スリー・アース
友坂華月
スリー・アース
いつもの夕食のテーブルで、ビリーが学校での話を始めました。パパとママの自慢の息子のビリーはあと3日で10歳の誕生日を迎えます。
テーブルのビリーの向かい側でパパとママが腰掛け、ビリーの目を見て息子の話を聞き始めました。
「今日はね、学校でロブがすごかったんだよ!」ビリーが得意そうに話し始めました。
「ロブってちょっとノロマなんだよね、それで僕がニックネームをつけてやったんだ。」
「ロバってね。」
ビリーはますます得意そうです。
「そしたら、クラスのみんなもそれが気に入ってロブのことをロバって呼び始めたんだ。」
「ロブはあんまり気にいらなそうだったんだけど、先生もみんなも『それはばっちりだよ、ロブってロバみたいだもん。』って言うんだ。僕って人の特徴をつかむのが上手いって褒められちゃった。」
「だって、ロブは着替えるのだって一番遅いし、給食を食べるのだって、いつもビリか、ビリから二番目なんだもん。先生も『ロバじゃなくなるためにもう少し早く食べられるようになろうね!』って言っていたよ。」
得意げなビリーの話は、パパとママにはあまり嬉しそうではありませんでした。
ママはパパをじっと見て、そして再びビリーを見つめました。困ったような、悲しいような顔をしています。
パパが一度深呼吸をして言いました。
「ビリー、先生も本当にそう言ったのかい?」
ビリーが言いました。「うん、そうだよ!なんでそんなこと聞くの?」
「ビリー・・・」パパが言いました。
「ロブのこと好きかい?」
「うん、友達だよ。」
ビリーは、あまりパパが自分の話を気に入らなかった様子なので、夕食のお肉を口にほおばりながら言いました。
「そっか・・・ロブって給食も着替えも一生懸命にはやっていないのかなぁ?」
パパはビリーが不機嫌になったのがわかったので、ちょっととぼけて聞いてみました。
「ううん、一生懸命だよ、真っ赤になって、食べてるし、最後はかまずに飲み込んだりするんだ。着替えだって、あわててズボンから足が抜けないうちに次の服をつかんでよく転んだりするんだ。」
ビリーは思い出しながら楽しそうに言いました。
「そっか、でも、一生懸命なのはビリーにはわかってるんだね。」
「うん、もちろんだよ、でも、そこが面白いんだよね。ロブって不器用なんだ。」
ビリーが決めつけるように言いました。
「そっか、うん・・・うん・・・わかった。。。」
「ビリー、ロブってさ、パパかママのどちらかがいないんじゃないかな?」
「えっ?なんで知っているの???そうなんだ、ロブんちって、パパしかいないんだよね。だから授業参観にはいつもパパがくるんだよ。」
パパがもう一つだけビリーに聞きました。
「ビリー、ロブってもう10歳になっているね?」
「すごいなぁパパ、そうだよ、ロブはだいぶ前に10歳になったんだ、僕よりノロいのに誕生日は僕よりずいぶん前なんだよね。」
パパはママに目を向けて、うなづきました。パパの心の中では3日後のビリーへの誕生日のプレゼントが決まったようです。ママは決心し、そして悲しそうな顔で、目を閉じてうなづきました。
3日後
ビリーの10歳の誕生日です。ビリーのパパは
「プレゼントだよ、世界にひとつだけのプレゼントだから大事にしてね。」
パパは大きな箱のプレゼントをビリーに渡しました。
ママはだまっています。両手の指を組んで、ビリーではなく、パパを見つめています。
パパはママに目を向けて1回だけウインクして続けました。
「この箱の中には3つの青い玉が浮かんでいるよ。『地球』って言うんだ。3つの『地球』には『人間』という生き物が住んでいる。僕たちと同じ形なんだけど、すっごく小さいんだ。だから一緒に入っている虫眼鏡を使って観察するんだよ。」パパは続けました。
「3つの『地球』には3つのルールがある。これは人間には絶対に破れないルールなんだ。」
3つのルールとは、
1つ目、人間は1つの『地球』で命が終わったら、次の『地球』で生まれ変わらなければならない。3つの『地球』を順番に生まれ変わるんだ。1つの『地球』での生まれてから命が終わるまでを人間は『人生』って呼んでいるんだよ。
2つ目、人間は3つの『地球』を生まれ変わるまでに、7つの『幸せの玉』を使い切るんだ。使った玉が多いほど、その時の『地球』では幸せだったことになるんだけど、それは命が終わったときに自分で決めるんだ。
3つ目、人間は自分が住んでいる『地球』を自分たちが住めなくしてはいけない。だって、住めなくなった『地球』では生まれ変われないだろう?『3つの地球』を順番に廻るのがルールだからね。
「いいかい、ビリー、生まれ変わる3つのルール以外にはルールはないんだ。同じ人間に生まれ変わってもいいし、色も形も違う人間に生まれてもいい。その『地球』での生まれてから命がなくなるまでを『人生』って言うんだ。3つの『地球』での『幸せの玉』は7つ、ただし、『地球』を住めなくしてはいけないんだ。」パパは続けました。
「その虫眼鏡は3つの『地球』を順番に見ると、一人の人間がそれぞれの『地球』で何をしているのか?を順番に見ることができるんだ。人間の一生は長くても僕たちの時間で10分くらいだから、3つ地球を順番に見ても30分くらいだよ。」
ビリーはワクワクして誕生日のご馳走やケーキもそこそこに、パパと一緒に『3つの地球』の箱を開けてみました。
真っ黒な、真っ暗な箱の中には、青いきれいなビー玉のような『地球』が、お互いに離れて3つ浮かんでいます。箱の底の虫眼鏡を『3つの地球』に触れないように、ソーーッと取り出すと、ビリーはパパと顔を見合わせました。パパの目はビリーを優しく見つめています。ビリーは虫眼鏡を顔の前に構えて、1つ目の『地球』をのぞいてみました。
1つ目の『地球』の一人目の人間は『地球』の暑い土地に生まれた男の子でした。
(すごい!)
