一章 赤き魔王降臨

第4話 異世界召喚

 意識が浮上する。

 肉体が構築され、身に宿った魔術遺産も健在。

 魔術遺産は周囲の観測と計測をし始め、魔力の流れを読み解く。

 ふむ。

 どうやら私の魔術は成功したらしい。

 まだ目を構成できていないために周囲を観察することはできないが、意識のみのアストラル体が先に現出したようだ。

 魔力を感知。

 それも高次元のエーテルとアストラル体を観測できる。

 人数は―――十人というところか。人とはまだ断定できないが、それだけの高次元意識の生命体が存在する。

 ―――!?

 魔力量が異常だ。地球が保有する魔力・・・いや、この地に根付く霊脈の活性度が著しい!

 くははははは! これは期待できる!

 この規模の霊脈が存在すると言うことは即ち―――。

 神が存在している可能性がある!

 霊脈に流れる高次元生命体の意識も物質界ではなく精神界の偏りが高い。つまりここでは魔術―――魔法が使える!

 ん?

 ふむ、どうやら私の肉体は雌牛の生け贄で構成されつつある。

 転送魔術と思っていたら召応魔術になっていたらしい。誰かが私を召喚したことになる。

 魔法とは奇跡の力ではあるが、やはり私の意識は地球の概念に縛られている。

 現出も無から現出ではなく、その場に存在する物質を元に構成された。

 ふむ、これは問題だ。

 私も科学に縛られた魔術師であると認めざる終えない。その可能性を潰すために二年間も氷の洞窟で暮らしていたが抜けきれなかったか。

 まあ、仙人でもあるまい。霞を喰って生きるなどそれはおとぎ話だ。

 肉体を有する時点でそれをクリアするのは不可能だろう。アストラル体だけで存在するのもまだ私の歳にはどうにも避けたいことだ。

 よし、そろそろ目が構成された。耳も構成、脳もそろそろ呼吸を必要とするだろう。

 私は目を開ける。

「「「「――――――!?」」」」

 そこはどこかの神殿。

 ギリシャのオリンポス神殿を想起させるような祭儀場だ。 

 倒れた人族らしい種族と起き上がっている一人の巫女、そしてそれを取り巻く数人の兵士達のような者がいる。彼らは私を驚いて見ていた。言葉はまだ適合していないため、何を叫んでいるかは分からない。

 ほう、エルフか。

 耳が長い。白い肌とトーガのような服を着込み、一心不乱に何かを訴えている。

 魔力量が尋常ではない。エーテル体も形状を変えているが・・・。

 その巫女のようなエルフの背後には眩いばかりに光る何者かが立っていた。

 あれは守護霊か?

 いや―――、あれは神だ。存在規模が異常すぎる。

 高次元のアストラル体。人の存在よりも上のアストラル体だ。

「―――――で――――わ――――」

 ようやく私の魔術遺産が言語を解析しだしたか。

 一時間以内には解析し終わるだろう。

 言語解析。

 魔術師は、古今東西のあらゆる神話や秘宝をもとに魔術を行う。それを調査するためにはその言語を取得する必要があった。私達魔術師はその必要性から独自の魔術で言語の根幹、伝達する文法、発音を瞬時に読み解くことができる。

 言葉が完全に理解できるまでこいつらには語り続けてもらおう。

 まずは我が身を解析する。

 身に宿った魔術遺産が全て正常に動くか。

 我が魔道具が正常に動くか。

 それを調べなければならない。

「拓け、虚空の秘蹟」

 私は短く呪文を詠唱する。

 空間が揺らぎ、私の手から黒い塊が現出した。

 それに手を突っ込み、中から愛用の銃を取り出す。

 睨んだとおりだ。

 この世界は科学の束縛が薄い。私の空間魔術を目視されていても行使できる。

 これは私が得意とする空間収納魔術。

 ドイツの森の地下で東京ドーム三個分の地下シェルターに保存された兵器を自由に取り出せる。この日のために大量に購入した現代兵器の数々。小国となら戦争を起こせるだけの弾薬と銃器。

 本当であれば、地球に存在するはずのシェルターと繋がるはずもないのだが、その空間は私の内臓と同レベルに概念を調整している。だからこそこの世界とでも繋がることができる。

 取り出した銃を手早く操作し、空中で分解する。

 内部の機構も問題ない。部品は全てそろっている。

 それを組み立て直し、スライダーへ初弾をチェンバーへと送り込み、もう一度空間へとしまい直す。

 お次は、魔力が何処までこの世界に馴染むかだ。

 限界まで魔力を誘起して、周囲の空間に自らの身に宿った魔術陣を転写する。

 転写された魔法陣に魔力を流し込み、空間を跳躍。

 神殿の外、上空100メートルの位置に跳躍して周囲を見渡した。

 ほう。

 見事な森だ。この神殿は森の中にあるのか。

 植物も全て魔力を帯びて、いわゆる魔法植物になっている。

 周囲五十㎞は結界が敷かれているな。

 侵入者を迷わせる類いの結界だ。

 ん?

