エクストリーム、如何です?
2話 ボッチがカーブで×××
「ぐ・・・ぐぅ・・・」
晴れ渡った空の下を名鳥大の学生たちを乗せたバスが走る。
バスの中では学生たちがそれぞれの会話に花を咲かせている。
唯一人、苦悶の表情を浮かべる夏原秋を除いて。
彼女、夏原秋は女子大生である。
高校三年生の春に偶然叩き出した実力テストの好成績を切欠に、今まで縁の無かった都会の大学を夢見て勉強に励んだのだが、それが災いして地元から電車で15分の名鳥市に存在する名鳥大への進学が決まってしまい、今日に至る。
現在は入学者を対象とする末島で行われた1泊2日のオリエンテーションの帰りである。
同じく名鳥大に入学した者同士で一晩を過ごすことで親睦を深めようというのだ。
と、名目上はそうなっているのだが、実際は一年間のカリキュラム作成や各学部の教授からの有難いお言葉、名鳥大の歴史をまとめたDVDの上映etc・・・。
正直、入学の際にこの為の費用1万3千円を徴収されたのだが、結果を見てみると秋としては何とも残念なモノになってしまった。
まず、秋は乗り物にあまり強いとはいえない。
実際、交流の切欠足り得る行きのバスでは案の定、車酔いを起こし、隣に座った学生とロクな会話が出来なかった。
更に到着後、秋を待っていたのは彼女がスタートダッシュを失敗してしまったことを露呈させる光景だった。
というのも、秋の周囲に友人とはいえずとも会話の相手になり得そうな人物が誰一人いないのだ。
このオリエンテーションは何も入学から2日、3日で行われたものではない。
事前に一週間の準備期間(グループ分けの為の学力調査テストが行われ、それにより分けられたグループに各学科から選抜されたリーダーたちが配属され、彼らによる大学生活に関しての説明。大学側から振り当てられたグループ担任の教授による学ぶという行為の尊さ、重要性の講義etc・・・)を置いてから行われたものなのだ。
当然、会話の機会は存在し、グループ分け後に行われた各グループ内での自己紹介は正に格好の機会であった。
が、しかし学費が低いからという理由で半ば強引に志望校を変えられた秋に、高いモチベーションなどある訳がなかった。
しかも小中高と省エネ生活で過ごした秋には趣味らしい趣味もなかった。
名前と出身校を述べて座席に座るという「いかにも」なそれで終わってしまった。
当然、秋に興味を示す学生はおらず、故にこの有様という訳である。
だが、それまで友人が出来ない学生もカリキュラム作成や、リーダー主導のミニゲームを通して一晩の内に友人を複数作ってしまう学生が多いのがこのオリエンテーションだ。
当然、秋もまたその一人、となるはずだったのだが。
それまで地元、渡町で幼稚園から高校卒業まで育った彼女にとって自分から友人を作るという経験が無かったのが災いした。
物心着く頃には周りには友人らしき人物が存在した。
中学、高校の頃にもなると流石に知り合いばかりとはいかなかったが、中学の頃は小学校の頃の友人を、高校の頃は小・中学の頃の友人たちを通じて労せずして友人開拓が出来た。
ともすれば、この様に誰一人知り合いが存在しないグループに放り込まれ、友人を作るなど秋には初体験である。
一応、渡高校からも何人かは名鳥大に進学した者はいるのだが、如何せん会話したことが無い人物ばかりであり、人と人とのコミュニケーションを取るという行為に関しての度胸がまるでない秋には彼らとの接触を図ることはハードルが高すぎた。
さて、こうなると結果は自明である。
およそ一晩誰とも会話らしい会話を行わず、気がつけば帰りのバスに乗り込んでしまった。
最後の最後、ここでオリエンテーションを振り返るなどして隣の学生に会話を振るということも出来るのだが、そこで再び立ちはだかるのが車酔いだった。
「げ・・・・ぐ・・・げぇぇ・・・」
かくして、夏原秋の大学生活は散々な始まりとなった。
「お・・・・ぐ・・・おおおぉおぉぉ!?」
大きなカーブに差し掛かった時だった。
己の中の大事な何かが、音を立てて崩れていくのを秋は感じた。
空には雲一つ無く、太陽が燦々と輝いていた。
冬の終わりを明確に告げる春風が、心地よく吹き抜けるそんな日のことだった。
†
「ぎ・・・ぎもぢ・・・わ・・・る」
バスから降り、各グループ毎の教室に分かれリーダーがオリエンテーションの全日程の終了を告げ、続いて担任から再び有難いお言葉を頂き解散となった。
兎角、新鮮な風を浴びたいと考えた秋は逃げる様に教室を抜け出した。
階段を降り、秋は名鳥大2号館入り口に辿り着いた。
主に講義全般に使用されるのがこの2号館である。
受講科目によっては、極端な話4年間この2号館に通い詰めの者もいるだろう。
また名鳥大には、学生の味方である学生生協、大量の書籍を備える図書館、講義以外にも資料作成や卒論作成、様々な用途に使用される情報処理センターなどがあるが、これら施設への連絡通路が2号館に存在する為、各施設への中継地点の役割も果たす。
おまけに2号館には営業時間こそ短いが学食も備わっている。
特に一年生の内は世話になること必至である。
さて、秋が入り口付近に到着すると、そこには同じく新入生が詰め掛けていた。
