エピローグ

 大量の地蔵達による救済によって、村は魔王の魔の手から救われた。

 めでたしめでたし……で終われば良いのだが、事はそれで済む話ではない。


 一番大きな問題は、村の周囲を埋め尽くす無数の地蔵達だ。

 村人達の救済を願う強い心が呼び寄せた地蔵達だが、生憎と地蔵は救済を求める者のもとへと駆け付ける力は持っていても、戻る能力が無い。

 そのため、この世界に残ったままとなっていた。


 幸いにして食料などは必要としない地蔵であったからその点については問題は無かったが、いつまでもこのままにしているわけにはいかない。

 流石に村の外に地蔵林が出来上がっている状況は色々と拙い。精神的にも。

 また、領主との対立による危機的な状況が一段落着いたことから、中には元に居た村へと帰りたいと考える者も出てきた。

 勿論、村は飢饉によって荒れ果て枯れた状態なのだが、ジゾゥ教徒達には強い味方が居る。勿論、地蔵だ。


 それぞれの村に戻る者達に付いて地蔵達も何体か一緒に村へと趣き、そのまま村の守護者として配備される。

 村の畑に加護を与えて復興を進める代わりに、村人達は地蔵達のために社を建てた。

 途中の道にも点在するように道中を守る地蔵が立っており、各村の行き来を安全に行えるようにしている。


 結果、領地における全ての村に地蔵が立つこととなった。


 これに対して、堪らぬのは領主達である。

 何しろ相手は魔王と魔王軍すら追い払った脅威の地蔵軍団。

 魔王軍の前にあっと言う間に潰走した領主軍では到底対抗出来そうにない相手だ。


 それが守る村へ押し掛けて税を徴収する?

 出来る筈が無い。

 そんなことをしてもしもあの地蔵達が大挙して襲撃してきたら……そう考えると、領主はとても村へと手は出せなかった。

 実際のところ、地蔵としては飢饉で飢え死にし掛かっている村人達から更に追加の税を徴収しようとする暴虐を止めただけであって、民が年貢を納めるのは当然のことと考えていたのだが、独り歩きした噂によりそんな結果に繋がってしまった。


 勿論、税が徴収出来なければ領地経営は成り立たず、領主はあっと言う間にその地位を追われることとなる。




 そして、その原因を担ったジゾゥ教は逆に繁栄の一途を辿っていた。

 と言うより、まだまだ多数残っている地蔵を何とかせねばならないため、凄まじい勢いで各村や街に地蔵を広めていったのだ。

 それは元の領主の領地に留まらず、国全体へと広がっていった。

 在庫処分? いやいや、純然たる布教行為だ。


 勿論、既得権益を持つ貴族達はそれに反発する者も多かったのだが、民衆の殆どがジゾゥ教に帰依してしまえばその勢いを止めることは最早不可能だった。

 目端の利く者は早々にそれを悟り、ジゾゥ教に迎合する動きを見せた。

 その中には、この国の国王も含まれていた。


「余はジゾゥ教に帰依することにする」

「な!? へ、陛下。それは……」

「そして、この国の号も変えてジゾゥ教を国教とする。

 新たな国名は──聖ジゾゥ法国だ」


 国王はジゾゥ教に対抗するのではなく積極的に取り込み、それを主軸にした宗教国家の樹立を目指した。

 それは一か八かの賭けだったが、その英断によって彼は後に初代法王として身を立てることに成功する。

 勿論、彼の胸元には赤い前掛けが装着されている。

 いや、ジゾゥ教徒の証であるこの赤い前掛けは、聖ジゾゥ法国の国民全てが着用を義務付けられているのだ。

 その事実にとある地蔵が頭を抱えたが、最早後の祭りだった。

 なお、実際に頭を抱えるのは無理なのでイメージである。


 法王は首都に大きな聖堂を建てて総本山とし、各街や村にも地蔵の社を建てること義務付けた。

 但し、聖堂の中には別途小さな社が屋内に設けられており、箱としての役割しかない。

 あまり仰々しくすることを望まない地蔵と、権威を国政に絡めたい法王の思惑を混ぜたらこうなった。


 街や村には既に殆どの場所で地蔵の社が建てられていたため、改めて何かをすることもなかった。







 地蔵が最初に訪れたジゾゥ村は首都の神殿に次ぐ第二の聖地とされ、多くの信者達が巡礼する場所となった。

 毎年多くの信者達が訪れることもあり、村は聖ジゾゥ法国で二番目に重要な場所となっている。

 地蔵は今もこの村──最早「村」と言う規模ではなくなっているが──に居り、村人達が建ててくれた社で人々を見守っていた。

 地蔵の近くにはソフィーヤが居り、訪れる信者達の応対と地蔵の補佐を行っている。

 そんな彼女の行動に、いつしか信者達はソフィーヤのことを巫女として崇めるようになっていった。


「わ、私が巫女?

 よ、良いのでしょうか?」

『……まぁ、良いのではないか?(菩薩に巫女が居てどうするという気もするが……言うのも無粋だろう)』

「は、はい!

 私に出来ることでしたら、頑張って務めます!」


 無論、彼女の胸元にも赤い前掛けが着けられているのは言うまでも無い。



 地蔵の加護で護られた聖ジゾゥ法国は作物の収穫も順調過ぎる程に順調で、見る見るうちに豊かになっていった。

 何せ撒いた種があっと言う間に育つのだから、反則的である。

 外敵による被害を受けることも無く、国民は平和に暮らすことが出来た。

 その主な理由として、隣接する魔王領を支配する魔王が、生涯聖ジゾゥ法国にだけは絶対に手を出さなかったことが挙げられる。


「ジゾゥ恐いジゾゥ恐いジゾゥ恐いジゾゥ恐い」


 噂では、その国の名を聞くだけで過去のトラウマが蘇ってベッドに頭から潜り込んでしまうらしい。

 地蔵に吹き飛ばされてから暫くの間、臀部の痛みで椅子に座ることも出来ない生活を送ったせいだとまことしやかに噂されている。

 取り敢えず、青痣が中々取れなかったことは事実である。














『ふむ、この国も落ち着いてきたことだし、次は亜米利加あめりかにでも出向いてみるか』

「あめりか? ジゾゥ様、それは何処にあるのですか?」

欧羅巴よーろっぱからだと海を渡る必要があるな』

「う、海の向こうですか!?」


 なお、地蔵達は未だここが別の世界であることに気付いていない。

 そして気付かないまま海を渡って喜劇と救済を巻き起こすのだが、それはまた別のお話である。














 一方、その頃の地蔵が全て居なくなってしまった日本では、未曾有の混乱が引き起こされていた。


「お、お地蔵様がみんな消えてしまわれたーーッ!?」

「お地蔵様の神隠しとはこれ如何にーー!」

「終わりじゃーー!

 この世の終わりじゃーー!!」


 なお、末法はとっくの昔に始まっている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

地蔵・ザ・セイヴァー 北瀬野ゆなき @yunaki_kitaseno

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