第2話 我が大魔術、そのための二年間

 さて、時間もまだあることだ。

 少々、我が魔術について説明しよう。

 魔術とは要するに創作小説で出てくるような箒で空を飛んだり、呪文で人を呪ったりする不思議な力だ。

 私にとっては不思議でもなんでもないが、おそらく普通の人にとっては変わらないだろう。ライターもないのに火をつける。手品でも発火超能力パイロキネシスでもない一つの学問だったりする。ただ火をつけるだけなのに少なくとも300年はかかる代物で、費用も数億円規模では済まない。

 そんな馬鹿なことに人生をかける者はやはりどこかおかしい。

 今なら100円でライターを買える時代、昔でも火打ち石ひとつで済む話。

 しかし、魔術師達は真剣に学問として学んでいる。

 間抜けな話だ。かび臭いアカデミーの椅子に座って、新米魔術師達はこぞって真剣に眉を潜ませて、小さな火を起こすことに全力賭けている。

 そんな情熱があれば、他のことを学べばいいだろうに。

 本当に馬鹿らしくなってくる。

 ちなみに私に場合は2000年という時を魔術に傾けた一族。

 魔力で火を起こすなんぞ、それこそ眠っていてもできる。

 そこが魔術師の違いとなる。

 つまるところ、この馬鹿なことにどれだけ時間を、いや命を犠牲に捧げたかが違いになる。

 そして、私の魔術は次元跳躍および空間魔術。

 異世界へと旅立つために次元を超える力を脈々と受け継いできた。

 そりゃ、最初はえらい犠牲を払った。

 ザ・フライの映画でもあるだろう。テレポートするのに人体に影響与えるような話なんて腐るほどある。あれは作り話でもなんでもなくて私の一族は幾人も本物の化物になっている。内臓をごっそり消失、なんてのは運がいいほうだ。理性を失って、人外の力で暴れ回る。そんな現象は日常茶飯事だった。

 それでも2000年という時間は、我が一族の魔術を着実に前進させた。牛歩の足並みでも時間をかければなかなかの所まではいく。

 そんな苦労話はいいだろう。

 それよりも異世界への跳躍だ。

 これには様々な条件が必要になる。

 今回の儀式にとっても重要な暦。

 ノストラダムスの大予言を利用することになる。

 近代魔術で判明したことは人の意識、その方向性によって魔術の質が変容する。人間全体の意識が実は魔法並みの力は発揮するなんてことに気づいたのは意外と最近だったりする。意識の変容こそが魔術の核だ。

 科学は物質界の力。

 魔術は精神界の力。

 どれも違ったアプローチだが、結局のところ目指す場所は同じ。

 科学も神の法則を求めている。

 されど、魔術師はもう一段上。一なる状態を目指している。

 では一なる状態とは何か?