虫眼鏡をのぞくと、先ず、きれいな青い玉が緑色と茶色の『土地』と真っ青な『海』に分かれているのがわかりました。その表面には真っ白な和菓子のような『雲』が薄く青い地球のところどころをおおっているのがわかりました。その中の『土地』に目が向くと、自動的に『土地』がどんどん、どんどん、大きく見えてきました。そのうち『建物』や『車』が見え始めて、たくさんの人間といろんな種類の動物が、小さな小さな、ゴマ粒のように、小さく小さく、動いています。
そのうちどんどん、どんどん、大きく大きく見えてきて、ギラギラと光が明るい茶色い土地の男の子をとらえると、大きくなるのがとまりました。虫眼鏡をのぞいているとその男の子の周りの温度やにおいも伝わってきました。
「そこはアフリカだね」パパが言いました。
「パパ、だまっててよ。生まれた場所って『幸せの玉』には関係ないでしょ!」
ビリーは虫眼鏡を覗き込んだままパパにバイバイのしぐさをしました。
「そうだね、生まれた場所が幸せに関係あるのか、ないのか、その男の子が決めることだね。」ビリーはパパの言っている意味がわかりませんでしたが、その男の子を一生懸命虫眼鏡で追いかけました。
男の子は暑い土地でパパとママと8人の兄弟に見守られて生まれました。
「この子が長生き出来ますように」
ママは祈りました。
「早く働ける男になりますように」
パパは声に出していいました。
男の子の家は貧しく、食事はイモの粉をふかして丸めたものがほとんど。たまに魚や肉を食べることができました。生まれてから2歳まではママのそばで指をしゃぶったり、ママの服のすそをつかんで、ママのそばを離れずに毎日を生活していましたが、3歳になるころには他の兄弟に習って、水を汲んだり、畑の食べ物を拾い集めたり、他の兄弟のお手伝いをして毎日の食べ物を探すという仕事をするようになりました。生まれた時にプクプクとしていた男の子の手は畑の土をかき分けているうちに荒れてカサカサになり、ツルツルしていたかかとは裸足で茶色い土の上を歩き回ったり駆けたりしているうちにカチカチの硬い踵になっていました。
「パパ!この男の子は小さいのに自分の食べ物や家族の食べ物のために働いているよ。子供が食べ物のために働くなんて、ありえないよ!この子のパパはお仕事していないのかなぁ?」
ビリーが男の子を哀れに感じて言いました。10歳のビリーが自分より小さい男の子をかわいそうに思っていることを、ビリーのパパとママはホッとして見守っていました。パパが言いました。
「うん、ビリー、そうだね、でもこのくらいの小さな子供でも食べ物のために働かないといけない土地なんだろうね。『地球』には緑と茶色い土地があるけど、『人間』はその土地に線を引いて陣取り合戦をしている土地があるんだ。土地同士でけんかをしているんだね。土地同士のけんかを『戦争』って言うんだけど、その土地に住んでいる人間の大人にとっては大切な問題なんだよ。」
「へぇ〜 でも虫眼鏡の中ではこんなに狭い小さい『地球』なのにね?こんな狭い中でけんかなんて、窮屈じゃないのかな?」
ビリーが不思議そうに、言いました。
(自分の学校の教室で友達とけんかしても、毎日同じ教室にいるから、なんとなく教室の中で離れようとするのに、この『地球』の中でけんかしたら、けんかした後もとなりの机に座っているようなものじゃない。)学校のけんかのことはパパやママには話したくなかったので、ビリーは心の中で感想を言いました。
男の子が5歳になったころ、男の子のパパは男の子の生まれた土地の隣の土地との『戦争』で死んでしまいました。男の子のパパは、『戦争』の理由を知りませんでした。でも『家族』に食べ物を持って帰るために『戦争』をしにいきました。『動物』を狩る『弓』や『わな』、畑を耕す『くわ』を持つ手に『鉄砲』を持って土地の仲間と一緒に『戦争』に行きましたが、となりの土地に歩いて入ったときに、『地雷』という土に埋まっていた『爆弾』を踏みつけて「ドカンッ」という爆発と一緒に死んでしまいした。 『戦争』は男の子の土地のすぐ周りでも行われています。『戦争』では今までよりも食べ物がなくなり、男の子のお家ではご飯の時間がないことも多くなりました。
9人の兄弟は4人になっていました。5人のいなくなった兄弟はとなりの土地の大人に『鉄砲』で撃たれたり、『爆弾』で粉々になったりして、次の地球に移っていきました。男の子のパパと5人の兄弟は次の『地球』で生まれ変わるためにキラキラとした粉になって、風に吹かれて次の『地球』に飛んでいったのです。
5歳になった男の子は、ある日、『戦争』で物を運んでいるトラックからジャガイモが3つこぼれ落ちたのを見つけました。
「あっ!ジャガイモだ!持って帰ったら、ママが喜んでくれる!ほめてくれる!」
男の子の心の声が虫眼鏡から聞こえてきました。
「ひとつめ、ふたつめ・・・・・・みっつめ・・・・あぁ」
三つ目のジャガイモを手に取ったとき、後ろから来たトラックのタイヤは男の子の体をぺちゃんこにしてしまいました。
「いたいっ!」男の子の声が聞こえました。しかし、次の瞬間には、男の子の体の痛さとは関係のない言葉が聞こえてきました。男の子の『心の声』でした。
「ジャガイモ・・・つぶれちゃった。ママに持って帰ってあげたいのに、お兄ちゃん、お姉ちゃんに『よくやったね!』ってほめて欲しいのに!」