 北、約100kmの地点に魔力が流れ込む巨大な霊脈―――あれは、龍脈か!

 龍がいるのか!

 くはははは! まさに異世界だ。

 存在解析、アストラル体検知。

 木龍と言ったところだな。

 あれはまだ私には倒せない。

 蟻と象ぐらいの差がある。

 探知空間を精密に。周囲の地形を探査。

 ここはエルフの里といった所か。

 エーテル界への検知に切り替え、再度探査。

 ふむ。

 人外の生命体は数千。エルフだけではなく植物や動植物の類いも神を宿している。魔力保有量が私と近い者は先ほどのエルフの巫女と・・・ほかにも数十人。

 2000年の間、魔力保有を改良し続けた私の身体と同レベルの者がいるなんぞ信じられないことだ。

 だが面白い。

 魔力保有量が同じであっても、魔術とは魔力を統べる技術。

 私の技能に近い者がいればより私の魔術が研鑽されることになるだろう。

 よい、小手調べだ。

 周囲の濃密な魔力を身体に取り込み、血管に流し込む。

 その魔力を自らの力に転換。臨界まで魔力を流し込んだ。

「―――接続。拓け、虚空の帳」

 その瞬間、私を中心とした闇が広がる。

 この闇の中ではあらゆるものが私の支配下になる。

 その闇こそが私の存在であり、私の一部。

 故にその中に存在する者はすべからく私の手中に収まる。

 だが、それをプロテクトされ、闇の侵入が阻まれる。

 蒼穹を穿つように神殿から一筋の光の矢が放たれる。

「虚空焼却」

 私めがけて飛翔する光の矢を空間ごと焼却し、下から浮かび上がってくるエルフ族の巫女と対峙する。

「―――もの―――すか?!」

 まあ、きっと誰何を尋ねているのだろう。いきなり攻撃した私を睨み付けるようにそのエルフが叫んだ。

 私はそれに答えず、魔力を吸い込み、我が血をたぎらせる。

「―――接続。拓け、虚空の擾乱」

「―――!!!」

 空間が収縮され、その反作用によってエルフの周囲数十メートルが爆散。

 爆鳴のごとき轟音が鳴り響く。

 硝煙も爆炎もない空間爆撃に晒されながらも巫女はすかさず防御魔法を構築し、その攻撃を防ぎきった。

 ほう。

 この攻撃でも無傷か。

 ならば。

「拓け、虚空の秘蹟」

 私は拳銃を取り出して、銃口をエルフの巫女に向ける。

 そして発砲。

「―――!!!?」

 掠めたか。

 狙いは外しておいた。

 どうやらこの世界ではエーテル界に作用する魔法で攻撃を行うらしい。

 エーテル界は物質界と密接な関係にある。エーテル界で受けたダメージは間違いなく物質界のダメージとなる。それにエーテル界はイメージの世界。魔法にとってもっとも作用させやすいものだ。

 先ほどの空間爆縮は、エーテル界に効果をもたらし、その次に物質界へと波及する。

 エーテル界で魔法構築して、防げば肉体も無事に済むというわけだ。

 だが、銃弾は紛れもなく物質界固有の兵器。

 この世界では銃撃の方が効果が高そうだ。

 この世界での戦闘の方針が立った。

 魔術はもういい。

 次は肉体だ。

 私は空間を蹴って、空中を走り、エルフへと肉迫する。

 エルフの身に魔力が集中し、身体強化の魔法を行使している。

 エーテル界はイメージの世界。肉体が頑強であるとイメージすれば即ち、肉体も頑強になる。

 連撃。私は拳で相手を殴る。

「ぐっーーー!」

 エルフから苦悶の声が上がった。

 なるほど。このエルフは肉体戦が得意ではないな。

 私の拳を受けようとしているが甘い。それをかいくぐって、高速の連撃を放ち、ついでに魔力を乗せる。

 肉体とエーテル体への同時攻――――。

「このような蛮行。私が呼び出した召喚獣とは言えど許しません」

 ちっ。

 私はこちらを睨み付けるエルフから距離をとる。

 明らかに魔力の質が変わった。後ろに存在するエーテル体の神が活性化している。

 神気か。

 なるほど面白い。

 魔力を神気に変えて、神の力を再現しよとしているのか。

 神気が爆発して、エルフの身体に吸い込まれる。

「権能――――」

 なっ!?

 なんだこの魔法の数!

 数千からなる光の矢が私に矢じりを向けている。

 面白い。

 神になるためにこの世界へと至ったのだ。

 これぐらいの魔法を跳ね返さずして、何が我が血脈の魔術師と言えよう。

 私もエーテル体の存在規模の鎖を解き放つ。

 強大な魔術陣が転写され、赤々と燃えが合った。

 さて、では我が魔術を披露しよう。

「―――開放。顕現せよ、虚空の王」

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