第7話 救いを求める声

「ひぃ!? ま、魔王軍!?」

「あ、あんなに大量の魔物が……」

「い、一体どうすれば良いのだ」


 ジゾゥ村に集まったジゾゥ教徒達は、目の前に迫る魔王軍に色を失っていた。


 彼らは元々、領主に対しての反抗のために集まった者達だったが、領主たちもまた救済の対象であるとした地蔵の教えに従い、対話を以って解決を図る方向に方針転換を行っている。

 しかし、その試みは領主軍の派遣という事態により潰えた。


 ジゾゥ教徒にとって暴力による解決は望まぬところだが、だからと言って無抵抗で滅ぼされることを良しとするわけではない。

 気が進まぬながらも、領主軍の派遣の報せを受けて村の周りの柵を構築し直すなどの抗戦の準備は進めていた。


 しかし、幾ら準備を進めていたとはいえ、それはあくまで「領主軍に対しての防衛策」でしかない。

 人の腰くらいまでの高さで村の周囲を巡らせた柵は、騎獣兵のリュードを喰い止めるのに役に立つだろう。

 だが、人の身の丈を遥かに超える巨人や巨大な蜥蜴の前に、そんな柵など障害にすらならない。踏み潰されて終わりだ。


「も、もうダメだ……」

「こ、降伏するべきではないか?」

「相手は魔王軍じゃぞ!?

 降伏したところで殺されるのがオチじゃ」

「じゃ、じゃあどうしろと言うんだ」

「わ、わしが知るものか!

 領主の軍ですらあっと言う間に負けたのじゃぞ」


 元より、準備を整えていたとはいえ領主軍に対しても対抗出来るかは怪しい状態だったのだ。

 それが、領主軍を遥かに凌ぐ脅威である魔王軍と対峙することになり、ジゾゥ教徒の命運は風前の灯だった。

 領主軍があっと言う間に魔王軍に敗退して散り散りになってゆくところは彼らからも見えていた。

 その光景に、村人達は最早戦意など欠片も無く、絶望が広まってゆく。


 しかしその時、ある者が前へと進み出る。


『………………』


 それは空中に浮かぶ地蔵だった。

 村の中央に設けられた社から飛び出し、村の入口から設けられた柵を超えて外へ出てきたのだ。

 地蔵は無言だったが、魔物の大軍へと向かって進むその意図は明白だ。


「ジゾゥ様!?

 そ、そんな……いくらジゾゥ様が強くても、無茶です!」

「あんな多くの魔物に対抗出来るわけがありません!」

「そうです!

 どうか、ジゾゥ様だけでも逃げてください!」


 ソフィーヤを初めとする村人達もそんな地蔵の意図に気付いたのか、口々に止めようとする。

 しかし、そんな村人達の悲痛な声も、地蔵の決意を覆すには至らない。


『それは出来ん。

 地蔵が救済から逃げるわけにはいかんのだ』


 村人達に背を向けたままそう言い放つと、地蔵は一気に魔王軍に向かって突撃を仕掛けていった。


「ジゾゥ様ーーーーーー!」


 ソフィーヤの悲痛な叫びが、戦場へと響き渡る。

 しかし、その声も喧騒の中で掻き消されていった。





『まずは小手調べだ、地蔵乱舞!』


 掛け声と共に加速した地蔵は、派手に飛び回って魔物達を跳ね飛ばす。

 しかし、それはほんの軽い挨拶代わりに過ぎない。


『まだまだ、地蔵回転乱舞!』


 そこから更に畳み掛けるように、今度は回転を加えて魔物達を蹂躙する。

 村に徴税官達がやってきた時にも披露した、「地蔵乱舞」の上位技……「地蔵回転乱舞」だ。


「なんだ、あの間抜けな形のゴーレムは?」

「さぁ……?」


 地蔵の姿に気付いたのか、女魔王が不思議そうな声を上げた。

 傍目には小柄な石の像にしか見えない地蔵だ。

 何故この場にそんなものが居るのかも、そして配下の多くの魔物達がそんなものに撥ね飛ばされて数を減らしていることも、魔王の理解を超えていた。

 しかし、魔王軍に攻撃を仕掛けている以上、少なくともそれが敵であることは明らかだった。


『ぬおおおおおーーーー! 地蔵斜め捻り回転乱舞!』


 魔王が見ていることなど気付かず、「地蔵回転乱舞」の更に上位技、斜め方向に回転しながら飛び回る「地蔵斜め捻り回転乱舞」まで繰り出す地蔵。

 最早手加減は一切抜きの全力投球、大盤振る舞いだ。

 魔王軍の精強な魔物達が、見る見るうちに地蔵によって撥ね飛ばされてゆく。

 その事態に、女魔王は苛立ちの表情を浮かべ、身を打ち震わせながら周囲の側近たちへと一喝した。


「ええい、何をやっている!

