第5話 常世の縛り

 ぐっ・・・!

 身体に保存しておいた魔力が瞬時に枯渇する。

 魔法陣から空間を引き裂くような高周波が放たれ、巨大な黒い左腕が現出した。あまりの存在規模で周囲の物質界が真空状態へと陥り、気圧差で気流が生じる。エーテル界と物質界は繋がっている。そのエーテル界が悲鳴を上げれば自ずと物質界も絶叫する。その余波が周囲に破壊の嵐となって渦巻く。

 魔法円は完成している。私自身は問題ないが、この周囲にいる者達にはまさに災害だろう。神殿が軋みを上げて、崩れそうになっていた。

 だが、魔術を緩めない。

 枯渇した魔力を即座に周囲から集めて、注ぎ込む。

 あまりの転換効率で全身が灼熱のように熱い。

――――グオオオオオオオオオオオオオオオオ。

 空間が雄叫びを上げた。

 ククク。

 なるほどお前もその鎖から逃げたいのか。

 しかし、それはできない。

 この魔術は私の本質。故に強欲だ。

 この周囲一帯の魔力、あるいは龍脈を食らいつくして暴れるだろう。

 今はその制御に全身全霊をかける。

 エルフの目が見開かれている。

 それはそうだろう。

 この存在規模。その魔力の量は周囲の魔力を吸い込み、その場で一番魔力を保持したものと同等になる。

 つまりそれは、龍脈の龍と同レベルに成長すると言うことだ。

 なんという呪われた魔術。

 私の肉体を変換器にして、現出する悪魔そのものだ。

 龍と同レベルの存在になったら私など破裂して死ぬ。

 そうはさせない。暴れ馬を乗りこなす。

「消せ」

 魔力と同時に指示を流し込んだ。

 巨大な腕が振り上がり、魔法の矢をひと撫で。

 それで終わり。

 魔法の矢は純然な魔力へと変換され、腕の中に吸い込まれていく。

 がっっ!

 さらに、コイツの魔力が上がって暴れ狂う。

 脳みそをかき乱されるような痛み。

 それを耐えながら命令オーダーを告げる。

「虚空の王よ、その王冠の名の下に、全てを従わせよ」

 腕が爆散する。

 いや、それは正しくない。

 爆散ではなく存在の偏在化。あらゆるものの魔力の中に侵入して、相手を従わせる魔術。

 エルフの動きが止まった。

 私の支配下に置かれた全てのものが、私の意識に従順を制約する。

 よし、とりあえずこれでこの神殿を制御下に置いた。

 私は空間を歩きながら、浮遊するエルフへと近付いた。

 その顎を持ち、光の灯っていない瞳をこちらに向けさせる。

 ほう、なかなか美しい。

 銀髪は長く腰まで。王冠のように輝く金のティアラと腕輪。

 天女がいればこのような顔立ちなのだろう。

「名を告げよ」

「我が主様、私の名は古耳グ・シャオチー族の巫女。王の娘、ラルクト・マギエル・シュトラウゼン」

 ふむ。

 古耳グ・シャオチー族とは中国のエルフに近い言葉だ。だが、ラルクトとは欧州の名に近いのだな。

 私はどうでも良いことを思いながらそのラルクトの身体を検分する。

 民族としては人間に近いが、そのあり方は異なる。

 大雑把に爬虫類や両生類、魚類ではなく霊長類に近い。

 生殖機能は人と変わらない。胸もある。私と同じぐらいか。

 性器は・・・なるほど。人と同じか。

 ならば性交魔術も機能する。

 魔力を流し込み、生体機能を走査。

 魔術は私と同じく血管を元に、遺伝子は・・・。

 首筋に噛みつき、血の味を検分。

 ああ、なるほど。

 遺伝子は僅かに異なっているな。まあ人と差異は大してなかろう。

 血から魔術属性を解析。

 エーテルを元にした五大元素を全てか。なかなか高機能だ。

 ほう、後ろのエーテル体。神がこちらの魔力侵入を阻もうとしている。

 王の権限を持ってそれを縛り付ける。

 ラルクトの意識に割り込み、すかさずエーテル体を束縛。

「汝、ラルクト・マギエル・シュトラウゼンよ。我が眷属として我に従属せよ」

「畏まりました。我が主様」

「これを持って契約となす」

「この身、この魂をこの契りによりてあなた様のものに」

 ラルクトはその場でひれ伏した。

 これで契約は終了。このラルクトの身を核としてこの一族、神殿内にいるものたちへの従属の縛りとしよう。

 私は、空間から取り出したナイフで自らの手を軽く斬って血を流し、その血でラルクトの肌に魔術陣を描く。

 常世の縛り。

 私が存在している限り、このエルフの身は我が従僕となす。

「では、私をお前達の里へ案内せよ」

「畏まりました、主様」

 ・・・。

 少々、魔術が強すぎたか。

 アストラル体を縛りすぎた。元通りの人格に戻るまではしばらくかかるだろう。

 その間はこの人形のような仕草を我慢するしかないが、まあどうでもいいことだな。

 さて、従僕を手に入れたら、次はこの世界の戦況を把握する必要がある。

 このエルフ達はどうやら召喚獣を呼び出したかったらしい。

 ならば、この地は召喚獣を呼び出すほど逼迫した状況にあるということだ。

 ふむ。それは幸先が良い。

 我が魔術を完成させるためにはこの世界の神を殺し尽くし、神として崇められなければならない。

 見物だな。俄然楽しくなってきたぞ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔術師の異世界召喚 三叉霧流 @sannsakiriryuu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