男の子は次の『地球』に生まれ変わることになりました。生まれ変わる前に、今の『地球』での幸せの玉はいくつだったのか、決めないといけません。それが3つの『地球』のルールなのです。
男の子は目の前に、いつの間にか小さな体の両手にあふれるくらいの『幸せの玉』を抱いていることに気がつきました。そして、それが『幸せの玉』であることも、その中から自分の幸せの分だけ玉の数を選ぶことも一瞬で感じてわかりました。このルールは『命が終わった瞬間』にだけわかるようになっているようです。
男の子は玉を落とさないように静かに、でも1つの玉をつかんで元気よく言いました。
「玉は6個だよ!だって、ジャガイモを3つも見つけたもの!僕がはじめて見つけたまっさらのきれいな食べ物だ!でも、お家に持って帰れなかったし、トラックにつぶされちゃった。だから・・・7個全部じゃない、幸せ6個分だよ。」
最後はちょっと寂しげな声になりましたが、男の子は誇らしげでした。
男の子が胸に抱いた残りの6個の幸せの玉は、その瞬間に男の子の目の前に浮かび、キラキラした粉になり、霧のように男の子の前で広がり、空中にとけてなくなりました。残りの1つの玉は男の子の胸の辺りに浮かんで、ゆっくりと胸の中にめり込むようにとけて男の子と一体となりました。
そして次の瞬間、男の子の体も次の『地球』で生まれ変わるためにキラキラの細かい粒子になり、風に吹かれて、次の『地球』に飛んでいきました。
ビリーは言いました。
「ジャガイモ3つ見つけて幸せの玉6つは多すぎだよ!あと2つの『地球』で玉は1つしかないのに。」「それに、この子は小さいのに学校にも行かないで、友達と遊ぶこともあんまり無かったよ。毎日毎日食べ物を探して5歳になったんだよ。僕の人生の半分なのに、あんまりだよ!」
パパは言いました。
「人間は3つの『地球』のことも7つの幸せの玉のことも、自分たちではわからないんだよ。」
「でも、ジャガイモ3つ、それも落っこちたジャガイモ3つだよ。それを見つけただけで7つのうちの6つの幸せの玉なんて・・・」ビリーは不満です。そして悲しくなりました。
パパは言いました。
「その男の子には6個分の幸せだったんだね。3つのジャガイモは5年間の男の子の『人生』では『宝物』だったんだね。」パパの顔は悲しいのか、微笑んでいるのかわからない、半分ずつの顔に見えました。
「この子は次の『地球』で、幸せになれるの?パパ! あと一つしか『幸せの玉』がないのに!」
パパは言いました。
「3つの『地球』はビリーへのプレゼントだよ。ビリーのものさ。その子のあと2つの『地球』でのことを見守るのはビリーのお仕事だよ。」
ビリーは(この子がもっと幸せになればいい)と思いながら、(でも、あと1つしか玉が残っていない)と不安です。
「あああぁぁぁーーーーおおおぉぉぉーーーー!!」突然虫眼鏡から大音量で女の人の叫び声が響き渡りました。なんという大声でしょう。今までビリーが経験した大きな音の中で一番の大きな音を出している元に耳をつけて聞いているような大きな大きな悲しそうな、そして胸をかきむしりたくなるくらいに胸が苦しい声でした。
「ビリー!虫眼鏡を離すんだ!」
パパから厳しく言われてビリーは虫眼鏡を持っていた手を一つ目の地球から離しました。
「何なの今の、音?声?」
ビリーはびっくりしてパパを見上げました。
「今のは男の子が死んでしまったのを見つけた男の子のママの叫び声だよ。悲しくて胸が痛かっただろう?子供が死んでしまったときのその子の親の気持ちって、こうなんだよ。」
パパは寂しそうに言いました。ママもテーブルの椅子に腰掛けたまま、涙を浮かべてこちらを見ています。
「今みたいなときはすぐに虫眼鏡を話さないと、『人間』の悲しみがこちらにも伝わって、ビリーもすごく悲しくなるからね。悲しくて次の地球が見れなくなることがあるから、注意しようね。」
ビリーはどきどきしながら手につかんだ虫眼鏡をまじまじと見つめて、一回深呼吸をしました。
(よし!)ビリーは心の中でうなづきました。(すごく悲しすぎるときはすぐに虫眼鏡を地球から離そう、でも、そんなに悲しさが大きくないときは離さずに最後まで見ていよう。)と心の中で決めました。
ビリーは2つ目の『地球』を虫眼鏡でのぞいてみました。どんどん小さな『地球』が大きくなって、一人の人間が見えてきました
男の子は2つ目の『地球』で生まれ変わりました。今度は女の子になりました。
「パパー!女の子になっちゃったよ!?」
パパは言いました。
「3つの『地球』の中では命だけが大事なんだ。男の子も女の子も関係ないんだよ。1つの命が3回生まれるのがルールだからね。」
「フーン・・・」
ビリーは(不思議だな)という顔をしました。
「人間は男の子になるか、女の子になるか、自分ではわからないんだ。『幸せの玉』があることも、それが『7つ』あることも自分たちではわからないんだよ。」
女の子は『地球』の中の『ヨーロッパ』と呼ばれる土地に生まれました。その中でも小さな『島』に生まれました。
「そこはイギリスって言うんだ。」
パパが言って、ビリーがキッとパパをにらみました。
パパは口に手を当てながら言いました。
「土地は関係ないんだったね。」
「そうだよ。」
