5話 大学生で、アイロンです。
目の前の青年を<アイロン>から放たれた光が包む。
同時に煙が辺りに充満し、秋の視界を奪う。
「―――ッ!!!」
秋は思わず目を塞ぎ、顔を手で覆い隠す。
顔を撫でる煙から暖気と湿気を感じる。
(・・・水蒸気?)
この様な状況において一瞬の心地好さが駆け抜ける。
やがて煙が晴れ、辺りの景色を再び可視できる状況に戻る。
そして秋の視界に映ったものはこの地獄に飛び込んできた男だった。
但し、その姿は先程までのものとは一線を画していた。
「・・・変身・・・した?」
細身でありながらも決して華奢ではないその四肢に装甲を身に纏っている。頭部装甲がフルフェイスの為、はっきりと認識することは出来ないが、間違いなく彼だ。あのライダーだ。
両肩の突起物や背部の装甲に備わっている取っ手から、飛来した<アイロン>のパーツであることが見て取れる。
信じ難いが、あの<アイロン>が展開し彼に装着された様だ。
「・・・」
唖然とする秋。
この数時間でおよそ一般人が体験出来ないレベルの現象を体験し、そういったことに対しある程度の耐性が着いてきた秋だったが、流石に<アイロン>と合体する男に対しては驚きを隠せない。
「・・・おい」
後ろを振り返り、男が話しかける。
「・・・」
呆けた秋の背後から<ガレキ>が襲い掛かる。
<ガレキ>の手が秋に届く寸前、男が背部のスラスターから水蒸気を噴射させ加速。
<ガレキ>に対し急接近、そのまま鋭い蹴りを放つ。
凄まじい突風が秋の横を通りすぎ、その後<ガレキ>が瓦礫の山に突っ込む轟音が耳朶を打った。
「おい、聞いてるのか?」
「―!? え?あ・・・」
男に話しかけられはっと我に返る秋。
「ここは俺が何とかする。お前はブラウン管を連れてこの場を離れてくれ」
「・・・その後はどうするの?」
「・・・アイツを大人しくさせる」
男の視線の先にはあの<デカブツ>がいる。
「本来はお前に頼むことではないんだが、このブラウン管は俺たちの友人でな。済まないが、こいつを頼む」
昼間の時にも感じたが、この男には妙な説得力がある。
如何に力があろうと、あの様な<デカブツ>に立ち向かうなど無謀である。
しかしこの男がそういうと、何故か何とかなりそうな気がしてしまう。
「・・・分かったわ。アンタも・・・無茶はしないでよ。アンタには聞きたいことだってあるんだから・・・」
「心配するな、こう見えても人並み以上には戦える」
そう言いながら男は背後から迫る<ガレキ>を振り返ることなく裏拳で沈める。
(人並みって・・・)
「それに、聞きたいことがあるのはこちらも同じだ。俺もお前に対して聞きたいことがあるからな」
「お互い様ってワケね・・・。それじゃ、また後で!」
秋がブラウン管に向かって駆け出す。
「あ!それと!私、『お前』じゃなくて、<夏原秋>ね!」
走りながら首だけ男を振り返りつつ秋が叫ぶ。
「・・・<鉄くろがね 迅じん>だ」
再び背後から<ガレキ>が迅に対して飛び掛る。
<ガレキ>が右手を振り下ろす。
迅は左足を軸に回転。半身になりつつそれを回避。そのまま右足で回し蹴りを放ち、背後を振り返る。
「せっかちな奴だ」
眼前には文字通り<ガレキ>の山が立ちはだかる。
「大層なお出迎えだな」
双方、重心を落とし戦闘体勢に入る。
「―さぁ、始めようか―」
<ガレキ>が迅に向かって地鳴りを上げながら一斉に突撃する。
迅もまたスラスターから水蒸気を噴射させ大群に向かって行く。
先頭の<ガレキ>に対して右の拳を繰り出す。
<ガレキ>の視点から見ればいきなり眼前に迅が現れたかのように感じたのだろう。
まるで対応が出来ないまま拳が顔面を捉える。
直撃を受けた<ガレキ>が後方へ盛大に弾き飛ばされる。
当然、その後ろに控えていた多数の<ガレキ>を巻き込みながらである。
轟音が響く。
大群の先頭から突っ込んだことにより、周囲を瞬く間に囲まれる。
上下左右、あらゆる場所から攻撃が迅を狙う。
「ハァァァァアアアアッ!!!」
迅はスラスターを吹かせるとそのまま回転しつつ上昇。
勢いを乗せて周囲に向けて蹴りを放つ。
自らが噴射した水蒸気が自らの蹴りの威力、そして<ガレキ>で吹き飛ばされる。
蹴りを受けた<ガレキ>は初撃を受けたモノ同様に吹き飛び、周囲の<ガレキ>を巻き込む。
迅が着地すると、彼を中心とした円形のスペースが出来上がった。
それまで形成されていた『面』に『穴』が出来た。
どうやらある程度の数は減らせたようだ。
しかし安堵の間もなく第二波の<ガレキ>達が次々に迅に飛び掛る。
必要最低限の動きで捌きつつ、迅は襲い掛かる<ガレキ>達に的確な一撃を与えていく。
しかし如何せん囲まれた状況が長く続くのは芳しくない。
迅は直上へ水蒸気を噴射しながら飛翔。
<ガレキ達>が上昇する迅を見やる。
「あまり時間をかけている場合でもないんでな」
