4話 今、風の中で
普段とは違い、勝手に走り、勝手にハンドルが切られる。それに秋は奇妙な感覚を覚えた。
(大学に行くときもコレならいいんだけどなぁ・・・)
人間の適応能力の高さとでも言うべきか、先ほどあれだけの出来事を体験しておきながら、短時間とはいえ、時間が経過すると既に頭の中は冷静さを取り戻している。
自分で運転する必要がない為、いつもよりも周りを見る余裕がある。
しかし周りは出発地点同様に殺風景で、ガランとしている。
地球規模で何らかの異常事態が起きているのだろうか。
後にも先にも、モノが意思を持って変形して動き出す話など聞いたこともない。
さて、周囲にモノが無くなっていても進行方向に目立ち過ぎるほど巨大な建造物があると、流石に目的地に見当が着く。
どうやら我が愛馬はあの建造物を目指している様だ。
建造物に近づくにつれ、次第に喧騒が大きくなっていく。
先ほどの車や家屋はあの建造物の下に集っているのだろう。
遠方からは見えなかったが、段々と建造物の姿がはっきりと見えてくる。
名状し難い形だが、あえて言うならば太陽の塔をドーム状にした具合だろうか。
「スゴイ形ね・・・ホント・・・」
しばらくとすると、周囲にポツポツと光が見える。
街灯も無くなってベスパのライトのみが頼りの今、夜道にポツリと浮かぶ光は余計に目立つ。
建造物に近づけば近づくほど、その光は増えていく。
やがてその光が秋を包んでいく。
すると、不意に秋の視界が真っ白になる。
「―――ッ!!」
程なくして秋の視界が元に戻る。
「わぁ・・・・」
所狭しとモノが集合した来神山古墳周辺。
そこには幻想的な世界が形成されていた。
人間が祭りを楽しむ姿をそのままモノが楽しんでいる姿に変えただけ。
だが、そんな光景は世界のどこを訪れても見れるものではない。
周囲は家電製品が跳ね回り、家屋が踊る。
空を見上げれば、先ほど飛び立ったB棟の様に様々なモノが辺りを飛び交っている。
2つのフライパンが互いにぶつかり合い、カンカンと音を鳴らしながら飛ぶ姿は何とも奇妙で、それでいて滑稽であった。
かと思えば工事用の重機たちがさながら航空ショーの様に一糸乱れずに空を飛ぶ姿は素晴らしいの一言に尽きる。
右を見ても左を見ても、まるで夢かと思うほどの出来事が目の前で起き続けている。
その為、いつの間にか秋の恐怖心は消えてしまっていた。
「すごい・・・」
「ウオー!スゲー!スゲー!」
見惚れる秋をよそに彼女の隣ではしゃぎ続ける鍵と低速で走り続けるベスパだったが、祭りの会場をある程度走った後、停車した。
ベスパを降りると、秋の鼻に強烈な匂いが飛び込んでくる
「むおッ!?」
どうやら出店から発せられる匂いらしいが、嗅いだことのない匂いだった。
「廃液一番絞り、一本どうだーい!!!」
片言ではなく、流暢な日本語が聞こえてくる。
自分の以外の人間かと思ったが、そこには『名鳥魂』と荒々しいフォントで書かれたTシャツを着たブラウン管テレビ(当たり前の様に手足がある)が周囲のモノたちに自身の店の商品(缶入り廃液)を売り込んでいる。
「廃液・・・だと・・・」
商品に対して不安にならざるを得ない秋。
そんな秋をブラウン管テレビが視界に収める。
「おぉ!人間の姉ちゃん!どうだい、一杯グイッと!」
『人間』という言葉が改めて自分は浮いた存在なのだということを秋に再認識させた。
「い、いえ・・・あたし・・・ちょっと・・・」
「ハハハ!ジョークだよジョーク!ブラウン管ジョークさ!地デジ化という時代の波に乗れなかったオジサンの冗談ぐらい許してくれよ。あ、でも格ゲーするなら俺の方がいい仕事するぜ?姉ちゃん、格ゲーなら何が好き?2D?3D?」
「いや~・・・別に・・・」
苦笑いを浮かべる秋。
「へえー人間ってアイツらみたいに皆が格ゲー好きな連中ばかりと思ってたんだがなぁ・・・」
ブラウン管が発した「アイツら」という言葉に反応する秋。
「え・・・あの、私以外に人間がいるんですか?」
ここに到達するまでの道中、誰一人として見ていない秋にとって藁にも縋る思いだ。
「んー?むしろ姉ちゃんはアイツらの知り合いか何かと思ってたんだが」
幸いなことに、どうやら話が通じる相手の様だ。
