3話 見知らぬ見知った地
秋がこの春に引っ越してきたアパート(リラ大照町)は名鳥大からもそれなりに近く、家賃も手頃と、学生にとってはかなりの好物件であった。
自室はそのB棟の一階、角部屋にあたる101号室。
秋はベスパを駐車させると、早々と自室の前に足を運ぶ。
ここ数日は散々な目にあっている。
特に今日はあの奇妙な男のせいで、ただでさえ憂鬱な大学生活がより一層暗いものになって気がしてしまう。
「こんな日はさっさと寝るのが一番だな・・・」
と、自室の鍵を鍵穴に通そうと目線を下ろした時だった。
「―?なんだこれ・・・鍵?」
秋の眼に飛び込んできた物は一本の鍵だった。
「お隣さんのかな・・・?」
ならば大家に届けねば、と拾って見てみると、鍵にはリラ大照町B101と記したシールが貼ってある。
「私の部屋の・・・鍵?」
思わず秋は鍵穴に差し込もうとした鍵と見比べる。
鍵には拾った鍵同様のシールが貼ってある。
入居に際して大家からは鍵は2本渡されている。
だが、その内の一本は室内に保管してある。外には決して出していない。
故にここに自室の鍵が落ちていることなどあり得ないのだが。
「でも・・・二本あるんだよね・・・むぅ・・・」
鍵を見比べてもどちらも同じ鍵にしか見えない。
「あ・・・それなら・・・」
素人目には同じに見えても実際差し込んでみれば、違いは分かる。
秋は右手に持つ拾った鍵をそのまま自室の鍵穴に差し込んだ。
鍵は普段の様にするりと鍵穴に差し込まれた。
そしてそのまま鍵穴を回す。
「――――!!!」
ガチャリと音がすると共に自室の鍵が開けられる。
「あ・・・開いちゃった・・・」
しばし呆然とする秋。
近くの街灯に明かりが灯る。
状況を把握することは困難だが、開いてしまった事実は変わらない。
秋はゆっくりとドアノブに手を伸ばし、そのままドアを開けた。
そこには出かける前と変わらない我が家があった。
「た・・・ただいま・・・」
頭の整理が済んでいないが、いつもの癖で思わず挨拶をしてしまう。
当然だが、返事はない。
ほんの少しだけ安堵すると、玄関に一歩踏み入る。
「オ・・・カ・・・エリィィィ~」
「―――!?」
どこからともなく聞こえる声。
「え・・・えっ・・・」
辺りを見渡しても声の主は見当たらない。
「オカ・・・エリ・・・オカエリ・・・オカエリ!」
「な・・・何なのよ・・・!!!」
周囲に響く声。
恐怖にあまり動けなくなる秋。
その時、ふと右手に違和感を感じる。
視線をやると、そこには先ほどドアを開ける際に使用した鍵があった。
「・・・?」
「オカエリィィィィィ!!!」
握っていた鍵が叫ぶと同時に鍵が鳥の様に秋の手を振りほどき、金属の羽で羽ばたく。
「アキ、オカエリ!アキ、オカエリ!!」
「・・・ふぇ?」
一瞬、何が起きたか理解出来なかった。
「ヨォ!アキ!ドウシタ!?」
目の前で羽をパタパタとさせながら鍵が秋の目の前で浮遊する。
「か、鍵が・・・った・・・べった・・・鍵が・・・鍵が・・・」
ただでさえ頭の回路がショートしそうな状況だが、それでも一つだけ理解できた。
「喋ったぁぁぁぁぁ!!!」
身体が固まり動けなくなる。
が、事態は更に秋の想像も着かない方向へと進んでいく。
「オカ・・・エリ・・・ナサイ・・・」
今度は入り口付近の冷蔵庫が。
「オカエリナサイ」
次はその上に配置されている電子レンジが。
いつの間にか空飛ぶ鍵の後ろには全ての家具家電が形状を変えて秋を出迎える。
「あ・・・あわ・・・あわわ・・・」
「アキ~?ドウシタ~?」
鍵を筆頭に家具が秋に詰め寄る。
「ギャアアアアアアアッ!!!」
恐怖のあまり、反転し外へ飛び出す。
背中に冷たい汗が流れる。
足取りがままならず、普段ならば真っ直ぐ走れるはずの道が走れない。
視界がガタガタと揺らぎ、転びそうになりながらひた走る。
そのままA棟の傍を駆け抜け車道付近に出る。
振り返ると先ほどの鍵(の様なモノ)がフワフワと浮遊しながら自分を探している。
これは夢か何かと思い頬を抓る。―――痛い。
「こ、これ・・・現実なの・・・?」
秋が混乱している最中、ドンと爆発音が鳴り響く。
「―――!? は、花火?」
爆発音と共に空には鮮やかな光による様々な模様が映し出される。
方向からして来神山古墳の方角だ。
目を向けると、下方からライトを当てられる一際巨大なドーム状の建造物が視界に入る。
「・・・アレは・・・」
自分が知っている名鳥市にあんなモノは存在しない。
それまで認識していた日常が強烈に揺さぶられ、秋の頭はより一層混乱していく。
