6話 スチーム・スマッシュ
<デカブツ>に接近すればするほど、その巨大さを再確認させられる。
巨大な体躯からは先程対峙していた<ガレキ>が生み出され、周囲に飛散している。
自身の一部を<ガレキ>を生み出す為の材料にしているも関わらず、その体躯を維持しているのは恐らく進行方向に存在しているモノを踏み潰し、吸収しているのだろう。
そして<デカブツ>の進む先には。
「やはり・・・か」
そこにあったのは、「亀裂」だった。
その先には見慣れた場所が、自分達が日々を過ごす「名鳥市」が見えた。
迅はバイクの速度を上げる。
行く手を阻む<ガレキ>達を吹き飛ばしながら更に<デカブツ>との距離を詰める。
自身に接近する異音に気付いたのか、<デカブツ>の足が止まり、鋼鉄の体に備えられた双眼が迅を捕らえ、怪しく輝く。
「―――ッ!!!」
それまで不規則に飛散していた<ガレキ>が一転、迅を狙い定めたように飛来し始める。
ハンドルを切って回避する迅。
だが、路上を走行しつつその全てを回避するのは、建物や周囲に積み上げられた瓦礫が回避行動の障害になり限界がある。
「ならばッ!」
ハンドルの中央に設置されたスイッチを押す。
すると、シート後方が変形し、ロケットノズルが現れた。
さらにシートから迅のスラスターにコードが伸び、接続される。
「突っ切らせてもらうッ!」
迅の叫びと共にロケットノズルから水蒸気が噴き出される。
急加速するバイクを制御しつつ迫る<ガレキ>を振り切って行く。
だが、接近すればする程に弾幕は激しさを増して行く。
迅は勢いそのままに瓦礫の山に向かってハンドルを切る。
決して走行しやすいとはいえない路面だが、迅の愛馬はまるで苦にせず瓦礫を踏み砕いていく。
瓦礫の山を駆け上がり、発射台よろしく迅を乗せたバイクが空に向かって飛び立つ。
空中の迅に向かって<デカブツ>が<ガレキ>を射出する。
「ウギィィィィィイイイイイイッ!!!」
文字通り唸りを上げて迫る<ガレキ>。
「―――ッ!」
迅は再びハンドル中央に手を伸ばし、先程とは別のスイッチを押す。
機体側面から姿勢制御用バーニアが顔を見せると、一時的に水蒸気を噴射。
空中で横ロールし<ガレキ>を回避。
その後も次々<ガレキ>は迫る迫る迫る。
それを迅はサーカスの曲芸の様に避ける避ける避ける。
弾幕の中を掻い潜り、迅は徐々に<デカブツ>に接近する。
急速に距離を詰める迅に対し、<デカブツ>が左手を突き出す。
その左手は相対する迅にとって、前方の視界全てを覆う巨大な壁だった。
「来たか・・・ッ!」
迅とバイクを接続していたコードが外れ、迅はシートを蹴って空中へと飛び立つ。
バイクはそのまま飛行を続け左手の一撃を掻い潜ると、地上へ向かって降下していく。
一方、迅は突き出された左手の甲に着地。
スラスターを吹かし、急加速。<デカブツ>の腕を駆け抜けていく。
だが、そう上手くいく訳ではない。
突如、眼前に迅の倍以上の大きさの「壁」が行く手を阻む。
「・・・人気者も苦労なことだな」
見ればそれは壁ではない。
<デカブツ>が自身の腕に生成した巨大な<ガレキ>だった。
<ガレキ>が前進する迅に向かい両手を組んだ状態で叩きつける。
後方に飛び、繰り出された一撃を回避する迅。
巨大<ガレキ>との間に距離が生じる。
同時にその距離を埋めるかのように通常サイズの<ガレキ>達が沸きあがってくる。
「退く気がないのは、お互い様か・・・」
互いに構え、一瞬の静寂が訪れる。
「―――ハァッ!!」
巨大<ガレキ>を含む大群に正面から仕掛ける。
先程同様に先頭の<ガレキ>に右拳による渾身の一撃を放つ。
高速の一撃を見切れず<ガレキ>が直撃を受ける。
そのまま後方に控えた<ガレキ>達を巻き込み吹き飛ぶ・・・ハズだったのが、 <ガレキ>達はキレイにそれを避け、迅に接近戦を仕掛ける。
(流石に二度目は無いか・・・ッ!)