ビリーはめんどうくさそうに言って虫眼鏡を再びのぞきこみました。
女の子はイギリスの『中流階級』と呼ばれるお家に生まれました。女の子の周りには『戦争』も起こらず、大きな事件も起こりませんでした。
13歳で『初恋』を体験しました。『恋』の相手は同じ学校の2歳年上の男の子です。色の白い髪の毛が金色で耳にかかった男の子でした。女の子がその男の子と話したり、見つめたりするたびに胸がドキドキしているのが虫眼鏡を通してわかりました。見ているだけなのになんで温度や声や胸のどきどきがわかるんだろう?ビリーは不思議に思いました。
テーブルに腕をついて食後の紅茶を飲みながらビリーとパパを見守っているママが言いました。
「その虫眼鏡って本当に不思議なの。眼鏡の中の『人間』の『思っていること』や『感じていること』が見ているビリーや周りの私たちにまで伝わってくるの。私は離れてこっちにいるけれど、ビリーやパパが見ていることをなんとなく感じるのよ。そしてねビリー、そのドキドキはママも経験したことがあるわ。ビリーはまだかもしれないけれど、ママがパパを思うときに、今でもそんなにドキドキすることがあるの。そして、ビリーとパパを見つめている今も、その女の子と同じくらいドキドキしながら見ているの。」
ビリーは(ママって変、何でドキドキしているんだろう? プレゼントをパパと見てるだけなのに・・・)と思いましたが、口に出さずに虫眼鏡をのぞき続けました。
女の子の初恋は13歳が終わる前に『失恋』をしました。どうやら男の子には他に好きな女の子が出来てしまった様子でした。女の子の心の寂しさや悲しさも伝わってきましたが、前の人生で男の子がトラックにひかれたときの男の子のママの心の悲しさや寂しさと比べたら、そんなにひどく、大きなショックではありませんでした。ビリーは虫眼鏡を地球から離さずに見続けました。
女の子は22歳で『結婚』しました。優しそうなやはり髪の毛が金色の色の白い男の人と恋をしました。女の子は2人の男の子を生みました。
「この子達も前の『地球』から来たんだね?」
ビリーが言うと、パパは
「生まれ変わったことは自分たちではわからないけど、そうだよ。」
と言いました。
女の子と『結婚』した男の人は2人の子供をかわいがり、女の子にも優しかったのです。ビリーはそれを見てホッとしました。
「今度は幸せだよね。」
と独り言を言いました。
「パパ!この女の子は幸せだよ!『幸せの玉5つ』くらいは幸せじゃないかな?」
「ビリー、幸せの玉の数はその女の子が最後に決めるんだ。そして残りは1つなんだよ。ビリーが決めるんじゃないんだ。」
パパは寂しそうに言いました。ビリーはパパがなぜ寂しそうなのかわかりませんでした。
女の子の二人の子供両方とも男の子でした。女の子と『女の子が結婚した男の子』に優しく大事に育てられました。二人は『成人』し、女の子の家を出て行きました。2人の息子のうち1人は34歳で『ガン』という『病気』で次の『地球』に行くことになりました。男の子の声が聞こえてきました。
「あぁ、ママ、パパ、僕は逝ってしまう。僕は死にたくは無い。でも、もう難しいみたいだ。ママもパパも僕を一生懸命心配してくれてありがとう。そしてごめんなさい。先に逝ってしまう事は『親不孝』なことだと知っています。でもどうしようもありません。このままがんばっても僕の体は痛むだけです。体中が痛くてたまりません。本当にごめんなさい。でも、この痛みにはもう耐えられません。僕は先に逝かせて下さい。そして、僕を安らかに見送ってください。さようなら。」
「私たちより先に死んでしまうなんて!この子が何か悪いことをしたというのかしら!出来ることなら、私の命をこの息子に分けてください!私にはこの子が元気になったことを見届ける一日だけを残してくれればあとは何日もいりません。どうか・・・どうか・・」
ビリーは目に涙をためながら、虫眼鏡をのぞき続けました。横にいるパパも、テーブルにいるママも何も言いませんでした。ビリーが十分に優しい個になってくれていることに感謝しています。誰に感謝しているのかは自分たちにもわからないのですが。
もう一人の息子は40歳のときに他の人間に『暴力』をふるって『殺人』という『罪』を犯しました。そして『死刑』という『罰』を受け、無理やり次の『地球』に行かされる事になりました。
この男の子は『殺人』を犯したことを後悔しているようです。虫眼鏡をのぞいているとママである女の子の心とこの『殺人』を犯した男の子の心の声が聞こえてきました。
「ママ、ごめんなさい。僕はママにも、『殺人』してしまった相手にも、その相手の『家族』にも悲しい思いをさせてしまったよ。本当にみんなごめんなさい。でも、自分が殺されるのはいやだ!死なせてしまった相手には本当に申し訳ないけれど、でも、死んでしまうのはいやなんだ。ママ、助けてくれないかな?だれか、助けてくれないかな?このままだったら、僕は『死刑』になってしまう。どうにかならないかなぁ?」
「私のかわいい息子、一人残ってくれた息子が他人を殺してしまって自分も殺されてしまう。あぁ!なんでこうなってしまったのでしょう。だれか、私の息子を助けて!確かに悪いことをしてしまった息子です!相手の方のご家族は『こんな息子は殺してしまえ!』と言うでしょう。そうでしょうとも、私だって、息子が殺されてしまえばそう思いますもの! でも、あの子は私にとって最後に残った一人だけの息子なんです。あぁ、旦那さま、私とあなたの息子が殺されてしまう!どうにかなりませんでしょうか?誰か私の息子を助けて!」
