第3話 ロストアンドファウンド
少女は目覚めた。
そこは、目が
「どこよ……ここは」
少女は目を
「鳥さん……鳥…………そうよ、そう!きーきょはいないかしら」
まだ眩む視界の中、こげ茶色の髪の少女は立ち上がる。辺りを見渡すと、一面が
「ねえ小鳥さん、ここはどこなの?気付いたらここにいたの」
生まれながらにあらゆる生き物との会話を許された少女は、近くの枝に止まっていた優しい色彩の小鳥に話しかけた。小鳥は少し首を傾げ、小さな丸い瞳で少女を慈しむように見つめながら、
『あなたは、ここの住人じゃないのね。……ここは〝ほんとうのせかい〟のはずれ。楽園よ。あと……この世界のはじまりと言う人もいるかしら』と答えた。
「ほんとうの世界……?」
『あら、本当に何も知らないでここに来たのね。……可哀想に。もう元の場所には戻れないかもしれないわね。可愛い可愛いお嬢さん』
「えっと、あたし、相棒を探してて。あと、根暗っぽい男の子とか、おっきな剣を持った人とか、何人か一緒にいたんだけど、みんなここにはいないみたい」少女は小鳥の話が
『私たちは、貴女以外見掛けていないわよ。ねえ、そうよね?』小鳥はそう言うと、後ろを振り返る。その先にはもう1羽、小鳥がいたようだ。
『ええ、そうね。————ああ、でも、そうだわ。ほんのすこし前に、新入りの子が入ったのではなかったかしら。多分、貴女のお探しの
すると、がさがさっと音がして、木々の向こうから1羽の鳥が現れた。その真っ白な姿は————
「きーきょ!!?」
『びれあ!!』
互いの瞳が互いを捉え、そして次の瞬間、きーきょは勢い良く少女の胸に飛び込んだ。ビレアも驚きと喜びに震えながら相棒を抱きしめる。
「きっと会えるって、そう思ってたよ。どうしてここにいたの?ずいぶん探したんだから」
『ぼくも、びれあに会えるって、逢いたいって、ずっと思ってた。びれあ、突然いなくなっちゃったから、ぼく、必死で追いかけたんだよ。扉を通って、不思議な空間を抜けて、ここまで来たんだよ』
「そうなんだ……じゃあ、あたしよりきーきょの方が先に着いちゃったんだね。すごいや」ビレアはこれ以上ないほど愛おしげにきーきょを見つめた。見つめ返すその瞳も、喜びに輝いていた。そんな2人の様子を眺めながら、小鳥たちは軽快に
『まさか、相棒が人間ではなく、鳥だったとはね。驚いたわ』
『そういえばあの新入りさん、ここにやって来た時に、必死に誰かを探していたような気がするわね。その
『ええ、そうね。嬉しいことね』
『私はずっとここにいるけれど、こんなに嬉しい気持ちになったのは久しぶりよ。あの様子なら、きっと直ぐにお別れね』
『あら、分かるの?そう……そうね。そうかもしれない。そうしたら私たち、また2人で仲良くここを守りましょうね』
『ええ、勿論よ。あの方の意志ですもの。……あの方のためならば、そして共に生きられるのならば、いつまでもこの素敵な空間で可愛い者たちを見守っていきましょう』
枝の上で軽やかに話を続ける小鳥たちの下、花畑の中心で、少女ビレアは一言一言を確かめるように口に出す。
「あのね、きーきょ。あたし、どうしてあの場所で生きているのかって、何のために生きてきたのかって、ずっと思ってた。それでもひたすら働いてきたし、いつかこんな生活から抜け出せるんだって、根拠も無いのにそう信じてた。きーきょは全部知ってるよね。だけど突然一人になって、あなたの姿が見えなくなって、すごく不安になったの。その時、どこにいたってきーきょさえいれば大丈夫だったんだって、あたしはきーきょのいる場所が好きだったんだって、思い知ったんだ。あたし、あなたのことがどんなに大切か、分かっているようで本当は解っていなかったのね」
『でも今こうして会えたから、怖いものなんて何も無いでしょう?だってぼくとびれあは、2人揃えば最強なんだから』
「ふふ、そうだね。ほんとに、あたしたちはいつだって一緒だった。それはこれからも変わらない」
『うん、絶対に』そう言ってきーきょは強く頷き、ビレアも、それに強く強く応えた。すると、
『……そろそろ頃合いのようね』
いつの間にか会話を止めていた小鳥が、そう呟いた。その呟きを引き継ぐように、
『可愛い可愛いお嬢さん。寂しいけれど、もうさよならみたい。あなたたちに会えて嬉しかったわ』もう1羽の小鳥も、相変わらず穏やかにそう言った。
そんな小鳥たちの言葉の意味がよく解らず、
「どうしたの、小鳥さん。頃合いって何のこと?まだあたしたち、出会ったばかりじゃない。確かにあたしは皆を探すためにもここを出なくちゃいけないけれど、それにしても早すぎるお別れだわ。そもそも、出口なんてないのにどうやって————」そこまで言いかけて、ビレアはあることに気が付いた。先ほどまで存在しなかった道が、
「
小鳥は困惑するビレアを愛おしそうに、そして少しだけ名残惜しそうに見つめながら、
『あなたはもう鍵を見つけた。そういうことよ』そう言って微笑んだ(ように思われた)。
『さあ、行きなさい。もしかしたらあなたの探すものも、この先にあるかもしれないわね』
「え、ちょっと待ってよ、小鳥さん!あたしまだ何も分からないし、ここのことを何も知らないわ!いろいろ教えてもらいたかったのに————」
『可愛い可愛いお嬢さんと、元新入りさん。あなたたちのこれからが、幸せなものであるように願っているわ』
その言葉が聴こえた次の瞬間、そこに残っていたのは優しい余韻だけだった。