 所詮はゴーレム一体、さっさと叩き潰してしまえ!」

「し、しかしあの者、予想以上に強いのです。

 また、小さく動きが速いため中々捉えることが……」

「この愚か者共が!

 ならば私の指示通りに動け。

 囲んで捕えるのだ」


 魔王の指示を受けて魔物達の動きが変わる。

 これまではバラバラに目の前の地蔵へと攻撃を仕掛けるだけだった動きが絶対的支配者の指揮によって統一され、地蔵を囲むように追い詰め始めたのだ。


『ぬ、これは……』


 地蔵が如何に強力であっても所詮は単騎。あまりに多勢に無勢だった。

 一方的に飛び回って攻撃している時は良いのだが、一度勢いを止められてしまうと途端に苦しい状況に追い込まれてしまう。

 魔王の指揮によって統率された魔物達により、地蔵はたちまち追い詰められてしまった。



 横合いから突如襲い掛かってきた羽の生えた獅子が振るった爪が地蔵を狙う。目の前の他の敵に注意を傾けていた地蔵はそれを回避することが出来ず、まともに胴体に直撃を喰らってしまった。


『ぐ……っ!?』


 薙ぎ払われた爪で空中へと跳ね上げられた地蔵に対して、追い打ちのように飛び上がった巨大な蜥蜴の尻尾が叩き付けられた。

 如何に飛べるとはいっても激しい勢いで打ち上げられた地蔵は慣性を抑え切れず、無防備なままその攻撃を受けてしまった。


『ぐあぁ……っ!?』


 巨大な蜥蜴の尻尾で上から下へと激しく打ち据えられ、地面へと叩き落とされる地蔵。そのあまりの衝撃に、地蔵が叩き付けられた大地を中心に、地面が陥没した。


「ジゾゥ様ーーーーーー!」


 遠目ながら魔物の攻撃を受けて地面に叩き付けられた地蔵の姿を見て、村の柵の中でソフィーヤが悲痛な叫びを上げた。


『こ、この程度……ぬあ!?』


 地面に叩き付けられた身をなんとか起こそうとする地蔵だが、そんな彼を巨人の手が捉えた。

 巨人は地蔵の胴体を掴み、強く握りしめてくる。

 何とか巨人の手から逃れようとする地蔵だが、相手の力は圧倒的でびくともしない。


「このままじゃ、ジゾゥ様が!」

「し、しかし俺達ではあんな化け物達相手にどうにも出来ないぞ!」

「一体どうすればいいんだ!?」


 慌てる村人達だが、彼らの力では束になって掛かったところで、地蔵が戦っている魔物の一体も倒せないだろう。

 彼ら自身もそれは分かっているが、地蔵の窮地にジッとしているわけにはいかなかった。


「お願いです、誰か……誰か、ジゾゥ様を助けてください!」


 ソフィーヤはその場に跪くと、手を合わせて必死に祈りを捧げた。

 ソフィーヤの行動を見た村人達も、彼女にならって跪いて口々に祈りを捧げ始める。

 

「誰かジゾゥ様を助けてください!」

「ジゾゥ様を助けてください!」

「ジゾゥ様を助けて!」

 

 村人達の祈りは集約し、一つにまとまってゆく。

 集まってきた言葉は端的であったが、それだけに強い思いが籠められている。

 

「ジゾゥ様を助けて!」

「ジゾゥ様を助けて!」

「助けて、ジゾゥ様を!」


 何度も何度も連呼する中で、村人達の息は合っていった


「助けて、ジゾゥ様を!」

「助けて、ジゾゥ様を!」

「助けて、をジゾゥ様! あ、間違えた」

「助けて、ヲジゾゥ様!」

「助けて、ヲジゾゥ様!」

「助けて、オジゾゥ様!」

 

 最後に、皆の心が一つになった。

 救いを齎してくれる誰かに届いてくれと、天に腕を突き上げながら一斉に叫ぶ。


「「「「助けて、オジゾゥ様ーーーーッ!!」」」」






 そして村人達の真摯な祈りが──


『『『『『『『『『『『『『『『よかろう!!!』』』』』』』』』』』』』』』


 ──奇跡を起こす。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る