更に迅の後方から<ガレキ>が湧き上がる。
前後からの攻撃を受ける形となった迅。
しかも初撃の勢いを殺せず現状は前方の<ガレキ>達に突っ込んだ形となっている。
「まんまとやられたな・・・だがッ!」
迅はスラスターを吹かせると同時に上半身を屈ませ、その場で身体を一回転させる。
続いて、吹き飛んだ先頭の<ガレキ>を飛び越えて正面に展開した<ガレキ>に向かって左足の踵を叩きつける。
その<ガレキ>を踏み台にし、前方へジャンプ。
着地と同時に後方へ貫くように左足での蹴りを繰り出す。
半ば一直線上に並んだ<ガレキ>達は纏めて吹き飛ぶ。
後方の憂いを絶った迅だが、視線を正面に戻せばそこには再び押し寄せる<ガレキ>の大群。
それに対し、迅は躊躇うことなく距離を詰める。
繰り出せる拳を、蹴りを掻い潜り次々と反撃を決め、沈めて行く。
「ゴオォオオオッ!」
そこへ先の巨大<ガレキ>が立ち塞がる。
迅の頭上に右拳が迫る。
「罷り通るッ!!!」
拳を掻い潜り巨大<ガレキ>へと急速接近する迅。
懐に飛び込むと共に肩部の突起パーツが移動し、右拳へ装着される。
それを腹部へ宛がう。
「ハァァァァアアア・・・・オリャァァァッ!!!」
溜めた力を解き放ち、上空に向かって拳を突き上げる。
インパクトの瞬間、炸裂した水蒸気が波紋の様に周囲へ広がる。
迅の倍以上はある巨体が打ち上げられたロケットの如く空へ舞い上がる。
同時に迅が駆け抜ける。
やがて後方で轟音が響くが、その頃にはもう<デカブツ>の肩に到達しようかという所だ。
―その時だった。
突如暗雲が立ち込めたかのように光が失われる。
左側面から来る「何か」を感じ取り、咄嗟に視界を向けると、そこには先程体験したもの同様の「波」があった。
周囲に非常な轟音が鳴り響く。
<デカブツ>が自身の左腕を右手で掴んだ。ただそれだけのこと。
人が己の左腕に羽虫が止まれば、右手で潰すのはごく自然な事だ。
そこに殺意や悔恨は無い。
しばしの間が生まれ、<デカブツ>は再び前進を始める為、右腕を退かそうとした。
そこで、<デカブツ>は己の右腕から違和感を感じる。
視線を自身の肩付近から正面へと戻す。
―そこには―
「やっとご対面出来たな・・・」
潰した筈の鉄迅が自身の右腕に、腕を組んで仁王立ちする姿があった。
「さぁ、決着ケリをつけようかッ!」
上空へ飛び立つ迅。
<デカブツ>は口を開き大量の<ガレキ>を生成する。
突起パーツがスライドし、左足へ装着される。
スラスターを吹かせ、回転。
左足を畳んだ状態で<デカブツ>へと向ける。
「蹴り・・・貫くッ!」
「ドォオオオオオオッ!!!」
眼前の迅に向かい、<デカブツ>は大量の<ガレキ>を吐き出す。
「ハァアアアアアッ!!!」
最大出力でスラスターを噴射しつつ、蹴りを放つ。
吐き出された膨大な数の<ガレキ>の波を一筋の光が貫いた。
口を通し体内へ突き進むと、その中枢に位置される場所にパッド状のコントローラーを使用する「奴」はいた。
この<デカブツ>を制御するコアとなっている<ガレキ>である。
「ウォリャァアアアッ!!!」
最高速度の状態から繰り出される迅の左足での蹴りは正確にコア<ガレキ>を捉えた。
インパクトの瞬間、左足に装着されていた突起物がコア<ガレキ>に打ち込まれる。
炸裂する様に噴出した右拳の一撃とは違い、水蒸気がまるで波紋の様に周囲に広がる。
「ウリィイイィィィッ!タノシカッタゼェェェエエエッ!!!」
断末魔の叫びとは捉え難いコア<ガレキ>の叫びが響くと共にコア<ガレキ>が四散する。
それは同時に<デカブツ>の崩壊を意味していた。
<デカブツ>の巨体を形成していた<ガレキ>達が一斉に弾け飛び、コア<ガレキ>同様に四散して行く。
集中豪雨の様な瓦礫の雨が町に降り注ぐ。
瓦礫の雨粒と共に迅が地上へと降り立つ。
全身の廃熱機構が展開され迅の周囲に水蒸気が舞う。
「これで一段落・・・というワケにもいかないか」
先程救出した女子に対して今回の件の説明をしなくてはならない。
「夏原・・・秋、か」
†
それは神秘的ですらあった。
空から金属や木材など様々な物質が地上へと降り注ぎ、それを眺める自分の周囲には喋る二足歩行の<ブラウン管テレビ>と意思を持つ愛車の<ベスパ>、そして自室の<カギ>。
危険が去った故なのか、秋は安堵と共に改めて自分が特殊な環境に身を置いているということを感じた。
渡町を出る際には想像もしなかった。
都会へと移り住んだとしても、到底体験することが出来ないであろう事件が目の前で繰り広げられている。
確かな鼓動の高鳴りを感じる。
今後、自分はどんな出来事に巻き込まれるのかという期待がある。
「・・・だけど」
逸る気持ちを抑え、まずは成すべきことを成さなければならない。
自分が元居た平凡な世界へと帰還すること。
そして、自身の危機を救った彼に感謝の言葉を伝えることだ。
「鉄・・・迅、か」
そこは見慣れた、だがまるで違う町。
穏やかとは程遠い喧騒と活気に満ち溢れた町。
<モノ>が意思を持ち、<アイロン>が変身し、瓦礫の雨を降らせる町。
勿論、町に住む<モノ>に尋ねれば十物十色、様々な町自慢が聞ける。
だが、そんな中一つだけ<モノ>達が口を揃える自慢話がある。
―この町には、いい風が吹く― と。
アイロン @Hard4537
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