第3話 大魔術 異界の門
午前零時前。
体内時計は午前零時を指そうとしている。
一日が終わりと始まりを迎える境界線。
誰もが夢想したことあるあの時間だ。眠って朝を迎える。そういった日常が繰り返されるその境界では、世界は滅びと再生を繰り返してるんではないかと。人は連続性を観察できないと途端に不安になる。観察とは実在の証明。それが観察されないということは不確定を取り込み、不連続性を認めることになる。故に人は恐怖する。その境界で起きている事を。
魔術師達はそう言った人の幻想を利用する。
午前零時とは時間という概念の不連続性を象徴している。
今日が終わり、今日が再生する午前零時。
まさに次元跳躍にとっては相応しい時間。
私は今日が終わる瞬間と今日が始まる瞬間の隙間で出発する。
月は最高の位置にある。
私の神殿の周りではブリザードも鳴りをひそめ、ただ静かに見守っている。
氷でできた神殿内は、極寒の地獄。この神殿では、科学の呪縛を秘めた機械は一切ない。故に暖房も、それを遮る断熱素材のものもなにもない。ただあるのは身を切るような冷たさと死の予感。その中で魔法円と神殿の祭具がだけが夜闇の中でぼんやりと浮かび上がってる。
流れ込む周囲の霊脈も最高潮を迎え、仄赤く染まっていた。
私の赤。血の赤。死の象徴と月経の象徴。
人が死に、人が生まれる象徴。
私はそれを身に宿している。この赤い血の中に燃える炎のように猛っている。
魔力は唸るほど高まっていた。女性の象徴でもある月は私に力を与える。
揺らめく炎のような魔力が燦然と魔術陣を循環し、私に流れ込む。
意識というストッパーを壊しそうなほどの魔力。
頭痛が私を襲う。血が猛り私の神経を貪る。
魔術を行使していないにも関わらず、魔力だけでこの痛み。
あははあはは!
なんという全能感! 私は今、この世界の誰もが成し遂げられないような事を身に宿している!
「月の調べの中に。冷獄の帳にて幕を下ろせ。十方を閉じ、循環せよ。ケテルより出でてマルクトへと至る異界の門」
私は呪文を艶笑する。
ガチャリとギアがかみ合う。
神経が痛みを超えて、悦楽の力となって全身10万キロを駆け巡り、地球規模の世界を構築する。
この時、私は人ではなく世界へと生まれ変わる。
我が血を流す血管全ては我が魔術遺産。それは小規模な世界をも模倣する魔法陣となる。魔力はその世界に流れ込み、世界に産声を上げさせる。
世界を生み出すほどの魔術が私の全身を襲う。血管全てが私の異物。
全身はその異物の異常さに耐えきれなくなり、絶叫と歓喜で打ち震えた。
暴発しそうになる魔力が激流のほとばしりになって、魔法陣を駆け巡り、魔法円の外で暴風を伴う。
「我は、汝、異界の門を喚び起こさん。至高の名、聖母マリアの名にかけて、我汝に命ずる。我が血脈に眠りし、主の作り手よ」
感覚が消失する。
立っているのさえ、苦痛でふらつきそうになるが、全力で制御して姿勢を維持する。
唇を噛み、自分の意識を留めなければ気を失ってしまう。だが、血を流すわけには行かない。傷を負うわけには行かない。
それは我が身に宿る世界が崩壊することと同義。我が魔術が失敗する。
細心の注意を払い、魔術行使を維持する。
「その胎に宿す世界を我が身へ。我が頂はケテルを冠し、我が胎盤にマルクトを宿す!」
私の意識がこの現実を打ち崩す。概念という概念が崩壊し、意識が霧散する。
されど、我が呪縛、我が身に宿りし魔術を艶笑する。
「ここにマルクトへの門を! 我が胎盤に宿りしマルクトへと至る道を拓け!」
全身を駆け巡る魔力。
血管が世界を、神経はその世界の法則を。
自らの血管を回路とし、世界を循環させ、神経を世界の法則として交わらせる。故にここに世界を模倣する。世界を構築する。
されど人の身。
その世界は生み出されるはずもない。
ならばその魔力が満ちる先、流れ込む先は我が胎盤。
この世界ではない、新たな世界への門。
我が身に宿りし世界が塗り替えられる。
門が僅か現出し、異世界の法則が流れ込む。
それは身体が裏返る苦痛。内臓が裏返り、自らの胎盤がえぐり出される激痛。
血液は、異界の世界を模倣。
神経は、異界の法則を模倣。
我が意識は、異界へと。
「―――――――――――」
意識が変容する。
異界に適合しようと様々な形を取る。
霊長類から爬虫類へ、爬虫類から両生類へ、両生類から魚類へ、魚類から植物、植物から更に生命の根源たる単細胞へと退化し、系統樹を駆け下る。
「―――――――――――」
意識は原始。
生存のみを目指す細胞へと至る。
門は狭い。あらゆる意識を縮小してもその門を超えることは不可能。
ならば意識を原始まで小さくする。ただあるだけの存在へと。ただ生存への本能のみの存在へと。
「―――――――――――!」
意識が消失し、存在が消失しかけようとした瞬間。
午前零時まで一呼吸。
私は同時に悟った。
拓く。
異なる次元、異なる世界の門。
マルクトへと至る門が、意識を覚醒させた。
「――――――異界の門、ここに命ずる」
さあ、後は門を、その道を辿るのみ。
「我が身を。
その瞬間、
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