女の子の息子の声と女の子の声を続けて聞いたビリーはなんとなくしらけています。
(他人に悪いことをして、それも殺してしまって、『罰』を受けたくないなんて虫が良すぎるよ! 確かに、殺されるのは怖いと思うけれど。。。)
でも、パパやママにはこんな冷たいことを言う息子だって思われたくなかったので、口に出さずに心で思いました。
女の子は2人の息子が次の『地球』に移るたびに泣きました。悲しくて悲しくて、涙がポロポロ、ポロポロ、朝も、昼も、夜も流れました。2人目の息子が『殺人』という『罪』を犯したとき、女の子は周りの人間からいじめられて、また泣きました。
「人殺しの家族だ。」
「あの殺人鬼の母親だ。」
女の子の周りの人間の声が虫眼鏡から聞こえてきました。
女の子と『結婚』した男の人は女の子を守りました。時間がたち、周りの人の『いじめ』は減りましたが、女の子と『結婚』した男の人も歳をとり、62歳で次の『地球』へ旅立ちました。
女の子の旦那さまの心の声が聞こえました。
「私の奥さん、幸せな時間をありがとう。二人の息子は僕たちよりも先に逝ってしまったし、僕も君より先に逝ってしまうことになってしまった。寂しい思いをさせてしまうね。でも、悲しまないでほしい。僕は君の事を十分に愛したし、君も僕の事を愛してくれた。先に逝ってしまうのは元々僕の体が虚弱だからなんだ。子供のころから病弱だったから、普通の人よりは早めに死んでしまうだろうと君にも話していたよね。予想が当たってしまったのは実は本意ではないのだけれど、まあ、しようがないかな。君をいつまでも愛しているよ。淋しがり屋の君を残してしまうのはすごく心配なんだ。ごめんね。そしてありがとう。」
ビリーは(あれっ?)と思いました。不思議と女の子の心の声は聞こえてきません。まるで心がカラッポになってしまったようでした。
女の子は寂しそうです。寂しくて、寂しくて、2人の息子とだんな様に会いたくてたまりません。女の子は友達もいなくなり、誰とも話すことがなくなりました。70歳のとき『病気』になり、『病院』というところで、この『地球』での命が終わりました。
女の子の手のひらに1つの『幸せの玉』がありました。突然手のひらに乗っかっていた『幸せの玉』ですが、女の子は少しも驚きませんでした。女の子は選ばないといけないことがわかり、70歳までの『人生』を思い出して、一生懸命考えてみました。
「私の幸せはどのくらいだったろう?」女の子は70歳のおばあちゃんの体で、1つの玉を見つめていました。
「2人のかわいい男の子と、大好きなだんな様に出会えたことはとっても幸せだったわ。その時だったら、幸せの最上級よ。」確信したように女の子は言いました。
「でも、私は2人の息子を若くして死なせてしまった。1人は他の人の人生を奪ってしまった。これは私の責任なの。もっとやさしい子に育ててあげていれば・・・『ガン』で亡くした息子も、もっと健康に育ててあげていたら・・・これは私の責任。」女の子は続けて言いました。
「優しい旦那さまは最後まで私をいたわってくれた。私を心配してくれた。でも、心配したまま私をおいて死んでしまったわ。私がもっと強かったら、あの人は私の心配をせず、もっと自分の体を大切にすることができたかもしれない。もう少しの時間、そばにいることができたかもしれない。」女の子は言いました。
「パパ!2人の息子が次の『地球』に行ったのは、この女の子のせいじゃない!このだんな様も女の子を大切にしていたよ。でも女の子は幸せじゃないみたいなんだ。」
ビリーは不満そうに虫眼鏡をのぞきながら言いました。
パパは
「それはビリーが感じる女の子の幸せだろ?『幸せの玉』の数はその女の子が決めるんだよ。さっき教えたじゃないか。」
とたしなめて言いました。
「うーん・・・・・・」納得できないままのビリーが返事をしました。
女の子は玉の数を決めた様子です。
「私の幸せは最上級だったけれど、どんどん数が減ってしまったわ。幸せが0とは思わないけれど、1つには足りないわ。だから、『幸せの玉』は使えない。玉の数は0だわ。」
女の子がそう言うと、手の中の玉は再び女の子の胸の中に融けるように1つになり、女の子はキラキラした粒子になって、風に乗って次の『地球』に流れていきました。
「パパー!」
ビリーは悲しい顔で言いました。
「人間って幸せの数え方がおかしくない?」
「ビリー!」
パパが強めの声で言いました。
「幸せの数え方は一人ひとりの人間が決めることだ。ビリー、君が決めることじゃないんだ。もちろんパパにも決められないんだ。」
「じゃあ、なんでこんなプレゼントをくれたの?」
とビリー、
「ビリー、このプレゼントは不満みたいだね。でも、僕はビリーがこの『3つの地球』が気に入ると思ったからプレゼントしたんだ。」
「うん・・・」
でも、ビリーはやはり不満そう。
(だって、なんか、納得できないんだ。最近、覚えたんだ、これって『リフジン』だよ。)
ビリーは心の中でこっそり言ってみました。
(リフジンだよ!)
