第8話 地蔵・ザ・セイヴァーズ

 無数の魔物で埋め尽くされた戦場に、上空から雨が降り始める。

 最初はポツポツと降るだけだったそれはあっと言う間に雨量を増し、やがて豪雨となる。


 いや、よく見ればそれは雨ではない……石の塊?

 物体としてはその通りだが、本質はまるで違う。

 空から大量に降り注ぐそれは、一体一体が片手を縦に、もう片手を横に置いた人型の像──地蔵だ!


『来たぞ来たぞ、今来たぞ!

 救いを求める声に応え、地蔵が来たぞ!』


 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵 地蔵


 百、千……いや、最早数えることも能わないが軽く万を超えるであろう大量の地蔵の群れが、上空から降り注いでいるのだ。

 無数の地蔵達は、羽の生えた獅子の脳天を直撃して昏倒させ、巨大な蜥蜴の全身を打ち据え、巨人を吹き飛ばす。

 上空から凄まじい勢いで降り注ぐそれに、如何なる者も太刀打ちできない。

 その様はさながら未曾有の天災の如しだった。


「うわーーーー!?

 な、なんだ!? 一体何が起こっている!?」

「わ、分かりません!

 突然、空から何かが降ってきて……ごはぁっ!?」

「だ、大丈夫か!? しっかりしろ!」


 前触れもなく突然起こった異変に女魔王は混乱し、慌てふためいている。

 側近達も状況が掴めずに右往左往し、そして後方にも流れ弾のように時折降り注ぐ地蔵の直撃を受けて沈黙した。


『知れたこと……村人達の救いを求める真摯な祈りに、地蔵が応えるのは自明の理』

「貴様、いつの間に……ッ!?」


 巨人の手に掴まれていた筈の地蔵がいつの間にか抜け出し、女魔王の前へと現れた。

 女魔王が慌てて周囲を見ると、彼女の軍勢は大量の地蔵に蹂躙され、既に総崩れを起こし始めている。


「こんな……こんな莫迦なッ!

