おまけ 私の出産日
出産をうたったエッセイなので、オマケとして最後に私の出産した日の1日の様子をご紹介しようと思う。冒頭で出産エピソードを割愛したのには訳があって、私はかなりの安産、他の方と比べるとeasyモードでの出産であったので、これから初めて出産する人やお産を知らない男性陣に、「出産ってこんなもんか、意外と楽勝かも」などと思われてしまうと、通常のnormalやhardモードでお産をされた経産婦の方に申し訳ないと思ったからである(hardモードの一例は、丸2日飲まず食わず不眠不休で痛みにのたうちまわり、苦しみぬいた挙句に、陣痛が弱まって帝王切開になるパターンである)。出産は経腟分娩にしろ帝王切開分娩にしろ、本当に命懸けの行為であるので、私の例はあくまで、短時間最小限の苦しみの、お得な基本パックだということをくれぐれも念頭に置いて読んでいただけたら幸いである。
一月某日。出産予定日前日。
AM8:00 起床。特に変わりなし。
AM9:00~ 下腹部に気持ち悪さ感じる。痛いというよりは、冷えてお腹を下す直前の感覚に似ている。四つん這いポーズで少し楽になる。
AM10:00頃 陣痛の可能性を考えて痛みの間隔を測る。結果8~15分間隔で不規則。
AM11:00 この日は検診日であったので、車で病院へ向かう(所要時間30分)。入院用カバンを持っていこうか迷うも、まぁ大丈夫だろうと出発。ところが痛みは引くことなく、車内で痛くなったり治ったりを繰り返す。
AM11:30 病院に到着。検診までの待ち時間の間にNST(子宮収縮と胎児心拍測定)を受ける。痛みの波が来るとかなりキツくなってきていた。30分の測定の間に4,5回痛みのピークが来て、それに合わせて子宮収縮グラフも動いていたので、痛みの原因は子宮であることがはっきりする。記念にこっそりグラフの写真をスマホで撮影(産婦人科病棟では携帯電話使用制限がなかった)。陣痛かもと思うが、測定結果を見た助産師さんのコメントは「規則的に収縮してますね」のみ。この時かなり痛みがあることを伝えるべきだったようだ。まあすぐ今日は医師による診察があるしと思い、待合室で待機。
AM12:00 待合室でテレビ鑑賞。グルメ番組を見て、美味しそうだなぁ、お腹すいたなぁとぼんやりする。こういう日に限って診察は混んでおり、なかなか呼ばれない。痛みが強くなってきたので時間を測ってみると2~3分間隔。
AM12:15 待合室で座っているのがつらくなってきた。診察を待たずに受付の人に言うべきか迷っていたら、通りがかった助産師さんが苦しむ姿を見て話を聞きに来てくれた。
AM12:30 ようやく医師の診察。子宮口がすでに4センチ開いていたので即入院に。付添できていた母に医師から「生まれるのはまぁ夜になるでしょうから、ゆっくり家から入院カバン取ってきてあげてください」と指示あり。自力で1階からエレベーターに乗って4階ナースセンターまで移動し、入院手続きを行う。痛いが、まだ余裕はある。腰(骨盤付近)が徐々に痛くなってきた。これは下痢時の痛みとは明らかに別だと感じる。
PM1:00 病室に入る。親に売店でサンドイッチとおにぎりを買ってきてもらい、その後いったん家へ荷物を取りに行ってもらう。指示された通りに、支給された入院着に着替えてナースコールを押す。看護士がやってきて抗生剤の点滴を受ける。看護士の名札を見て、「あ!主任だこの人!」と思う。里帰り出産だったため、あまりに早く生まれると旦那が仕事を抜けて駆け付けても間に合わないため、希望をこめて主任に「まだまだ生まれないものですよね」と尋ねる。非情にも「こればっかりは人それぞれなので何とも言えない」との解答に落胆する。
PM1:10 陣痛の合間に旦那に電話するも繋がらず。あんなにお腹がすいていたのに痛みで食が進まず、せめておにぎりだけでもと口に入れるが半分でギブアップ。痛みの間隔が短すぎて何もできず。携帯電話をいじることもキツくなってきた。痛みの大きさもだんだんUP。
PM1:30 旦那に連絡がつく。「陣痛来た、いつ生まれるかはわからないけど、もう4センチ開いてる」と必死に伝える。旦那は固い声で「わかった!」と返事。
PM2:00~ 痛みどんどんひどくなり、ついに座っていられなくなる。横になって布団にくるまり、ひたすら耐える。腰あたりから来る痛み、ピークが来ると震えがくるくらい痛い。だんだんつらくなってきて声が漏れ始める。一人きりの病室で「うーうー」唸る。お茶を飲みたいが身動きが取れない。この痛みで夜まで耐えるのは厳しすぎると感じ始め、絶望感がひたひたと歩み寄ってくる。