とパパに気づかれないように。
女の子は3つ目の『地球』に生まれ変わりに行きました。ビリーは続けて見守ることにしました。
(残り1つの『幸せの玉』はどんな幸せなんだろう?だって、7つのうちの1つ分の幸せって、どのくらいなのかわからないもの。)
女の子は『地球』の細長い島の土地に、男の子になって生まれました。
「そこは・・・」
パパは言いかけて口に手を当てました。ビリーはパパを見て言いました。
「パパ、ここは何ていう土地なの?」
パパは嬉しそうに言いました。
「うん、そこはニッポンって言うんだ。」
「フーン」
ビリーは不思議になりました。一人目の男の子の体は真っ黒、二人目の女の子は真っ白だったのです。
今度の男の子の体は黄色い感じがします。
「パパ?人間の体っていろんな色があるの?」
パパは言いました。
「そうだね、黒かったり、白かったり、黄色だったり、話す言葉もいろんな種類があるんだ。」
「今度は男の子で、体は黄色っぽいよ。」
ビリーが言うとパパは、
「そうだね、でも、もうビリーはわかっているだろう?大切なのはその男の子が最後に・・・」
「どう思うかだよね。」
パパが最後まで言わないうちに、ビリーが大人ぶって言ってみました。
(7つのうちの1つ分の幸せって、、、、)ビリーはソワソワしながら虫眼鏡をのぞき込みました。
男の子はメガネをかけた細長いパパと、ふっくらとした背の低いママの子供として生まれました。兄弟はいません。成長してビリーと同じ10歳のころに、周りの同じくらいの歳の子供に『いじめ』を受けましたが、14歳になると体も大きくなっていじめられなくなりました。
学校には21歳まで通って、それまでに3人の女の子と仲良くなりました。『人間』の中ではそれを『恋愛』と呼んでいます。『初恋』のドキドキや、ヒヤヒヤ、熱くなったり、悲しくなったり、嬉しくなったり、たくさんの気持ちが行ったり来たりして、子供で恋愛を経験したことの無いビリーにはへとへとになるくらい疲れました。ビリーは見ている途中で言いました。
「パパ、恋愛って大変だね、パパやママもこんなに大変だったの?」
パパとママは顔を見合わせてにっこりしながら言いました。
「そうね、大変だったわ、でも、大変だから素敵なことなの。ビリーにもそのときが着たらわかるわ。」
と、ママは言いましたが、
(こんなに大変なら『恋愛』ってしなくてもいいんだけど・・だって、面倒そうだよ。)
ビリーは思いました。
男の子は『スーツ』という『制服』を着て仕事をし、毎日毎日、同じ『会社』に通い始めました。30歳で2歳年下の女の人と『結婚』して、2人の子供が生まれました。
「この子達も前の地球から来たんだね。」 ビリーの言葉にパパはだまってうなづきました。
男の子は女の人と『喧嘩』はしましたが、普段は仲よく、『普通』の生活を続けました。男の子の周りには値段の高そうな『車』という『乗り物』に乗り、『豪華』な生活をする『人間』もいました。ビリーはその周りの人間を見て、
「おいしそうな食べ物を食べて、すごく大きなお家に住んでいる人間もいるよ。パパ、この男の子は『お金持ち』の人間と比べたら幸せじゃないかもしれないね。」
ビリーは言っている途中で、さっきパパからにらまれたことを思い出しました。
「でも、男の子が決めることだもんね。」
急いで付け加えたら、パパはにっこりしてビリーの頭をなでました。
『結婚』して『大人』になった男の子の子供は、1人目は女の子、2人目は男の子で、仲良く成長し、まるで男の子と同じ『人生』のように、何の事件もなく大きくなりました。2人とも30歳までには新しい『家族』を作り、たまには男の子のお家に、新しい『家族』を連れて訪問しました。男の子は『豪華』な生活や、『大きなお家』に住むことはなかったけれど、大きな事件も起こらないうちに80歳になり、『お嫁』に来た女の人より先に命の終了を迎えました。『病気』で、『病院』という建物の中で『人生』の終わりを迎えることになりました。
「パパ!」
ビリーはパパに正面に向きなおし、パパに言いました。どうしてもパパに言いたかったのです。
「パパ、今度の男の子は1人目の男の子みたいに5歳で車にぺちゃんこにされていないし、2人目の女の子みたいに、子供やだんな様が先に次の『地球』に行ってもいないよ。」
「うん、そうだね。」
パパはやさしく言いました。
「でもさ、『幸せの玉』一つしかないんだよね。この子はそれでいいのかなぁ?」
「それは・・・」
とパパ、
「この子が決めることなんだけど・・・」
パパに続いてビリーは言ってみました。
80歳になった男の子の手には、一つの幸せの玉がキラキラ光っていました。
(僕が見てきたこの玉は、7つのうちの1つ、でも、この男の子にとっては幸せの玉一つがすべてなんだ!)
ビリーはこのことになんとなく気がつきました。
「そうだよ!7つのうちの1つじゃないんだ、1つのうちの1つなんだ!」突然叫んだビリーに、パパはニッと笑って、親指を立てました。
男の子は掌の上の一つの『幸せの玉』を見つめて言いました。
「僕の80年の人生が幸せだったかって?2人の子供が健康に育って、新しい家族もできた。やさしい妻とめぐり合い、その妻に見送ってもらって命を終えることができた。『お金を儲ける』ことも、『大きな家に住む』こともできなかったけれど、僕は満足さ。『人生』の目的が『大きな家に住むこと』だったら、この玉は使えなかったかもしれないけれど、僕には『僕を愛してくれる家族』を作ることができた。これ以上の幸せはないね。」そう言って、1つだけの幸せの玉をすごく大事そうに両方の掌でおしいただいて、ゆっくりと顔の前に持ってきました。まるで誕生日のケーキのろうそくの火を吹き消すように、「フッ」と息を吹きかけました。
男の子の体はキラキラとした粒子となり、3つの地球の周りを囲む小さな小さな星屑たちの中へ混ざりこみ、他の星たちと一緒に3つの地球を包み込む光の帯の粒の1つになりました。
「3つの地球を廻り終わったら、地球の周りの星の帯になるんだね。僕は一つ目の地球に戻るのかと思っちゃった。」
パパは言いました。