すると、今度は別の音が耳朶を打つ。
音がする方向に視線を向けると、車道を歩いて何かがこちらに向かってくる。
「く・・・車に・・・手と足が・・・」
見れば二足歩行の車が躍りながらこちらにやってくる。
夜間ということもあってかライトを点灯させており、周囲に光を撒き散らしている。
「ここ・・・名鳥・・・よね?」
呆然と立ち尽くす秋の目の前を大量の車が(踊りながら)通過していく。
見れば車だけではなく、自転車、家具、家電製品、果ては家屋までが様々な形状で列を成している。
「マツリ!マツリダ!」
手足を生やすモノ、羽で空を飛ぶモノ、キャタピラを装着するモノ。
昔、何かで見た百鬼夜行を思い出す。
「―――ッ!!!」
異形の集団に気を取られていた秋の後方で地響きが起こる。
振り向くと、周囲の家屋が形を変え列に加わろうとしている。
手足が生えるモノ、どこからともなく現れたタイヤ或いはキャタピラを回すモノ、個々が別々の変形を見せる。
「うわわわッ!!!」
列に加わろうとする家屋やその他諸々を避ける。
距離を取り一連の出来事をやり過ごしたと思った矢先。
別方向から凄まじい轟音が鳴り響く。
見れば、秋の住むB棟がロケットよろしくエンジンを吹かせて飛び立ってしまった。
「・・・もう、一体どうなってるのよ・・・」
我が家が空を飛び、遠くなる姿を見つめ続ける。ここまで来るともう何が何やら。
間もなく周囲は落ち着きを見せる。
遠くでガシャガシャと先ほどの集団が騒ぐ音が聞こえる。
『マツリ』と言っていたが、何かあるのだろうか。
「アキ、ドウシタ?アキ?」
いつの間にか隣にはあの鍵がいる。
ここまで来ると鍵が浮遊しながら話しかけてくる程度、まだ可愛いものだ。
幸いなことに、危害を加えてくる様子はないようだ。
「それにしても・・・」
周囲を見渡すと先ほどとは打って変わって殺風景なものになってしまった。
「あ・・・!」
その中において、一際目立つ黄色が視界に映る。
「あたしのベスパ!」
非日常の中で見つける日常に安堵する秋。
が、それも長くはなかった。
「ふぇ?」
頭上に何かを察知した秋は空を見上げる。
「なッ!?」
そこには『コンビニ』があった。
正確には空から落下してきたコンビニが、そこにあった。
とてつもない速度でこちらへ飛来するコンビニ。
咄嗟の出来事に身体が言うことを聞かず、その場で立ちすくんでしまう。
『死』が頭をよぎった、その時だった。
それまで平静を保っていたベスパが突如秋に向かって走り出す。
ベスパは土煙を巻き上げながら秋の目の前で急停止する。
――乗れッ!!!――
愛馬がそう告げている、秋は瞬間的にそう感じた。
「ええいッ!!!ままよッ!!!」
意を決してベスパに飛び乗る。
秋がハンドルを握ると同時にベスパは急発進し、間一髪の所で落下するコンビニの直撃を避けた。
僅かでも躊躇えば、命は無かっただろう。
「た、助かった・・・」
ホッと胸を撫で下ろす秋。
危機を脱したことをベスパ自身が察したのか、ゆっくりと減速した後に停車した。
ベスパを降り、改めて我が愛馬を見回す秋。
しかし、他のモノとは違い自ら動く以外、変わったところは見えない。
「助かったよ・・・ありがとう」
――気にするな――
何となくなのだが、秋にはベスパがそう言った・・・様な気がした。
すると今度はベスパが向きを車道の方向に変え、ライトを明滅させて秋に合図を送る。
「・・・もう一度乗れ・・・ってこと?」
命の恩人(?)がそう言っている上に、他に行くアテもない。
秋は促されるままベスパにハンドルに手を伸ばした。
が、ベスパはそれはダメだ言わんばかりに、クラクションを鳴らす。
間を置かずシートの下に位置する収納スペースを開け、ヘルメット並びにゴーグルを取り出すよう促した。
こんな状況にも関わらずルールを徹底する辺り、どうやら我が愛馬はお堅い人格らしい。
「アキ!ノレヨ!バクソウダ!」
隣で楽しそうに鍵がはしゃぐ。
その姿に思わず笑みがこぼれる。
「なーんか、久々に笑った気がする」
「アキ、エガオ!オレ、ウレシイ!」
羽をパタパタとはためかせ嬉しがる。
「さてと、それじゃ」
秋はヘルメットとゴーグルを装着すると、いつも通りに愛馬に跨る。
すると、ベスパが自然と走り出す。
「ヨーシ!トバセトバセー!!」
自分の隣を飛びながら叫ぶ鍵。
だが、ベスパの速度はしっかりと法令順守されたものだった。
その姿に秋はどことなく祖父の姿が重なって見えた。
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