「あの、なんというか・・・気がついたら周りがこうなっていたというか・・・」
身に起きたことを上手く言葉にできない。秋は自分自身に苛立ちを覚える。
「―――! まさか姉ちゃん・・・迷い込んじまった人間か?」
「迷い・・・こむ?」
「そうさ、多分姉ちゃんは意図せず境界線を越えちまったみたいだな。いやー、ビックリしただろ?人間は誰もいないし、あっちこっちでモノは動き出すし、おまけにそいつら大体片言で話が通じないと来た」
まるで秋に起きた出来事を見てきたかのように語る。
「ええ、正にその通りで・・・境界線?」
「そうそう、境界線。あっちとこっちじゃまるで違うからな。だからよ、よくまぁここまで無事に辿り着いたモンだよ」
「それは、この子がここまで案内してくれたんです」
秋は隣にピタリと着いているベスパに視線をやる。
「オレモイルゼ!オレモ!」
自分を忘れるなと鍵が叫ぶ。
「ほぅ。姉ちゃん、余程そいつらに好かれてるんだな」
「そうなんですか、ね」
相手がモノとはいえ、そう言われるとつい照れてしまう。
「っと、すまない。話が逸れちまったな。まぁ、ここまで来たなら一先ず安心だ。後は俺の知り合いに連絡してお前さんを保護してもらうように頼んでおくからよ。あ~、ちゃんと人間の知り合いだから、そこら辺は心配しなさんな」
「そうですか・・・良かった」
ブラウン管は携帯電話を取り出すと誰かへ連絡を取り始めた。
「おう、俺だ。え?詐欺?ちげーよ!ちょっと保護してもらいたい人間がいてだな・・・」
(携帯・・・あるんだ)
「ヨカッタナ、アキ!」
まるで自分のことのように鍵が喜ぶ。
何となくなのだが、ベスパも喜んでくれている気がした。
「まぁ・・・具体的にはどう助かったのか全然分からないけどね」
「・・・という訳だ、頼んだぜ。んじゃ、また後でな」
通話を切り、ブラウン管が携帯電話をしまう。
「よーし!これでOKだ。もうすぐ助けが来るぜ」
「ありがとうございます」
深々と頭を下げ、礼を述べる。
「イイってことよ、困ったときはテレビも人間もお互い様よ」
さて、身の安全が約束されると今度は別件が気になってくる。
「で、だ。境界線についての説明がまだだったな。」
「はい、お願いします」
「あいよ。境界線ってのは・・・」
ブラウン管が説明を始めたその時だった。
――オオオオオオオオオッ!!!――
突如鳴り響いたその咆哮は大地を揺らし、周囲の喧騒を一瞬で鎮めてしまった。
「――な、何!?」
「――ッ!! 姉ちゃん、悪いことは言わねぇ!そいつに乗ってここから逃げろ!」
何かを察したブラウン管が声を荒げて秋に退避を促す。
「・・・?」
「悪いが説明してる時間が無い!急いで遠くに・・・」
ブラウン管が言葉を言い終えるより早く秋の身体を強い衝撃が襲う。
世界が回転し、そのまま崩れ落ちる。
全身の力が抜け、視界が暗くなっていく。
逃げ惑うモノ。
遠くで聞こえる悲鳴。
そんな中で自分の時間だけが止まったようだった。
動くことも声を上げることも出来ないまま、土煙に飲まれると同時に秋は意識を失った。
†
「・・・!」
目が覚めると周囲は瓦礫の山となっていた。
どうやら自分の周囲に無数の瓦礫が降り注いだようだ。
「よぉ、お目覚めかい?姉ちゃん」
不意に耳朶を打つブラウン管の声。
安堵と共に振り返る秋。
だが、視界に飛び込んできたブラウン管の姿は凄惨なものだった。
降り注ぐ瓦礫から秋を庇ったのだろう。身体中を瓦礫に貫かれ、身動き一つ取れそうも無い。
「そんな・・・!」
「いやはや・・・アイツらみたいに上手く助けられないモンだね」
秋は言葉を失う。
「こっちは気にしなさんな。良くも悪くもお前さんたちみたいに痛覚がないんでね。それより早く逃げな・・・」
「何言ってるんですか!見捨ててなんて・・・」
――オオオオオオオオオッ!!!――
再びあの咆哮が鳴り響く。
今度はしっかりとその存在を眼に焼き付けた。
そこには文字通り瓦礫の山があった。
当然だが、この山もまた意思を持っている。
いや、意思を持っているというにはあまりにも動きが粗雑だ。
まるで本能の赴くままに周囲に瓦礫をバラ撒きながら暴れまわっているようにしか見えない。
