第6話

 この区域は比較的平和だと常々思う。時折、躾のなっていない魔物がいるが、志鶴のお陰で基本的に魔物の統制が取れている。だから人間は今もなお、魔王襲来以前とあまり変わらぬ生活を送ることができている。

 俺の目標は、人魔共生。

 人間はまだ、魔物への恐れが抜けずにいる。それは仕方ない。どうしたって、圧倒的な力の差は命を脅かす。脅威、恐怖は拭えない。いつ自分の身に降りかかるか分からない火の粉。どうして恐怖がなくなるだろう。

 魔物は魔物で、人間に対する嘲りが残っている。弱い人間は魔物の支配を受けるべき、そんな考えの者はまだいる。組織の末端に行くほど、命令は浸透しにくい。それは人間も同じ。些細な誤認から話は曲がり、さらにヒトを介することで曲解され、間違った情報が伝わる。

 先は長い。俺に出来ることは何だろう?

「まぁ、まずはこいつを大人しくさせることかな」

 飛びかかってきた魔物の顔面に、拳を叩き込んでひとりごちた。

 また勇者殿の取りこぼしか。残飯処理じゃあるまいし、いい加減にしろよ。



「みんな! 大変だよ! 光弥くんが!」

「えっ、光弥くんがどうしたの⁉」

「何があったんだ⁉」

 教室に一人の生徒が飛び込んできた。うちのクラスの生徒だったか? 息を切らして、酷く汗をかいている。一体どこから走ってきたんだか、どこで聞いてきたんだか、こういうお知らせ係のような奴はどこにでもいるよな、と思わず半目になる。

 今度は光弥が何したんだ。

「光弥くんが、魔王城に挑むって!」

「何だと⁉」

 思わず立ち上がると椅子がガタンと勢いよく倒れた。しかし教室の誰もがその知らせに騒ぎ出したため、俺に注目する奴は誰もいなかった。

(ふざけるな、馬鹿勇者……っ。俺が今までやって来たことを無駄にするつもりか? と言うか、馬鹿だろう⁉ お前、三ヶ月前、六角先輩にぼこぼこにされたの忘れたか! 死ぬつもりか⁉)

「おい、光弥は今どこにいる?」

「え、宇野?」

「早く答えろ! 光弥はどこだ!」

「ちょっ、落ち着いて! 首絞まってる!」



 光弥は三ヶ月前の戦い、と言うにはお粗末なあの決着を認めていなかったらしい。

 仲間の三人が療養している間、一人、街で魔物を狩っていたのは知っていた。目についた小さな魔物を根こそぎ殺し回っていたからだ。アイツは自分が強くなったと思っているんだろう。確かに見ていて、魔物一体にかける時間が短くなった、とは思う。だが、それは相手にしていたのが弱い魔物ばかりだから、そして慣れだ。それだけでは、先輩のような強い魔物、魔族のイレギュラーな攻撃、戦いの展開についていけない。まだアイツには経験が必要だ。

 光弥の戦い方は変わった。今までのような正統派の戦い方が減り、暴力的な戦い方をすることが増えた。剣で斬るのではなく、殴り倒す。倒れた魔物を踏みつけて何度も剣を突き刺す。生きたまま、腕、足、胴体、バラバラにする。初めて見たときには、さすがに俺も自分の顔がひきつるのが分かった。

「魔物たちが殺気立ってるっていうのに……」

 勇者殿が小さい魔物を狩りまくっていたせいで魔物たちが殺気立っている、と志鶴が言っていた。本当に面倒ばかり起こすな、アイツは……。

 さっきの生徒曰く、光弥は学校近くの区民公園にいるらしい。急いで向かうと、そこには何やら人垣が出来ていた。

「魔物は悪だ! みんなの暮らしを脅かす魔物は、一匹残らず殲滅すべきだ!」

「そうだそうだ!」

「俺は仲間を失いかけた。きっとみんなの中にも、魔物に大切な人を殺された人がいる。俺はもうこんな思いしたくないし、みんなにもしてほしくない。だから、俺は魔王を倒す! これは俺たちみんなの戦いだ! 魔物は悪だ! 全て殺せ!」

「勇者万歳!」

 光弥の声に、集まっていた人たちが歓声を上げる。その目は光弥に釘付けで、悪い意味で、その場の人々の心は一つになっていた。これは本格的にやばいかもしれない。

 とにかく、早く手を打たなければ。このままでは、魔物と人間の戦争が起きる。




 おれの だいじな かげちゃん

 おれが こわいものから まもってあげる

 だから

 ずっと いっしょだよ

 やくそくだからね


 にげちゃ だめだよ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る