けている。あの炎だけが、俺の生きる原動力、生きる意味だ。

 どちらが正しい? なにが正義だ。わからない。今のおれには――ワカラナイ。

 その時だった。遠くで警報音が響いた。森の外――キャンプの近くか?!

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クロス・ポテンシャル やきにく @Yakiniku

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