「3つのルールがあっただろう?3つの地球を廻ること、幸せの玉は7つ。7つの玉を使い切ったら、次の人間のために3つの地球をつなぐ『道しるべ』になってあげるんだよ。人間が次の地球に向かうとき、この『星の帯』をつたって風に乗って飛んで行き、次の地球にたどり着くんだよ。人間はこの『星の帯』を『天の川』って呼んでいるけど、『天の川』が道しるべだっていうことは、人間は知らないことなんだ。」
「『天の川』で他の人間の道しるべに飽きたころ、また、一つ目の地球で生まれるんだ。みんな順番にそれを繰り返してるんだね。」
(でも・・・)ビリーは不安になりました。
(7つの玉を使いきれなかったらどうするんだろう?7つは使わないといけないのに)
「パパ!」
「うん、そうだね、ビリー」
パパはやさしく言いました。
「実は、特別ルールがあるんだ。」
「ルールは3つじゃないの?」
「ルールは3つ。でも長い間のうちに、2つの特別ルールが出来ちゃったんだ。人間の中で7つの玉を使い切らなかったり、途中で使うことを放棄することを始める人間が増えてきてしまったせいなんだ。」
特別ルールとは、
「1つ目は7つの『幸せの玉』が余ってしまったとき。このときには人間は『天の川』にはなれないんだ。『3つの地球』のうちで7つを使えなかったときは、一つ目の『地球』 に戻されてしまうんだよ。そして新しく7つの玉が加えられてしまう。2つの玉が残っていたら、今度は9つの玉を使い切らないといけない。幸せになるためにはたくさんの努力が必要だから、前の3つの『人生』より一生懸命生きないと9つの玉を使いきることが出来ないんだ。」
「だって、玉が多いほうが幸せになれるんじゃないの?」
「あっ!」とビリー
「そうさ、1つ1つの地球で残っている玉の数がそのときの幸せの玉の数だったよね。前の『地球』のこと、次の『地球』のことは『人間』にはわからないんだ。」
「『人間』は次の『人間』の道しるべになるために、3つの『地球』を渡るんだ。『天の川』になるために『人間』はたくさんの努力をして『幸せの玉』を使い切らないといけないんだ。」
「それとね、」
パパが付け足すように言いました。
「3つのルールのうち、最後のひとつの
ルール『地球を住めなくしてはいけない』っていうのがあったよね?人間は3回生まれ変わるのがルールだから、もし一つでも人間が住めない地球になってしまうと・・・すべての人間は『天の川』のまま人間が『生きていける地球』になるまで、じーーーっと待つことになるんだよ。ね、ママ」
パパはママに目配せをして言いました。ママはテーブルの上についていた肘を浮かして、ビリーに真っ直ぐ向きなおして座り、離し始めました。
「そう、私も昨日まで忘れていたことなんだけれど、パパと話してママが10歳のときにのぞいた箱の地球のことを思い出したの。パパはちゃんと3つの地球を見たのね。そして今日ビリーも3つ目までの地球の人生を見届けたわ。でもね、私は1つ目までしか見ていないの。一つ目の地球での人生を見終えたとき、次に私が見届けるはずの『人間』が移るはずの『地球』は青い地球ではなかったの。そう、まるで鉄の錆びたような、すべてが茶色になった地球だった。虫眼鏡で見ても『海』も『生き物』もいなかったの。何かの理由で『生き物が住めない地球』になってしまっていたのね。そのときの私のパパ、ビリーは会ったことは無いけどあなたのおじいちゃんね、私のパパは困っていたわ。私が『次の地球は?この子はどうなってしまうの?』って泣きながら問い詰めるんだもの。パパはすごくすまなそうな、困ったような顔をしていたのを覚えているの。でも、どうしようもなかったのね。箱はそのまま、私は一つ目の地球でおしまい。それでも私のパパは・・・うん、これはいいか・・・・
でも、私は一つ目の地球までしか見ていないから、そのうちもう一度あの箱と会うことになると思うの。茶色になってしまった地球も長い時間をかけて、また青い地球に戻るはずだから。それが人間の時間で100年かかるのか、1000年かかるのかは私にもわからないけれど。私たちの時間は『人間』よりもすごくゆっくりと流れているから、そう長く待たなくてもいいはずなの。ビリーが今日見た人間も80歳でも10分くらいだったでしょう?」
ビリーはため息をつきながら言いました。「もう一つの特別ルールは?」
「うん、もう一つの特別ルールは、『幸せの玉』を使うことを放棄したときの『罰』だよ。今日見た2人目の女の子の子供が、『殺人』の罪で、『死刑』の罰を受けたよね。『殺人』という罪は他の人を無理やり次の地球へ送るっていうことだよ。あの子はあの瞬間に自分の『幸せの玉』を使うことが出来なくなったんだ。自分で自分を次の『地球』へ送ろうとすることも同じ『罪』だよ。これは人間の中で『自殺』って言うんだ。これも自分の『幸せの玉』が使えなくなるんだ。だから、次の『地球』に行ったように見えたけど、行き先は次の『地球』じゃないんだ。『幸せの玉』は人間の手で左右することは出来ないし、それを無理やり動かそうとすると『幸せの玉』はそこで消えてなくなってしまうんだ。」
「『幸せの玉』がなくなったらどうなるの?」
パパが答えていいものか迷っているのが、ビリーにはわかりました。
でも、知りたい、知っておかないといけないような気がします。10歳のビリーの真剣な目に、パパは真剣に向き合いました。
「そうだね、ビリー、君はこのことを知るには十分大きくなった。だから話すけど、これは秘密ってきまりなんだ。だから、この秘密は君が大人になったとき、とても大事な人にだけしか教えてはいけないよ。」
「うん」
ビリーは肩をすくませて、パパの次の話を待ちました。
「『幸せの玉』が途中でなくなってしまうと、次の『地球』へも『天の川』にも行けないんだ。」
ビリーはうなづきました。
「ビリー、『3つの地球』のそれぞれの近くに小さな星があるのが見えるかい?」
ビリーは『3つの地球』の周りを目を凝らして見てみました。すると、『天の川』に囲まれた『3つの地球』のそれぞれすぐ近くに、1つずつ、小さな小さな白い粒のような星があるのがわかりました。
「その小さな星は『月』って呼ばれているんだ。『3つの地球』を大きく包む『天の川』でもない、『地球』のすぐ近くを寂しそうに、心細そうに廻っているよね。『幸せの玉』を使えなくなった人間はその『月』に送られるんだ。そこには『言葉』もないし、『友達』もいない。だって、『月』に送られた『人間』には他の『人間』がいることが見えないし、わからないんだ。そして、その『人間』たちに見えるのは『地球』で一生懸命に『幸せの玉』を使う努力をしている『人間達』だけなんだ。」
