第二章 Ⅳ
クロムウェルは疲弊を訴える身体に鞭を打ち、小銃を槍のように持ち直した。銃口から伸びる刃によって目の前に迫る
「けっ。良い具合に煮えているじゃねえか。アディリシアじゃねえが、パトリシー・メイスンの歌にこんな一節がある。『殺せ、殺せ、殺せ。邪魔する奴は全員殺せ。暴力こそが平等だ。言語も人種も立場も関係ない。世界で唯一無二の手段だ』ってな」
隣のレビィが歯を剥き出しにして笑う。金髪の同級生は右手に小銃を、左手に
逃げ遅れた子供が居るだろう店は、六階建ての建物に数件の店が構える貸店舗方式だった。一階の共和国料理専門店、二階の王国郷土料理店、三階の洒落た高級酒場、探索するも発見出来ず。そして、四階の帝国式賭場まで足を運んだ二人の前に
百人は賄えるだろう大部屋の四方は紗幕で遮られ、全体的に薄暗い。人の気配は皆無で、十を超える
(軍人として、喜ぶべきだろう。けれど、おかしい。
クロムウェルは心臓の奥に鉛のような重さを感じた。それは、不安であり、焦燥だった。
「困ったね。早く、見付けないと。けど、魔石も弾丸も残ってない……」
「弱音吐くなよ。
レビィの鼓舞に、クロムウェルは奥歯を強く噛んだ。そうしなければ、冷静さを保てなかったからだ。学園で学ぶ戦術通りならば、
だが、クロムウェルとレビィは同時に息を飲んだ。魔物の気色悪い鳴き声の向こう側で、確かに声がしたのだ。それは間違いなく、子供の泣き声だった。
「レビィ。今」
「聞こえたよ」
目の前の
「助けてぇえええええ!! お父さんもお母さんもどこにも、いなくてうわあああん!!」
「だー! この糞餓鬼! 黙ってねえとコイツに気付かれるだろうが! 隠れてればいいものを面倒臭えことしやがって! だから餓鬼は嫌いなんだ。バーローが!」
「レビィ、文句は後だ! 早くしないと
クロムウェルとレビィが同時に魔物の群れに突っ込む。しかし、多勢に無勢だ。一体、二体と倒すも、すぐに囲まれてしまう。銀髪を揺らし、銃士は力の限り叫ぶ。
「君だけでも早く逃げろ! 此処は僕達が引き受ける。だから、頼むから逃げてくれ!!」
なのに、女の子は逃げてくれない。無理もないだろう。きっと、恐怖で心がグチャグチャになっているはずだ。論理的思考など、とうの昔に失われている。独りで逃げるよりも、目で見える範囲に他の誰かが居た方が安心してしまうのだ。クロムウェルの顔が、今にも泣きそうな程に歪んでしまう。レビィも同じように叫ぶも、女の子には届かない。
無理に突破しようとして、腹部に衝撃が走る。
「クロムウェル! ちっくしょうがぁあああああああああああ!!」
憤怒に触発された闘志を燃やすレビィが孤軍奮闘しようとするも、一歩、二歩と後退。とうとう、壁際に追い込まれてしまう。いつもは男勝りな性格の少女が、恐怖で顔を歪ませた。彼女達は、けっして弱くなかった。むしろ、少ない装備と人数で
(ごめんよ、アディリシア。出来るものなら、君ともう一度、紅茶が飲みたかった……君は、世界が嫌いだった僕に鮮やかな色を教えてくれた、初めての友で。大切な仲間で――)
――薄闇を切り裂いたのは、緋色と濃い橙色の閃光だった。そして、鋭い風切り音が二つ、三つ。クロムウェルやレビィを襲おうとしていた
一瞬、何が起こったのか理解出来ず、唖然とするクロムウェル。まさか、と。廊下へと続く出入口へ首を曲げる。開いた扉の前に〝彼女〟が立っていた。目頭に愛おしい熱が込み上げる。
「
輪転式拳銃片手に、アディリシア・W・D・レミントンが悠然と君臨する。この場の主役は私だと、信じて疑わない勝気な眼光を湛えていた。腰の半ばまで届く艶やかな髪は、月明りを煮詰めて細く梳いた金色。頭の左右で三つずつに別れた
「ああ、君は硝煙と戦場が似合う女だね、アディリシア。……ありがとう、友よ」
アディリシア。友の危機に間に合う。それは、戦火がさらに過熱する合図でもあった。
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