小鳥たちはビレアの前から消えた。飛び去ったのではない。確かに、消えたのだ。「楽園」に取り残された少女と相棒は、何が起こったのか理解できないまま、少しの不安とともに見つめ合った。するとそこへ、
「おっ!ビレなんとか!」
少しだけ聴き覚えのある、元気な声が聴こえてきた。さっきまでは誰もいなかったはずなのに、おかしい。怪訝に思って振り返ると、
「あっ、根暗男と野乃刃さんとのい子と花子!」
そこには、あのおかしな空間で知り合った4人が立っていた。「根暗男」と呼ばれたリンソウは不機嫌そうに顔を背け、「花子」は相変わらず困ったように、微笑む野乃刃のうしろに隠れている。声を掛けてきたのいはというと、このような状況にあっても溌剌としていて、
「なんじゃ、われさまだけが見つからないので、この辺りをずっと探しておったのじゃぞ!突然現れたから吃驚した!ま、何はともあれ、無事なようで何よりじゃ!」にこにことビレアに笑いかけてきた。
「皆……皆は、どうやってここに?あのあと、あたし……小鳥さんも消えちゃったし……」
ビレアはあらゆることが突然起こりすぎたために混乱し、長い夢の中にいるような気分に浸っていた。のいはそんなビレアの心情を感じ取ったのか、ゆっくりと優しく語りかける。
「何が起こっているのかは、われもまだよく分かっておらぬ。あ、そうじゃ。われらがどうやってここに来たか、だったな。それは…………」
のいの話を聴きながら、ビレアは徐々に自分の置かれている状況、これが紛れもない現実であることを理解していった。のいによると、4人とも木々で囲まれた「楽園」で目覚め、何が切っ掛けかは解らないものの気付いたら道が開け、他の皆もそこに現れたらしかった。ただ、ビレアだけがいつまでも現れないので心配して探していたところ、先ほど突然現れて今に至るという。
「…………ただ、折角こうして皆再び揃ったのじゃ。まだまだ知らないことだらけで此処が何処かもはっきりしない。落ち着くまでは、良かったら一緒に行動せんか?3人には既に了承を得ておる。あとはわれさま次第じゃ。どうする?」
のいの話が終わるまでにすっかり現実の感覚を取り戻したビレアは、直ぐに答えた。
「ええ、行くわ。本当に何も分からないもの。2人よりも大勢の方が心強いから」
「ん?2人?君は1人じゃないの?」ビレアの言葉に対し、野乃刃が即座に疑問を呈する。
「え?当たり前じゃない…………あ、ああ、そういえばきーきょの紹介をしていなかったわね。あたしの相棒、きーきょよ。やっと逢えたの」ビレアがそう言うと、きーきょは律儀に4人の方へ向き直り、ぺこりと一礼をした(ようだった)。それを見たリンソウが、
「へえ……よく慣れたペットだな」しみじみと、感心したように呟いた。が、
「ちょっと!根暗男!!きーきょはペットじゃないわ!あたしの相棒よ!あ、い、ぼ、う!ふざけないでくれる?」
『そうだそうだ!ぼくはびれあの相棒だぞ!』
2人はリンソウの言葉に憤慨し、叫び、彼を睨みつけた。無論、きーきょの叫びは鳥の鳴き声としてしか、リンソウには届かないのだが。
「ああ、悪かった。…………ビレ婆」最後の呟きは、聴こえないようにこっそりと言った。しかし、彼女には聴こえてしまっていたようだ。火に油を注いでしまった。
「え?何?最後何て言ったの?もう一度言ってみなさいよ!」
「何でもないですよ」
「はあ?何よその態度!ふざけるのもいい加減に————」
「まあまあ2人とも、兎に角、ビレなんとかも仲間になってくれるようだし、相棒も見つかったようで良かったし、取り敢えず前へ進んでみないかの?早くしないと日が暮れてしまうかもしれぬ。そうなっては困るじゃろう?な?な?」堪り兼ねたのいが2人の間に入り、話を纏めようとする。が、しかし、
「ちょっとのい子、あたしはビレアよ!ちゃんと覚えて!」
「それを言うなら、われだって『のい』なのじゃが……のい子とは一体……」
「本当にどうしようもないな、ビレ婆は」
「何ですって!??」
「ほらほら、落ち着いて……ビレアとやら」
「信じられない!のい子ったら、どうしていつまでもちゃんと呼んでくれないの!?」
「あーあーっ、いつになったら出発できるのじゃーーーー!?」
その時、至って穏やかな楽園に、のいの悲痛な叫びが響き渡ったのだった。
・ + ♪ + ・
「……皆、もうすっかり仲良しだね」
わあわあと騒いでいる方を眺めて微笑みながら、野乃刃は少し離れた場所で
「はい。でも、すこし恐いですね」と困ったように微笑み返した。
「君の名前————」
「あ、
「うん、知ってるよ。君の名前は、本当に君に似合ってるって、そう言おうと思ったんだ。どうしてか分からないんだけれど、なんだか少し、懐かしくて」それらの言葉は何故か、自分に言い聞かせるように発せられた。こまりは野乃刃の様子を不思議に思ったものの、何も言わず、何となく下を向いた。
「野乃刃さん!花子!そろそろ行くわよ!」
2人の沈黙を破るように、ビレアの呼び声が聴こえてくる。やっと落ち着いたようだ。
「行こうか」
野乃刃の言葉に、こまりも顔を上げて頷いた。
これから始まる旅の予感が、5人と1羽の間を静かに通り抜けていった。
ほしにせかいを 狐鞠 @kotorido_komari
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