抗生剤の点適時、「我慢できなくなったり、痛みがひどくなったら遠慮なくナースコールしてね」という言葉をかけられたことを思い出すも、どの程度で押してもよいのか分からず、ひたすらひーひー呻き続ける。力を入れない方がいいのかなと、息を吐いて我慢していたが限界を迎え、痛みがまた襲ってきた時に、おしりあたりに力を入れてうーっと気張るようにしたところ、ダラーッと股から大量出血が起きる。 「あ…これで堂々とナースコールできる」と少しホッとする。すぐ来てくれるとのことだったが、パンツは血まみれだし、脱いどいたほうがいいのか、病院から支給された産褥ショーツを履いといたほうがいいのか、ショーツの入った袋を開けたものの股が血まみれすぎてどうしていいかわからず、そうこうしているうちにまた痛みのピークがやってきて、パンツずらしたまま固まる。
すぐに助産師さん二人到着。とりあえず子宮口を見てみましょうと言われ、痛みが一瞬落ち着いたすきに大急ぎで血まみれパンツを脱いで、仰向けになり足を開く。ぼんやり「あ、ノーパンでよかったんだ、あと助産師さん二人ともめっちゃ優しい」などと考えていたところ、「子宮口全開ですね」と言われて驚いて我に返る。先ほどより2人の表情が真剣なものに変わっていて、「え、そんなに余裕ないの?」と動揺する。一気にバタバタし始め、「担当医は?!」「K先生です!」のやり取りに、わぁドラマみたいだぞと少しわくわくする。
車いす登場。動けますかと聞かれるも、痛くて声も出せずただ首を左右に振る。「痛みの波が引いたら次のピークまでに動いてみましょう、大丈夫ですよ」と言われてしばしベッドの上で耐える。ふっと痛みが消えた瞬間大急ぎでベッドから降りたところ、うっかり車いすが設置してあるのと逆側に降りてしまい「そっちに降りちゃったか」と残念そうな声を出される。助産師さんを困らせるものかという使命感から妙にへらへらして「あ、行けます行けます」と歩いて移動、車いすに乗る。
事態が動き出したことに少し心の余裕が出てきて、「波があるとは聞いていたけど、痛くない時は本当に痛くないなー陣痛ってすごいなー」とのんきに感動する。
点滴のガラガラ台の上に足を乗せ、点滴棒を握るように指示を受ける。点滴台、私、車いすが一体化した状態で大急ぎで分娩室へ運ばれる。分娩室入口で立ち会いについて聞かれるも、予想以上の痛みに一刻も早く出してしまいたかったので、「旦那に来てほしかったんですが間に合わないので、もういいです」と笑顔で答える。
PM2:20 分娩台に上がる。足を開きベルトでふくらはぎを固定される。スタッフが全員真面目な顔でバタついているので、「分娩台に上がってもまだまだかかるから頑張ろうねー」とゆるく励まされるのだと思っていたイメージと異なっていて、戸惑う。とりあえずスタッフの会話に聞き耳を立てる。
●再度の担当医確認。
●3時だったらどうのこうのと言う会話、医師の予定についての話題だった様子。
●「M先生も呼びますか?」「うん、じゃあ呼んで!」というやり取りに、どうやら担当医の下についていた若い医師も私の分娩に参加することが分かる。
助産師さんが二手に分かれる。メガネパーマさんが股側、色白お団子頭さんが頭側。メガネパーマさんは青い割烹着を着てなにやらごそごそやっていたが、おそらく手で産道をうまく開くようアシストしていた様子。ごそごそしながら「ちょっといきんでみよっかー」と声をかけられる。
あまりのスピード展開に「え?!もう生むの!?」と動揺する。ちょっといきむというのは、練習なのか、本気で産む気なのか真意がつかめず、迷いながらもとりあえずいきむ。3回ほど試みたところで、バシャッと破水。これは助産師さんが人工破水させた可能性もあり。
震えが来る痛みのため、足を開き続けることが最もしんどくて、つい内股になってしまう。そのうちふくらはぎの固定テープが外れてしまうが誰も張りなおしてくれず、「もーだれか足を抑えつけといて―!」と心の中で叫ぶ。痛みに耐えきれず、今まであーうー漏れ出る程度の呻きだったのが、「痛い痛い」と泣き言が出るようになる。呼吸の重要性は分かってはいるものの、痛みでついはぁはぁ浅くなってしまう。
「一回大きく息吸ってみよう」「足しっかり開いといたら早く終わるよ、ハイ上手上手ー」「おしりの方めがけて下に力入れてーあんまり声は出さずにお臍の方みてー」と次々冷静で的確な指示が飛んできて、「あーですよねーそういうコツの数々読んだことあるわ―」とぼんやり思い出す。
ようやく担当医Kとその弟子Mが登場。K医師は穏やかに横にたたずんで、「がんばってー」と笑顔で応援。
「や、役に立たない…噂には聞いていたが、本当にやることないんだ…」と心の中で失礼なことを思う。