迅は右の拳に力を溜める。
その動作に反応するように右肩の突起物が腕部装甲をスライドし、拳に装着される。
「ウォォオオッ!!!」
同時に迅が直下へ向かって急降下。
地面に向かって強烈な一撃を放つ。
地面が割れ、拳が突き立てられた部分から水蒸気が噴き出し、<ガレキ>達が吹き飛ぶ。
間隙を縫う様に続けて<ガレキ>の波が迅に迫る。
「ほぅ・・・ならば・・・!」
突き立てた拳を手前に引き、勢いをつけ、地面を抉りつつ一回転。
そのまま再び地面に拳を突きたてる。
先程同様、地面から水蒸気が噴き出す。
だが二回目ということもあり威力は弱まっており、押し寄せる<ガレキ>達を浮き上げるに留まる。
瞬間、右拳に装着されていた突起物がスライド。
腕、背中をスライドしていき右足に装着される。
「ハァァァァッ!!!」
衝撃で空中に浮き上がり、身動きの取れない<ガレキ>達に向かって迅は右足で蹴りを放った。
右足に装着された突起物が拳の時同様に水蒸気を噴き出す。
それは蹴りを一発放つ度に噴き出され、迅の蹴りの威力と速度を増幅させ、通常では形成することが出来ない蹴りによる壁を作り上げた。
<ガレキ>達は揃って身動きの取れない空中で迅の蹴り浴びせられる形となった。
「オリャァッ!!!」
止めに水蒸気の補助を受けた強烈な右回し蹴りを放つと、<ガレキ>達が盛大に吹き飛ぶ。
姿勢を戻すと、右足に装着されていた突起物は再びスライド。
所定の肩の部分へと戻る。
次の波はまだ来ない。
今度は周囲を確認する余裕がある。
視界の端に、夏原と名乗った彼女とブラウン管が見えた。
一応の退避の目処は着いたようだ。
とはいえ、依然として相手側の数は多く気の抜けない状況が続く。
本命の<デカブツ>を無力化させなければ、この<ガレキ>達は極端に言えば無限に沸き続ける。
実際、こうしている間にも次々と<ガレキ>達が飛来し、迅に襲い掛かる。
「やはり頭を抑えなければキリがないか」
水蒸気を吹かせ、加速しながら迅が<デカブツ>に向かって駆け出す。
そうはさせまいと<ガレキ>達が進路を塞ぐ。
「押し通るッ!」
<ガレキ>達の攻撃を捌きながら突き進む。
打撃を与えられた<ガレキ>達はバラバラとその体躯を崩壊させ元の瓦礫に戻っていく。
駆ける迅の隣に、後方から追いついた彼のバイクが並ぶ。
迅はバイクに飛び乗ると速度を上げ、エンジン音を轟かせる。
築かれた<ガレキ>の山を吹き飛ばしながら、アイロンが駆け抜けて行く。
その姿はまるで、嵐の様であった。
†
「す、凄い・・・人並みって・・・こんなの超人じゃない・・・」
ブラウン管を担ぎながら遠目で迅の動きを見ていた秋が言う。
迅が派手に立ち回ったこともあり、戦場からある程度距離を取り、瓦礫によって形成された小高い丘の様な部分まで来ることが出来た。
「まぁね・・・アイツらは特別さ。それより何だか申し訳ないね・・・できればカッコよく君を逃がしてあげたかったんだけど」
「気にしないで、本来はこういう形で避難したかったんだし。それに<ブラウン管>さんには恩があるんだから・・・とはいえ」
予想以上に<ブラウン管>が重い。
人型を成している故、身体の至る所に金属部品が使用されているのが原因だ。
アドレナリンが分泌されていたせいか、ここまでは何となかったが、緊張が和らいだ途端、その重さを実感することとなった。
「ゴ、ゴメン・・・」
「ぐ、ぐぬぬ・・・何ぞ・・・このくらい・・・!」
そんな苦しむ秋の前に颯爽と相棒が現れる。
「ベ、<ベスパ>!」
「オレモイルゼ!」
ベスパのすぐ隣には<カギ>が翼をはためかせて浮遊している。
「よかった・・・無事だったんだ」
「・・・!」
秋に対して例のごとく<ベスパ>がライトを明滅させる。
「・・・? あ、なるほど<ブラウン管>さんを乗せろってことか」
「大丈夫かな・・・俺、結構重いよ?」
<ブラウン管>が<ベスパ>を気遣いながら乗車する。
その瞬間、<ベスパ>から煙が噴き出す。
「ち、ちょっと!・・・大丈夫?」
ゆっくりと<ベスパ>がライトを明滅させる。
「ゴメン!もうちょっとだから、頑張って!」
秋の一声に<ベスパ>が任せろと言わんばかりに力強くクラクションを鳴らす。
「とりあえず、これで何とかなりそうね」
ホッと胸を撫で下ろしながら、秋は後ろを振り返る。
迅が<デカブツ>に対して突き進んで行く様が見て取れる。
「鉄・・・迅・・・だっけ。ちゃんと無事で帰ってきてよね・・・」
彼にはこの世界については勿論、聞きたいことが多々ある。
怪我や万が一の事態になってもらっては困る。
何より、伝えてないことがある。
彼に対し、自身の危機を救ってくれたことへの感謝の言葉。
「ありがとう」を、まだ伝えていない。
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