第7話

 魔王城へ向かう途中、六角先輩に会うことが出来た。

「ヨッシー! 今どういう状況なの⁉」

「とても大変な状況です!」

 真顔で頭をたたかれた。地味に痛い。

「だって、俺にもどうなっているのか分からないんですよ。魔物側はどんな感じなんですか?」

「えっとね……」

「あ、大変な感じ、とかはいらないです」

「何で! ヨッシーだけずるい!」

「無事に生きていれば、いくらでもどうぞ」

 街は大混乱。光弥の宣言によって、人間たちは反魔物に動き始めた。第七区域を統括している「第七機関」も対応に追われている。今はない政府のような存在だ。

 第七機関は、生まれた子どもにスキルや称号を持っていないか検査して、保持者をリストアップしていた。また、途中発生の者にも報告を義務付けていた。それらはスキル、称号の研究のためであり、今まで無意味とされてきた。そんなことより魔物対策をしろと。それが、こんなところで使われることになろうとは。

 第七機関はすぐに、スキル保持者、称号保持者に命令を出した。

『勇者光弥に同行し、魔王を討伐せよ』

 拒否権はない。拒否すれば区域外へ追放。そうでなくても、もう第七区域にはいられないだろう。今やスキルを持っていない人間にとって、スキル・称号保持者の魔王、魔物討伐は義務となってしまった。

「ヨッシーも呼ばれてるの?」

「報告してないんで大丈夫です」

「え、良いの? て言うか、店のお客さんにはバレてないの?」

「大丈夫です。問題ありません。お客さんには、ちょっと筋力がゴリラな高校生って思われてますから……」

「それはそれで……」

 悲しくなるんで、それ以上は言わないでください。

「とにかく、場所を移しましょう。店で良いですよね」

「そうだね」

 店長のことだ。こんな時でも店を開いている気がする。



「いらっしゃいま……、何だ。君たちか」

 店に着くと、案の定、店長はいつも通り店を開いていた。流石にお客さんはいないだろうと思っていたのに、こんな時でも何人か座っていた。何なんだこの人たち。この店だけ時間軸が違うのか?

「君たちか、じゃないですよ。何しているんですか、こんな時に」

「何って、見て分からない?」

「ケーキ作ってるねー!」

 六角先輩が満面の笑みで叫んだ。現実逃避で目が虚ろだ。

 店長、言いたいことはそうじゃないんですよ。

「あぁ、外が喧しいと思ったら、そういうことだったのか」

 お客さんには悪いけど店を閉め、事情を知らない店長に説明した。何でこの人はこうも暢気なの?

「ヨッシーはこれからどうする?」

「俺は、守護者として行きます。勇者側にも魔物側にもつかず」

 もちろん、顔は出せない。俺の顔を知っている魔物を刺激してしまうかもしれないし、何より勇者殿がうるさい。

「守護者って言って、信じると思う?」

「なら、これを使うと良い」

 店の奥、二階の住居スペースへ続く階段を下りてきたのは、羅刹さんだった。珍しく法衣を着ている。なぜだろう、溢れ出る胡散臭さのせいで、霊感商法業者のようだ。

「何で羅刹さんがここに?」

「龍之介とは旧知の仲でね。魔王城なんかに行って死にたくないから、逃げてきたんだ」

 羅刹さんは俺に黒いロングパーカーと手袋、そして面頬を渡した。ちょっと古びている。六角先輩が一瞬、嫌そうな顔をした。

「これは前の守護者が使っていた防具だ。魔王と相討ちになった時の物は壊れてしまったけれど、同じ物をまだ持っていたから回収しておいたんだ」

 ちゃんと洗濯して破れは繕ってあるよ、と笑う羅刹さん。

 先代の防具。先代は魔物の活動が活発な時代の人だ。当時の魔王は志鶴の父。志鶴と違って、人間を服従させ、恐れさせ、そして拷問によってなぶり殺すのを楽しんでいた。魔王と魔物から第七区域の人間を守っていた先代。誰にも聞けなくて、ずっと心の隅で気になっていた、その人の一部。先代はどんな思いで戦っていたのだろう。


「あー、何かやだなぁ。ヨッシーだって分かっているのに、あの人間を思い出すよ。せめて今だけで良いから、面頬は外しておいて」

「分かりました。とりあえず、今、第七区域は人間と魔物の全面戦争の危機に瀕しています。仮にこの場をしのいでも、上手くまとめられなければ、あの馬鹿勇者がやらかします」

 いつになく真剣な表情の三人。まだ数少ない大切な俺の手駒。

「六角先輩は魔王城へ戻って志鶴のサポートをお願いします。出来るだけ、魔物に人間を殺させないようにしてください」

「オッケー。じゃあ、全部終わったら、遊びに付き合ってよね、ヨッシー」

「ご無事で」

 六角先輩は鬼に戻ると、煙と共に消えた。

「……いくら羅刹さんでも結界は張れないか」

「張れるよ。由影くんに張れば良いのかな? 僕の力の一部が君を覆っていると思うと、何だかゾクゾクするね」

 羅刹さんは恍惚とした笑みで俺を見つめている。俺はゾッとする。絶対嫌だ。

「この店に結界を張っておいてください。店長は……、俺が戻るまで、新しいメニューでも考えておいてください。いくつでも良いです。いっぱい。あぁでも店は開いちゃ駄目ですよ」

「まぁ、死にたくないからね。早く終わらせてきなよ。でないと、六角くんと二人で大量の試食をするはめになる」

「それは困りますね。その時は羅刹さんにも頼みましょう」

「えー、甘いのは嫌だよ?」

 くすくすと楽しそうに笑う。

 この店にもまた人や魔物のお客さんを呼べるように、俺もやるべきことをしなければ。

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偽英雄 海野夏 @penguin_blue

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