「同族といえば・・・そんな所なんだがね。生憎、言葉が通じそうな相手でもない。兎角、今は無事にやり過ごすことだけ考えた方が良い。そういう訳で、今のうちに逃げな・・・」
口調には力が無かったが、その言葉には明確な意思があった。
「オーイ!アキーッ!!!」
瓦礫を突き破り、ベスパと鍵が秋の下に辿り着く。ベスパのボディは流石に無傷とは行かないが、どうやら走行に支障は無さそうだ。
それでも、ブラウン管の救出を諦めたくはなかった。
「・・・ッ!!!」
秋は苦悶の表情を浮かべる。
そして、何もできない己の無力さを嘆いた。
「姉ちゃん・・・アンタ、優しい人なんだな。その気持ちだけで十分だ。ありが・・・とう」
程なくしてブラウン管の意識が途切れた。
事態を察したようにベスパが乗れと促す。
秋は弱々しく立ち上がると、罪悪感に押しつぶされそうになりながらも、ブラウン管の意図を無にしたくない一心で彼に背を向けた。
だが、無情にも事態はさらに悪化の一途を辿る。
鈍い金属音と共にベスパが吹き飛ぶ。
そのまま周囲を囲む瓦礫の山に衝突し、ベスパの意識が途切れたことを示すかのようにライトが消える。
飛来した瓦礫が二足歩行型に変形し、ベスパを襲ったのだ。
暴れまわる瓦礫の山の一部ということもあり、ブラウン管の様に話が通じる相手ではない。
本体同様、ただ目の前の物体を破壊し続けるだけの存在の様だ。
「アキッ!」
秋に詰め寄る瓦礫たちの前に鍵が割って入る。
が、瓦礫はまるで羽虫を叩き落すかのように鍵を吹き飛ばした。
「――ッ!!」
鍵の下に駆け寄り、拾い上げると今にも消えそうな弱々しい声で自分の名を呼び続けている。
「ギ・・・ガ・・・グ・・・グ」
瓦礫たちがガシャリガシャリと秋に近づいてくる。
顔には貼り付いた様な笑顔が浮かんでいる。
地獄。
幻想的であった世界は一変し、今この世界は地獄だ。
救いなどあるはずもない。
突如としてではなく、明確に迫る死を秋は覚悟した。
その時、一陣の風が吹いた。
「この風・・・!」
秋が名鳥市の一員として足を踏み入れたあの日、秋を出迎えた風。
あの風が再び秋の頬を撫でる。
意識を取り戻すと同時に、秋の瞳に轟音を鳴らすバイクを操り颯爽と瓦礫たちの大群に飛び込んでいく一人のライダーが映る。
先頭を歩いていた瓦礫が吹き飛ばされたことでドミノ倒しの様に次々と瓦礫が吹き飛ぶ。
「間一髪・・・か」
(この声・・・もしかして・・・)
ライダーはバイクを降りるとヘルメットを脱ぎ、素顔を見せた。
「お前は・・・そうか、お前が連絡にあった人物か」
そこには昼間、エクストリームアイロニング同好会の新勧担当を自称したあの男の顔があった。
「な、なんでここに・・・!?」
「それはこちらの台詞でもある。お前こそ何故ここに・・・」
「ギィィィッ!」
会話を遮るように瓦礫が男に襲い掛かる。
男は背後から迫る瓦礫の攻撃を避け、流れる様に顔面に蹴りを見舞う。
「お互い聞きたいことがあるようだが、まずはこの状況を何とかすることが先決だな」
「何とかって・・・あの数を相手に?」
「仲間は周辺地域の無力化の最中だからな」
「無理よ!一人であんな大群・・・!」
「一人じゃない。俺と・・・こいつがいる!」
男が手をかざすと共に、闇夜を切り裂き凄まじい速度で『何か』がこちらへ接近してくる。
その物体はまるで最初からその場所にあったかの様に男の手中へと収まる。
流星が如き輝きを纏ったそれは――
「アイ・・・ロン・・・?」
フライパンどころか家屋や重機が空を飛ぶこの世界。
アイロンが空を飛ぶ程度のことはよくある。
だが、その男のアイロンは更に特別だった。
男の手中に納まると、そのアイロンは形状を変化させた。
アイロンの各部が展開され、内部に存在する風車を模したパーツが姿を現し、急激に回転を始める。
風が男を、秋を包んでいく。
「あのアイロン・・・鳴いてる・・・」
まるで鳴き声かのような風切り音が鳴り響く。
そして風がアイロンという一点に集中した時、男は叫んだ。
絶望を、この地獄を打ち破る為に。
「変身ッ!!!」
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