しばらくはこの入り口が今日と同じく大量の人に埋め尽くされ、それを掻い潜って講義を受ける教室まで辿り着くことを考えると、ただでさえ落ち込んでいる秋のテンションは更に下がった。
どうやら通学にJRを使用する学生たちの定期作成が行われていたのが主な要因の様だ。
名鳥市に越してきた秋にはあまり縁の無いことであった為、人ごみを掻き分け彼女は外に出た。
これでやっと人ごみに別れを告げられると安堵した秋だったが、外にはサークルの勧誘をせんが為に2号館内に勝るとも劣らない上級生たちが待ち構えていた。
オリエンテーション終了後はグループ毎の教室に分かれたとはいえ、結局2号館内のいずれかの教室に振り分けられたに過ぎない。
大学には高校までのような自分たちの教室が存在しない。
故に何かグループ全体で集まることがあれば、その都度集まる教室は変わる、が大半は今回の様に2号館内のどこかの教室を使用することになる。
詰まり、新人勧誘を行う際、2号館前に張り付いていれば自然と新入生と接触できるのだ。
「げ・・・」
桜舞う2号館入り口付近はまるで何かの祭が行われているかのような熱気に包まれていた。
「う・・・」
むせ返る様な熱気に当てられながら、秋は最近「う・・・」や「げ・・・」と呻いてばかりいるのを自覚する。
(会話らしい会話を最後にしたの・・・いつだっけ・・・)
フラフラと弱々しく歩く秋に、新人勧誘の魔の手は容赦なく伸びていく。
「居合い、やってみない!?」
「俳句興味ない?」
「漫研・・・」
「週一で球技をするサークルなんだけど・・・」
「アメフト、やらないか?」
と、様々なサークルから勧誘されるものの、車酔いを引きずり心身共に弱っている秋にはそんな事よりも早く大学の敷地内を抜け出したいということしか頭になかった。
そもそもサークルに入る意思がまるで無い為、仮に体調が良くとも秋はこれら勧誘に応じることはなかったのだが。
そうこうしている内におおよその終わりが見えてきた。
早くここを抜け出し、愛車のベスパに乗って新居に逃げ込みたい。
「も・・・もうちょい・・・」
その時だった。
不意に伸びてきた手にガシリと手首を掴まれ、強制的に足を止められる。
「ぐひぇ!?」
慌てて手を掴まれた方を振り向くと一人の男がそこに立っていた。
「な、何ですかいきなり!」
「おい、アイロニングしろよ」
「・・・・ハァ!?」
この男は一体何を言っているんだ。
いきなり人を捕まえてアイロンとは、まるで意味が分からなかった。
「・・・!」
しかも更に意味が分からないのは、呼び止めた本人が秋の顔を見ると同時に呆然となっているのだ。
「あ・・・あの・・・?」
「いや・・・デカイなと思ってな」
「・・・デカイ?」
男の目線が秋の胸に注がれるていることに気付いた。
「―――!!! さ、最低ッ!」
顔を赤くしながら秋が吼える。
普段、運動というものにトンと縁の無い秋の体系が年齢相応でいられるのは、余分な脂肪が全て胸に集まっているはずというのは秋の知り合いならば誰もが思うところである。
さて、こうなると本来ならば周囲の学生の視線が集まるところだが、周りは軽音サークルのライブ中な上、バイクサークルがエンジンを吹かしていたりということもあり、誰も気付いてない。
「む、誤解しているかもしれないが、俺は別に怪しいものじゃない。その証拠がコレだ」
男が自分の胸に掛けてある肩紐付きのゼッケンを秋に見せる。
「エ・・・エクストリームアイロニング同好会?」
「そう、そして俺はその新勧担当という訳だ」
「は・・・はぁ」
男のあまりに毅然とした態度に思わず頷いてしまう秋。
「さて、そういう訳だ。エクストリームアイロニング同好会に入らないか?」
「え?あぁ・・・じゃあ・・・って何でいきなり!そもそも、エクストリームアイロニングって何ですか?」
「む、知らないのか。ならエクストリームハンモックかエクストリーム会計ならばどうだ?安心しろ、名義はエクストリームアイロニング同好会だが、俺たちはエクストリームスポーツ全般を行っている。アイロニング以外も大歓迎だ」
「あ、そうなんですか・・・へぇ~・・・ハンモックや会計なんてのも・・・ハッ!」
気がつけばまた男の話に耳を傾けていた。
「な、何にせよ!私はサークルなんか入る予定はありませんので!」
「まぁ、そう言うな。まずは体験入会をだな・・・」
「し、失礼します!」
男がビラを手渡そうとした瞬間に秋は全速力で駐車場に向けて走り出した。
駐車場に到着するや、その勢いのままにベスパに跨り大学を後にした。
「ほぅ、180SSか・・・いい趣味をしている」
遠くなる秋の背中を見つつ、男はボソりと呟く。
秋の姿が完全に見えなくなりとほぼ同時に男の携帯電話が鳴る。
「―俺だ。どうした?」
通話相手からの連絡を聞くと、男の表情が険しくなる。
「了解だ、一先ずそちらに合流する」
そう告げると男は通話を切り、駆け出す。
時刻は18時を過ぎ、もう日が落ちかけていた。
桜舞い散る中、人混みを掻き分けて男が駆ける。
その顔には何か決意のようなものが浮かんでいた。
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