ビリーは想像してみました。誰もいない、パパもママも、友達もいない、真っ白な土地から『地球』の人間を眺める自分自身を。寂しくて悲しくて、涙が自然にポロポロと流れてきました。
「ビリーはやさしい子だね。僕は君が大好きだよ。でも、大丈夫。『月』に行った『人間』はずっとそこにいるわけではないんだ。」
ビリーの涙でほっぺたにすじの入った顔が、明るくパパを見上げました。
(だって、そんな寂しいのは悲しいもの。)
「『幸せの玉』は人間の中で作られるんだ。だから、『月』で自分以外の人間が『地球』で一生懸命に幸せの玉を使っているのを見ているうちに、1つずつ玉が出来ていくんだ。」
「その『人間』がどのくらい他の『人間』の『幸せの玉』の使い方に感動したか? それで『幸せの玉』が作られるスピードが変わるんだよ。1ヶ月で出来てしまう『人間』もいれば、100年かかる『人間』もいる。でもそのうち『月』から『地球』に生まれ変われる日がくるんだ。」
ビリーは「ホッ」として、その『月』にいるたくさんの『人間』に思いました。
(早く戻ってこれるといいね)
(そのためには地球にいる『人間』が『幸せの玉』を上手に使わないといけない。)
ビリーは地球の人間に、お願いするようにつぶやきました。
「いっしょうけんめいにいきてね。」
「そうだよ」
パパが言いました。パパの目にも少しだけ涙が浮かんでいました。
「この『3つの地球』の箱はパパが10歳のとき、パパのパパからもらった物なんだ。『一生懸命生きること』が『幸せの玉』を使うことなんだね。『幸せの玉』は7つしかないけれど、『3つの地球』でそれを使い切ることが大切なんだ。残りの玉が1つでも、一生懸命生きれば大きな一つの玉になる。7つ分に負けないくらいに幸せだよ。 ビリー ありがとう。この『3つの地球』は君のものだ。そして、君がこのことを伝えたい大事な人が出来たときに、このプレゼントを伝えて欲しい。」
パパはビリーをやさしく見つめました。誇らしそうでもあります。
パパは言いました。
「ありがとう、ママ、こんなにかわいくて、大好きな息子を産んでくれて、僕と今まで一緒にいてくれて。」
ビリーは不思議な顔をしてパパをみつめました。
「ビリー、『月』で『幸せの玉』が出来ることは話したよね、大切な秘密だって言ったよ。実は『月』で出来る玉の数は6つまでなんだ。『月』で6つの玉が出来上がると、もう一回次の場所で生まれ変わるんだ。ビリー、それがここ、この場所なんだ。この場所で大好きな人が出来て、大切な子供を育て、その大切な子に『一生懸命生きるのがとっても大切なこと』を伝えることが出来たとき、その時にはじめて、7つ目の『最後の玉』が出来上がるんだ。そしてやっと『天の川』に戻ることになる。でも、ビリーが大人になるまでは、パパとママのどちらかがビリーを見守らなければならない。昨日、ママと話し合って、ママがビリーを見守ってくれることになったんだ。」
ビリーはきょとんとしていますが、パパはこの土地での『自分に残された時間』が少ないことを知っています。だから、悲しいけれども話を続けました。
「ビリー、不思議じゃないかい?『地球』の中では家族には子供が一人ではなかっただろう?1つ目の『地球』では8人、2つ目では2人の子供が生まれて、3つ目でも2人の子供が生まれていた。でも、ビリー、クラスの友達はみんな兄弟がいないだろう?この場所では1つの家族に1人の子供しか生まれないんだ。その子供に『一生懸命生きること』を『親』になった僕たちが一生懸命に伝えるんだ。大切に愛して、愛して、他の人にも『愛』をわけることが出来る『一生懸命に生きる』子供を育てる。そして、そのことはその子供が10歳になる前に、自然とその『親』にわかることなんだ。僕たちは3日前にそのことがわかってしまった。ビリー、パパはビリーのことが大好きだよ。好きで好きでたまらない。でも、ビリーに大切なことを教えてしまったし、それがこの場所でのパパとママのお仕事だったんだ。たぶん、パパはさっきビリーが見たキラキラの粒になってあの『天の川』に流れていくんだ。そして、ビリーもパパがいたことは忘れてしまう。たぶん、今見た『3つの地球』のことも忘れてしまうだろう。だって、パパも『3つの地球』のことは3日前まで忘れていたんだ。でも、大丈夫『一生懸命生きることが大切』ってことは忘れないよ。 ビリー、君が大好きだよ。」
そういうパパの体の中心がゆっくりと光り始めました。体全体が光を帯びて、パパの優しい顔がまぶしさの中でやっと見えるくらいです。その瞬間、パパの体は光の粒になり『3つの地球』の箱の中へ、お家の中で吹いていないはずの風に乗って『天の川』に吸い込まれていきました。
ママはビリーの頭に手を置いて言いました。
「ママもビリーのことが大好きよ。」
目の前に空っぽの箱があり、誕生日のケーキは食べかけでした。ビリーは食べかけのケーキをほおばって、ママの椅子のとなりに空いた席があるのを不思議がりました。
「ママ?なんで椅子が一つ余分にあるの?」
ビリーはパパのことを忘れてしまったようです。それは、パパの言った最後の秘密ですからしかたありません。
ママは言いました。
「そうね、なんでかしら?ここに椅子をおきたかったのね。だって、2人より3人のほうがにぎやかでいいでしょ?」
ママの瞳はキラキラしています。
ビリーはママのキラキラの瞳が、ついさっき見た『何か』のキラキラと似ているような気がしましたが、『何か』がパパの粒子のキラキラのことだとはわかりませんでした。
でも、学校でロブのことを『ロバ』って言うのはいけないことだ、ってわかっていました。
(ママのことを大切にすることが当たり前)(一生懸命に生きて、自分も周りの人のことも大切にすることが大切!)
ってなんとなく心に響いてきました。
空っぽの箱のすみに、小さな、小さな、『天の川』の小さな、小さな、かけらが一つだけ、キラッと光って、空間にとけ、何もなくなりました。
スリー・アース 友坂華月 @tomosakasan
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