機械兵の誘い。新たなる世界への導きー1
灰色の空の下には、建物の屍体の山とも言うべきビル街の残骸で溢れていた。かつて自然と人工物の調和の街、須賀浜だったそこは、もはや見る影はなかった。人の姿はほとんど見受けられず、代わりに多くのロボットがガレキを踏みしめながら街を闊歩していた。
その中の、一機のロボットに向けて瓦礫の影やビルの窓際に隠れながら視線を送るモノたちがいた。彼らの手には、ロケットランチャーや、ライフルを握っている。
一方のロボットは、この灰色の街には不似合いな青色の装甲をしており、まるで歩兵を模したように、頭の部分が丸く、その手には鉄すら焼き尽くすレーザーライフルを手にしている。全長十メートル程。街を襲ったロボットの中では大きいほうだ。
彼らは互いに頷いたり、アイコンタクトを取って合図を送る。
(始めろ)
すると、ロボットの前方にひとりの男が瓦礫から飛び出して走り出した。黒いシャツの上にカーキのミリタリーコート、黒いズボン。左目に眼帯をつけた十代後半の少年だった。ロケットランチャーを担いでいる。
ロボットはその少年にすぐ反応し、歩みを止めて巨大なレーザーライフルの銃口を誠に向けた。
「撃てっ!」
廃墟のビルから聞こえた男の声を皮切りに、一斉に彼らは飛び出してライフルやロケットランチャーの引き金を引いた。銃声や爆発音が周囲に響く。
彼らの一斉射撃に、さすがのロボットも堪えたのか装甲を軋ませながら周囲を見渡す。
少年はロケットランチャーを構えながら、獲物を狙う獣のような素早さでロボットに詰め寄る。そしてロボットの股下をスライディングしながらロケットランチャーの発射口を股下にある両足の関節部に向けて、引き金を引いた。
再びの爆発音と衝撃。背中に尖った石やアスファルトの痛みを感じながら、少年は立ち上がって背後を振り返った。何発ものミサイルを浴びたロボットは跪くように体勢を崩し、機体のあちこちから黒煙が上がっている。まるで死にかけの虫のように痙攣している――と思っていると、一度、機体そのものから爆発が起きて、それ以降完全に沈黙してしまった。
ようやく、一機倒すことが出来た。しかし、喜びに浸っている場合ではない。爆音を聞きつけて、他のロボットがやってくるかもしれない。すぐさま少年――
人間にとって、一年の半分――半年というものはどれほどの感覚のものだろうか。元旦なら熱気でむせ返るような夏を迎え、逆に夏ならば木枯らしが吹き付けるような冬になるように、季節が逆転する程の時間である。
そう、空から現れた、人類の兵器をものともしない鋼鉄の身体を有したロボットたちが、須賀浜を――いや、世界中を一斉攻撃したあの日から、半年が経ったのだ。
もし、誠に「この半年間は長かった?」と問いかければ、彼はきっと「どちらとも言える」と答えるだろう。
全身の大やけどからのリハビリ、ロボットに対抗するために兵器の使い方を覚えること、避難施設の整備など、多くのことをこの半年間の中でこなして来た。色んなことをしてきたが、振り返ってみるとどれも刹那的で、短く感じる。そういう意味で「どちらとも言える」のだろう。
一機のロボットを屠った誠たちは、ロボットの戦火から逃げてきた難民が集まっているキャンプ場へ帰還した。
キャンプ場は須賀浜の菩薩崎の自然公園にあった。ここには水源が豊富でまだロボットたちの魔の手は届いておらず、もし来ても山岳部から見下ろせばすぐにわかるし、襲ってきたら森の中を抜けることで姿を消してかく乱できる。方針が決まって、発電機のような生活資機材などを命懸けで運んだおかげで、キャンプ場として成り立つことができた。
ここに避難してきた人の数は総勢五十人前後。別のところに避難した人も大勢いるのだろうけれども、運良く生き延びた人はこれくらいしかいない。中には家族と離ればなれになった人や、身内を失い、心身ともに傷ついた人もいる。誠もその一人だ。
誠は持っていた武器を返却すると、いくつもの張られたテントのうちのひとつに入った。テントの中には、ミミの入っているペットゲージや、支給された生活用品が置かれていた。今の誠の住む場所はここだ。
「誠か」
涼がアンテナを立てたラジオのダイヤルを回しながら振り向いた。耳障りなノイズが響く。しかし、次第にそれは、男性の声へと変化(というより修正)してゆく。内容はロボットにニュースで行方不明者の名前を読み上げたり、被害状況を淡々と説明している。もともとこのラジオは誠の家にあったものを、瓦礫の中から引っ張り出して修理したものだ。
パソコンもスマートフォンもインターネットが利用できない中で、情報伝達手段を手に入れられるのはありがたい。
「――して、諸外国は機械兵を一掃するために、機械兵を誘導し住民を避難させた上で核兵器の使用を試みました。しかし、いくつかの機体が破壊に成功する中、高温と衝撃に耐えた機体も多くいたため、放射能汚染も考慮した上で核兵器の実戦投入は不適合と予想されています」
「核でも倒せないヤツがいるってのかよ」
誠はあぐらをかいて、ラジオが発するニュースに耳を傾けた。最近のラジオはほとんど核兵器を実戦投入したこの話題で持ちきりだ。
涼は頷いて言葉を続けた。
「もちろん、核爆発には電磁パルスも発生するから機体の動きを止めることができる。逆を言えば、核兵器でも足止めにしかならないんだけどね」
「こっち側に出る被害を考えると核兵器は使いモンにならねぇってこった。ハッ、なんのための核兵器なのかね」
この半年間で、世界中に現れたロボット――機械兵と人類が戦って、分かったことがいくつかあった。一つは機械兵には誰も乗っていない、つまるところコンピューター制御か遠隔操作で動かされているということだ。
そして二つ目は機械兵の目的が、どこかの領土の支配目的で破壊活動を行っていることではないことである。
もし、どこかの国がこの無数の機械兵を作り上げ、領土を手に入れたり服従目的で攻めてきたのならば世界各国の主要都市から小さな国まで国家も宗教も人種も問わず無差別に破壊し尽くし、多くの人を過剰に虐殺したことに繋がらない。機械兵に意志があるというのなら、話は違ってくるのだが。
また一部の人々は「異世界からやってきたのではないのか」という噂も立っている。理由としては、突如空に現れたあの黒い歪みから現れたことに加え、ミサイルや核兵器にも耐えうる未知の物質で出来た装甲も理由に挙げられる。
それに、世界中にばらまけるほどの巨大兵器を収容・
ひとつだけ言えるのは、機械兵を世界中に送り込んだ主犯は現在の科学力を優に超える高度な技術力に加え、世界規模の後ろ盾がなければ不可能なことである、それが機械兵が異界から来たという主張の根源である。
いったい誰が、何のために世界中を襲ったのか――。いまだにわからずじまいなのだ。
「誠さん、帰っていらしたのですね」
テントの垂れ幕が上がって、天音良が顔を覗かせていた。
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