 簡単に言うと神になるということだ。

 神になって世界を統べる。真理と言ってもわかりやすいかもしれない。

 科学はその神の法則を利用して物事を上手く操作しようとしている。

 だが、魔術はその法則を塗り替えて、世界を操作しようとしている。

 この辺が違う場所だ。神になる。これは魔術師たちの大望である。神のおこぼれを預かるのではなく、その神自身に自らを入れ替えるのだ。

 その際に必要となるのは人々、全世界にいる60億人の意識。

 意識とは高次元の力である。それをある方向性をもって制御できるなら魔術は行使しやすい。大魔術になるほどそう言った人の意識を借りる必要性がでてくる。

 もっと以前であれば、地球に存在する人類の比率が低いため、その影響は軽微だったが、今はもはや必須となる。それより単純化し、霊脈と呼んで利用している。

 話を戻すと、ノストラダムスの大予言という人々が持つ意識の方向性を利用するという話だ。

 ノストラダムスの大予言。

『1999年7か月、

 空から恐怖の大王が来るだろう、

 アンゴルモアの大王を蘇らせ、

 マルスの前後に首尾よく支配するために』

 別にこの通りにしなくともいい。要するに何かが起こるという人々の恐怖感や不思議なこと、つまり科学の縛りが消え去る瞬間が必要なってくる。

 この時期には科学の呪縛が少し薄れる。その間を縫って私の魔術を行使するだけの話。あとは2000年の世紀末というのも重要だ。

 この暦を使い、私は南極大陸の一角に工房を築いた。

 南極大陸に魔術を敷く理由は、単純明快。

 人が住んでいないからだ。ここは人を阻む極寒地獄。永久凍土が埋め尽くす死の国。故に、人は住まず、人が住まないということは神話がない、ということ。

 北欧や西洋、東南アジア。

 そういった人の住む土地でこの魔術を行使すれば、確実に私はその神話に引っ張られた異世界へと旅立つだろう。

 そんな馬鹿な話はあるものか。

 それではもう既にそこには主神がいて、その世界を支配している。

 それでは私は神になれない。

 だからこそ、神話のない特異な土地、南極大陸を選んだ。

 この地で二年間暮らし、霊脈を構築し、循環の魔術陣を描く。

 退屈な作業だ。日々、自分の血を混ぜた魔術インクを寒いブリザードに晒されながら描く。なんて退屈で地味で無駄な作業なんだろう。

 それでも私は延々と繰り返す。

 魔術陣を構築し終われば、次は魔術核の構築。

 これは私の身体が核となる。

 今度も退屈な作業。永遠と瞑想にふけるのだ。

 断食し、昼夜問わず体力の限界まで瞑想し、この地に自らの身体を適合させる。

 馬鹿だと思うよな?

 魔術師なんてそんなものだ。

 人々が描く不思議な大魔術の実態なんぞそんなもの。永遠と繰り返される地味な作業を行って到達するだけだ。

 身体が適合すれば、すぐさまこの地に馴染む呪文を構築する。

 それと同時に神殿を構築。

 神殿とは祭儀を行う場所である。

 魔術師の粋を凝らした神殿作りは、地味な作業のなかでまだマシなほうにあたる。私のお気に入りの道具を並べる一種の空間作りだ。

 これは二日で終わり、神殿が完成。工房は神殿へと成長し、魔力が循環し、私の核である魔術遺産からだへと接続される。

 接続が済んだら八割方は完成する。これに約二年。

 来る今宵の夜までに小規模な魔法円、魔法円とは魔力の奔流や外的な力から自らの身体を守る守護結界のようなもの。

 魔術陣は力の循環と身体への接続、魔法円は自らの身体を守る守護結界。

 もし魔法円が失敗すれば、私の身体は粉々に砕ける。魔法円は魔法陣から流れる力を制御する役割も果たす。

 この魔術は『ソロモンの鍵』という魔法書グリモアールを参考にしている。あれは召喚魔術だが、私の場合は逆。転送魔術に当たるので力を逆向きに変えれば良いだけの話。

 本来の魔法書グリモアールだとこれに召喚した悪魔を制御するメダルを作成するが、この魔術には必要ない。私は自分の身体ぐらい制御できる。そうでなければ魔術師失格だ。

 意外と知られてないことだが、魔術師は肉体の研鑽も怠らない。

 世間のイメージではひ弱な魔法使いというのが通説だが、魔術師は自分の意識を常に把握している。その把握には肉体を制御する意識をまず最初に理解するのだ。魔術師は自らの身体を制御し、身体の次は精神、その次に魂という名の無意識を制御下に置かなければならない。

 その前段階で躓いているようだったら魔術師を止めた方が良い。

 肉体、知識、精神、魂。これらを完璧に制御してこその魔術師。

 魔術なんてもの目指さずに他のことを目指せばどれだけ世界にとって有益なのかがわかる。くだらない幻想を抱えずに現実に生きろと言ってやりたい。

 私もか。

 それはいい。これが成功しても失敗しても私は役目から解放される。

 清々する話だ。その瞬間には葉巻の一本を残しておいて、ゆっくりと吸いながら余命を眺めたいものだ。

 まあいい、話がまたそれた。私の悪い癖だ。どうやら説明しすぎるきらいがある。その説明も長いだけで分かりにくいと不満を言われたとしてもこれは私の性質で諦めるしかない。というか、黙れ。

 さて、これでおおよその説明はついた。

 月が私の真上に来た時に魔術を行えば全ては完成する。

 私の短い人生、この18年間と我が一族の2000年の悲願が結実する。

 今は午後22時。

 後残り二時間で魔術を行使する時間になった。

 さあ、どうなるにせよ。

 我が人生の全てを使った超大魔術。

 すべからく完成させようではないか。

 私はそう心を燃やして、最後の準備を始めた。

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