「また今度ね」。そして。。。
「その日は仕事が入っているから、また今度ね。」
こういう、また今度は十中八九、その気がない。
今したくないこと、この人とはしたくないことから逃れるための常套句の「また今度」。
このオトコの口から放たれるその言葉に何の意味もなく、
その言葉に期待を持つ相手の気持ちなど考えるという思考すらない。
「またね」が実現することに待ちくたびれ、時間がたち、心がくたびれる。
「今日は天気が悪いから、また今度ね」
この人が言う、また今度は、いつ晴れになるか分からない、次に会うときが晴れとは分からないけれど、毎日雨でない、いつかは晴れの日がやって来るという、根拠と確信のある「絶対」がそこにある。
女というものは厄介なもので、絶対じゃない物に惹かれることが時としてある。
男が触れると壊れそうなくらい儚いものに惹かれることがあるように・・・。
そして、男とは馬鹿なもので、壊れそうなものほど、頑丈であることを知らない。
自分がいなければダメだから。。。と思う女ほど、したたかで、実はプランBどころ、一周してプランB´くらい揃えているものだ。
旅行先のとある場所で、1人の男に遭遇した。
旅行先とは異国のワクワク感、或は哀愁を想像させてしまいそうだが、
ここで言う私の旅行先というのは、シーズン中頻繁にくる離島にあるスキューバダイビングサイトで、ダイブセンターを経営するおかみさんとは数年来のつきあいだ。
ある日、私が次のダイビングの時間までおかみさんと例のごとく話こんでいると、その男はやってきた。
ガリガリの眼鏡をかけた坊主頭の男だ。
彼の影で名付けたあだ名は「あばらくん」。飽食国家日本にこんな人間が居るのか?と思うほどガリガリだったからだ。
その男は明日のダイビングを申し込みが済んでも、帰ろうとしない。
何故か、彼女が金に困って風俗で働きだしたので、お金を貸したのだが、貸した途端、別れを告げられ、傷心旅行にきたのだという。
性格の悪い話だけれど、いたずら心と暇つぶしに、いろいろ話を聞いてみると、
その女は、高校までインターナショナルスクールに通う裕福な家庭で育ちで、両親ともにシンガポールに住んでいる。父親が「女は教育を受けなくてもよい。日本で大学へ進学したければ学費は自分で稼げ」と言ったらしいが、彼女は自分の意思を貫き、日本のある大学に進学した。
シンガポールに住んでいる時にお付き合いしていた男の子供を腹に宿していると気づいたのは日本にやって来てから。。。。
などなど、聞いていると、だれが聴いても嘘だろうと言うやすい話を、あばら君は鵜呑みにして数百万円の金を貸したのだ。
「ありがとう。またね!と言って連絡がつかなくなりました。でも、いろいろ金の工面に奔走してるんだろうと思う。自分だけが助けてやれるんです。」
そう言う彼の顔は、貧相な体つきとは裏腹に満足げだが、その体の原因は300万を工面したせいか?などと考えているうちに、一つの文章が声として出てしまった。
「初めてお会いして、1時間も経たないのに、誠に申し上げにくいのですが、あなたアホですか?」
ダイブセンターのおかみさんは笑いを堪えきれず私の言葉に噴き出した。
「騙されてるの気づいてくださいね。こんな世の中に、金持ちの親が学費を出さないとか、タイミング良く妊娠してるとか、お金がないから風俗で働くとか、無いですよ。日本にお帰りになったら弁護士さんなり、興信所なり行かれて、お金を返してもらう手続きしてください。」
それでも、あばら君は自分が騙されていないと言い張った。
その言い分は、そんな悲しい身の上話を自分にしてくれたから、というものだった。
儚く語りかえる花ほど、雑草のようにどこにでも根付き、生命力強く一年中咲いている。男はそういう花にほど惹かれる。
男だから、女だからではなくて、掴めそうで掴めない、雲のようなものを期待して、眺め続けるきらいが人間にはあるのだろう。
眺めている自分に酔いしれているだけなのかもしれない。
それに気づいたとき、身体的にも時空的にも、そして精神的にも痛みを伴うような喪失感を味わう。
次がないかもしれないと思うから、その瞬間に刹那を感じ、大切だ、愛おしいという「錯覚」なのかもしれない。
でもその錯覚のような「またね」の裏にあるこころを常にもてたら、
絶対にその「またね」が繋がらない未来が空が崩れ落ちるような速さで起こったとしても、
後悔をそこまで感じることがないのかもしれない。
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冷たい箱の中に収められたその人は、穏やかに目を閉じている。
たくさん刻まれた皺だらけのその顔は、
「やっと終わった。解放された。」というような安堵に満ちている。
自ら命を絶つ人間は、我儘だ。
自分は苦しみから放たれ自由になれると思っているから。
隣で嘘のように涙を庭に放水し、何やら理解不明なことを叫んでいる。
その少し離れたところで、これまた嘘のような本当の涙を水漏れが止まらない蛇口のように、水圧を堪えながら、堪えることのできないそれをポタリポタリと流すオトコがいる。
残された人間に、どんな苦悩と無力感を深く深く刻みつけるかなど考えない。
つられ涙のように私の目からも涙が溢れる。
残された人間が、その死すらも理解できず、どんな感情を持てばよいのかも分からないことを知らない。
あれから膨大な年月がたった今でも、あれが悲しみの果てにあった涙なのかどうかは分からない。
嘘のように涙を流す女も、嘘のような本当の涙を流す男も、なぜ後悔するような「またね。」を言い続けたのだ?
どのような形でもこの世に生まれ落ちたものは必ずこの日が来るのに・・・。
「またね。」
箱の中に入ったその人間に私は話かけた。
どのような運びでそうなるかは分からない。
確かに言えることは、あなたと同じ方法で
でも私にもその日は必ず来る。絶対にやって来る。
そして、「また今度ね」。
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