 ジゾゥだと!? ジゾゥとは一体!?」


 小さく寂れた村など、呼吸するように容易く蹂躙できると思っていた。

 いや、実際に魔王軍はそれが十分に可能な程の戦力であった筈だ。

 それが蓋を開けてみればこの惨状。逆に彼女の軍勢が蹂躙されている有様だ。

 女魔王は全身から冷や汗を流し、無意識の内にジリジリと後ずさる。


『地蔵とは……』


 女魔王の問う言葉に徐に言葉を発しながら、ギュンギュンと音を立てながら回転を始める地蔵。

 喧騒の中にも関わらず、静かな地蔵の声は不思議と辺りへと響いた。回ってるせいかも知れない。


『地蔵とは……』

「ひぃ!?」


 ジリジリと近付いてくる地蔵の放つ不気味な威圧感に、女魔王は恐怖に負けて後ろを振り返り一目散に逃げ始める。

 しかし、地蔵はそれを見逃さずに回転を続けながら一気に加速し、物凄い速さで女魔王目掛けて飛んだ。


『地蔵とは……救いを齎す者だ!』

「いやあああーーーッ!?」


 全力で走っているのに背後から迫りくる地蔵の姿に気付いた女魔王が、走りながら恥も外聞も忘れて悲鳴を上げる。

 救いを齎す筈の地蔵だが、少なくとも彼女にとっては救いではなく絶望を齎していた。


『奥義、地蔵救世金剛掌ーーーーー!!!!!』

「ぎゃん!?」


 その直後、背を向けて逃げていた女魔王の臀部を地蔵の頭が痛打した。

 掌と言ってはいるものの、頭突きである。

 そもそも、百八まで存在する地蔵技は全て頭突きか体当たりしかない。


 地蔵技の奥義である凄まじい勢いの頭突きを受け、女魔王は臀部を押さえながら遠くに吹き飛んでいく。


「「「「「「……………………」」」」」」


 その瞬間、戦場に一瞬の静寂が訪れた。

 魔物達は自分達の主である魔王が為す術なく敗北し、吹き飛ばされていく信じられない光景を呆然と眺めていた。

 やがて吹き飛ばされた彼女が遠くに行って視界から消えることで、その者達の視線は自然とその光景を為した地蔵へと集中する。


 地蔵は「ゴゴゴゴッ!?」と擬音が聞こえてきそうな程の威圧感を伴いながら、魔物達の方へとゆっくり振り向いた。


『さて、次なる救済は何処だ?』

「「「「「「──────ッ!」」」」」」


 探しているのは救済ではなく獲物の間違いじゃないかとツッコミたくなる程に、地蔵からは次の獲物を物色する不穏な気配が醸し出されている。

 魔王の惨状を見ていた魔物達は、自分が次の標的になるのではないかと戦慄した。


 そして、逃げ道を探して周囲を見た彼らを更に大きな衝撃が襲う。


 後方である程度俯瞰的に見ていた魔王は兎も角、前線に立っていた魔物達は今の今まで空から彼らを急襲したものが何であるか理解出来ていなかった。

 突然何かが上空から降ってきて、それから逃げるのに必死だったのだから、それも無理はないだろう。


 周囲を見回した魔物達の視界に入ってきたもの、それは無数に乱立する地蔵の姿だった。

 愕然とした魔物達は先程彼らの主を吹き飛ばした者の方にもう一度視線を向ける……そっちも地蔵だった。


 衝撃で止まっていた魔物達の思考が漸く現実に追い付き始める。

 それは、一体で魔王を倒す程の石像が何千何万と立って自分達を取り囲んでいるという絶望しかない現実だ。


『『『『『『救済は何処だ?』』』』』』

「「「「「「──────ッ!?」」」」」」


 無数の地蔵達が一斉にクルリと向き直り、魔物達に向かってそう告げた。

 魔物達の恐怖は限界を超え、声にならない悲鳴と共に逃げ始める。

 魔王が早々に戦線離脱してしまった以上、蜘蛛の子を散らすように逃げて行く彼らを引き留めるものは居ない。

 地蔵達も敢えて逃げてゆく彼らを追うことはせず、黙って見送った。


 やがて魔物達は皆逃げ去り、その場にはただ地蔵達だけが残された。

 魔王軍は敗走し、地蔵達が勝利したのだ。


『ふむ、これにて一件落着かな』

「ジゾゥ様ーーーー!」

「ご無事ですかーーーー!?」


 カカと笑う地蔵の耳に、遠くからソフィーヤの叫ぶ声が聞こえてきた。

 村の方でも魔王軍が逃げていくところが見えたらしく、心配そうに見ていた彼らは一斉に柵から飛び出してくる。


『『『『『『何だ?』』』』』』


 ──が、無数の地蔵に返事をされて硬直した。

 その場に立つ全ての地蔵がクルリと振り向き話し掛けてきたのだ。これは怖い。


「ジ、ジゾゥ様が一杯!?」

「こ、これはどうしたことか!?」


 村から見ていた彼らは遠目だったため、上空から何かが降ってきていることは分かっても、それが地蔵であることまでは分からなかったのだろう。

 崇敬する地蔵が大地を埋め尽くす程無数に立っていることに、ソフィーヤを始めとする村人達は混乱した。


『案ずることは無い、これらもまた地蔵よ。

 そなたらの救いを求める声に応じて馳せ参じたのだ』

「あ、ジゾゥ様……」


 無数の地蔵達の姿にどうしていいか分からずアワアワとしていたソフィーヤ達だが、ふよふよと浮かびながら地蔵が話し掛けると彼らは漸くホッと安堵した。

 似たような姿の地蔵が沢山居るが、彼らの知る「ジゾゥ様」だと見分けられたようだ。


「ジゾゥ様、ご無事で良かったです」

『ふむ、心配を掛けて済まなかったな。

 救済を行う地蔵が心配されては地蔵失格やも知れんな』

「そんなことないです!

 ジゾゥ様は私達を救ってくれました!」

「その通りです! ジゾゥ様が居られなければ我々は今頃……」

「本当にありがとうございました!」


 地蔵が自嘲気味に呟いた言葉に、村人達は必死にそれを否定し、感謝の言葉を告げる。


『そうか……』


 ソフィーヤを始めとする村人達の感謝の言葉に、地蔵は万感の思いでただ一言を呟いた。

 忘れ去られ朽ちゆく運命だった一体の地蔵は、異世界にてその本懐を遂げたのだ。

 救済を齎すことが地蔵の本分であるが、地蔵もまた救われたと言って良いだろう。

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