キャリーケース

立ち止まり右腕を揉み解す。

ゴロゴロと滑りが悪いのか、道が悪いのか重さを増してキャリーケースは付いて来る。


これといった大したものが入っているわけでもないはずなのに、

これまでの人生が詰まっているかのように重く、それを引きずる腕に怠さを与える。

キャリーをひきずるのがさらに嫌になり、チリひとつなく天井からさす光を反射するだけの真っ白い床に「バーン」と投げつけ、まるで自分の持ち物でなかったように振り返ることもせず捨て去り、逃げ出したい。



今ある自分は、なりたかった自分なのか?


解放感を出すためか壁の代わりに入れたガラスの壁。

反対側へ向かう人間を背景にしたガラス癖に自分自身が幽霊のように映っている。


そんなことを思いながらも、立ち止まることも、キャリーケースを捨て去ることもできず、ただ出口に向かって歩き続ける。

重みに耐えられなった手を替え、苦痛をだまし、自分を騙し、歩き続ける。


ガタン。


ウォーカレーターの黄色のふちをまたいだキャリーケースが異論を唱える。

こんなはずじゃなかったと思えば正解なのかもしれないその感情に意を唱えるように。

「こんな風になるべく」など端から無かったではないかと嘲るように。

そう思い込もうとしている自分がおかしく、情けななく、失笑する。



足枷が付いているわけではない

鉛のように重いこの黒いキャリーケースは他の誰でもない、自分の意思で持ち歩いているもの。


どうして、手放すことができない?



本屋に立ち寄り、本を探す。

読みたい本があるわけではない、なんとなく感動を与えてくれそうな本を

本屋が与えてくれるのではと何となく期待しているだけ。


いつだってそうだったのかもしれない。


いつだって自分の欲しいこと、自分が欲しいことがあったわけではない。

何となく笑わせてくれるものを探すためにテレビのチャンネルを変え、内容も知らないくせに感動させてくれることを期待してだだっ広い映画館に行儀よく座る。


自分がやりたいことを考えるのを何時から止めてしまったの?

喜ばせてくれる事、教えてくれる事、自分の世界を変えてくれることを自分以外の人間や物に丸投げ状態で、期待している。

何かを買いあさっても「何か」は何一つ満たされず、 誰かに会っても「何か」は見つからない。

クローゼット開けるたびに出番はまだなのかとビニールの中から何かもどきが問いかける。



他人のキャリーケースは軽そうで、

夢やキラキラした物が詰まっているように思えてならない。


他人からすれば、キャリーを引く人間はこれから非日常の世界へ行くようでキラキラしてみえるのかもしれない。


膨大な距離(マイル)を移動しているのに、どこにも結局辿り着いていない。


立ち止まって天を仰いだ。

そこだけポッカリとガラス張りになった天井からは空が見える。

床にさす光の輪の中に、黒いキャリーケースだけが立っている。














  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それは何かと尋ねたら 我是空子 @--y--

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