陣痛の波に合わせて何度かいきむうちに酸素マスクをつけられる。酸素マスクというものに憧れがあった私はひそかにテンションが上がったのだが、全く呼吸が楽にならないことに衝撃を受ける。耳にひっかける紐はすぐ取れてしまうし、しっかり固定されるわけでもないので、むしろ邪魔であった。
弟子Mに会陰切開する旨を伝えられる。「あ、この人切る係なのか。仕方ない、若人の勉強のために切らせてやるか」と、なぜか上から目線な思考で身を任せる。(会陰切開についての詳細は第8章参照)
ひーひー頑張り続けていると、「股に何か挟まってる感じあるよね、がんばろうね」とメガネパーマさんに声をかけられる。しかし全く何も感じていなかったので、曖昧に「はい」と返事する。辛い時に頭側の色白お団子さんが肩に手を置いてさすってくれたのだが、本当に安心したし助かった。これが旦那だったらもっと心強いのかなとちらりと思う。
PM2:45 ついにしっかり股に挟まっている感覚を自覚。するとメガネパーマさんが「次かその次の陣痛で出そう!」と終戦宣言。痛みの波が来るときに呼吸をしっかり整えて、ん――――っと渾身の力でいきむ。一回目では出ず。気を取り直して2回目、ズバッと何かが出た。ワンテンポ遅れて産声が上がって、「あー生まれたのか―泣いてるわ―」とのんびり思う。あまりのスピード安産だったので、泣くほどの達成感はあまりなし。時計を見て「あ、まだ3時前か、早い…お昼食べられなかったな…」とご飯に思いを馳せる。
PM3:00~ 赤ん坊拝見、会陰縫合、胎盤閲覧をこなす。会陰縫合も弟子Mがやってくれたので、担当医Kは手技のはじめをよしよしとチェックすると「お疲れ様!早かったね!おめでとうございます!」とニコニコして早々に去って行った。どうやら安産の場合、担当医の仕事は「おめでとう」を言うことぐらいしかないようだ。良い笑顔だったので、その点立派に職務は果たされていた。親が到着し、もう生まれてしまったことに衝撃を受けていた。
PM4:00 一通り処置が終わり、到着した入院カバンから必要書類を取り出して提出。親が分娩室に通され、赤ん坊をベッドサイドに設置してもらい、初めて乳を吸わせる。お互い下手でうまく飲めなかったが、一応吸い付く。ふにゃーと泣く赤ん坊を見ながら、めったに入れない分娩室の様子を写真に収める。義実家に電話で出産報告。
病院の3時のおやつ(アイスとウエハース)を提供してもらい、ペロリと平らげる。一仕事終えた後のおやつは滅茶苦茶美味しかった。さらに親に持ってきてもらったバナナとゼリー飲料を摂取。
PM5:00 いったん赤ん坊退場。出産後2時間の経過観察を終え、排尿、産褥パッド装着を済ませ、自分の病室へ歩いて移動。引っ込んだお腹を目視確認。
PM5:30 夕食が提供される。微熱が出てきて徐々にしんどくなっていたため食が進まず残す。残りはお昼ご飯を食べ損ねていた親が平らげる。痛み止めと子宮収縮剤を服用。助産師さんが来て、経過チェック。
PM6:30 妹と旦那が到着。私はぐったりしていたので横になり、みんなは新生児室へ移動して赤ん坊と念願のご対面。
PM7:00 個室の病室だったので、みんなでケーキを食べてお祝い。しんどくて大好きなイチゴのケーキなのに食が進まなかったが、気合いで間食。
PM8:00 みんな帰宅。ようやく一人きりになり、へこんだお腹の記録写真を撮影。友人にメールで出産報告。
PM9:00 消灯時間が来るも、疲れているのに興奮と痛みのため眠れず。リップクリームのふたを落とし、転がって椅子の下に入るも、拾いに起き上がることが出来ず、諦める。
PM10:00 携帯をいじるのもしんどくなる。眠りたいのに眠れず、股と腹の痛みにじっと耐える。
以降痛みのため、現実と微睡の狭間を行ったり来たりしているうちにいつの間にか夜が明ける。途中夜中に何者かが病室に入ってくる気配を感じ、「幽霊!?不審者?!」と、身を固くして寝たふりをしたが、後からよく考えたらただの見回りの助産師さんだった。安産だったため、正直陣痛よりも、絶えず痛みの続く終わりの見えない後陣痛(子宮収縮痛)の方が辛かった。
ドキドキとわくわく、興奮を挟みつつ、痛みに始まり痛みに終わる。私の出産はそんな一日であった。淡々と時系列に沿ってお伝えしてみたが、安産だった私がこんな様子なので、通常の出産の方はもう1段階か2段階精根尽きた状態になると思われる。身近な人が出産を終えられたら、是非、赤ちゃんの誕生を大いに祝った後で、優しく労わってあげてほしい。
以上、妊娠・出産・育児の面白さ、興味深さが、少しでも分かって頂けたら嬉しいなと思いながらこのエッセイを終えることにする。人類の神秘、万歳!
乳様には勝てねェや きゅうた @kan90
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