第5話 守護者の日常

 朝起きて、まずやることは魔物退治。

「おっはようございまーっす!」

 朝一の運動だ。これをしないとシャキッと目覚めない。元気良く魔物に挨拶しながら、急所に拳や蹴りを叩き込んでいく。この時、笑顔を忘れてはいけない、それがポイントだ。キャラ崩壊なんて気にしちゃいけない。

 とは言え、無差別に倒しているわけではない。この区域の魔王の手下の魔物は角が生えているため見分けやすい。それ以外、例えばオオカミのような魔物は、

「いってらっしゃーい!」

 日頃の鬱憤と一緒に、区域の外に届くほど、殴り飛ばしてしまおう。

 この区域の魔物で向かって来るものは、俺の目的は魔物殲滅ではないから、とりあえずぼこぼこにしよう。向かって来なくなったら、飴をあげよう。イライラしている時には糖分を摂ると良いらしい。俺は勇者殿にいつもイライラさせられているから、飴は常備している。

「どうぞ」

「え、あ、どうも。……じゃなくて! 何だこれは!」

「飴ですよ。あ、イチゴ味嫌いでしたか? じゃあ、こっちのレモン味もあげますね。それは友達とか家族にあげて下さい」

「おう、ありがとう。……いや、そうじゃなくて!」

 最終的に飴を受け取ろうとしなければ、無理矢理口に突っ込んでしまおう。そうすれば、魔物は反抗するのも馬鹿馬鹿しくなって帰って行く。

「またのお越しをお待ちしております!」

「おう、また飴もらいに来るぜ!」

 そう言えば、この前ぼこぼこにした魔物達に飴あげるの忘れていた。まぁ、済んだことは仕方ない。あの時は急いでいたし、今度会ったら口に放り込めばいい。


 家に帰って学校へ行く準備をし、出来るだけ早く学校へ向かう。理由は、勇者殿に会いたくないからだ。まぁ、勇者殿は大抵遅刻ギリギリに来るか、欠席するかのどちらかだから会うことはないだろうが、万が一ということもある。満足に倒せもしない魔物を追って来てばったり、なんてこともなくはない。

 今日も無事に、勇者殿に会うことなく学校に着いた。が、奴もすぐ後に来た。

「由影、おはよう!」

「……おはよう、光弥」

 こんなに近くにいるんだから、そんな大声で言わなくても良いだろ。馬鹿なのか? 馬鹿なのか。……飴食べよう。あ、ミルク味だ。

 勇者殿は今日も自分の武勇伝(笑)を皆に語っている。本当に倒せたのは何体なんだろうか。飴がガリガリ小さくなる。


 昼休みは屋上で魔物退治。鳥みたいな形の魔物を小石で撃ち落とす。鳥魔物は余所の区域の魔物だから、容赦しない。もちろん、飴もやらない。

 身体強化のスキルは結構応用が利いて便利だと思う。指を強化すれば、すごい威力のデコピンが出来る。肩から腕を強化すれば、重いものを簡単に運べたり、遠くまでものを投げたり出来る。全身を強化すれば、物理攻撃に関してはほぼ無敵に近い。前に魔物が剣で斬りつけてきたそれを、強化した腕の筋肉で防いだことがある。身体は無傷でも心は重傷だった。どんどん人間離れしていくな……。

 何だか下の方が騒がしい。

「待ってろよ、魔物!」

「光弥、そんなに急いだら転んじゃうわ!」

「待ちなさいよ! アンタ一人、いっつも突っ走るんだから!」

「みんな待って! 私も行くよ!」

 勇者殿達が小学生のようなテンションで、ワーッと駆けていく。まだ授業は残っているというのに、魔物退治に行くらしい。今日はどれだけ倒せるんだか、放課後が恐ろしいな。ちゃんと倒すんなら倒せよ。


 午後の授業は勇者殿がいなかったおかげで、サクサク進んだ。とっても快適。問題を解いている最中に話しかけられることもないし、それを無視して先生に怒られることもない。九条は皆のために戦っているんだからサポートするのがクラスメートの役目だろ、と言うなら、勇者として区域の人間のために頑張ってる俺のこともサポートしてくれと思う。俺の場合は秘匿しなければならない理由があるから声を大にしては言えないが。

「おーい、飴の人間!」

「あ、もしかして」

 帰り道、目の前に霧と共に現れたおじさん。若干人間らしくしているが、やっぱり鬼だ。角があるし、肌が不自然に黒い。日焼けの黒さじゃない。そもそも、霧と共に現れる時点で人間じゃない。ここが大通りじゃなくて良かったな。

「おう、今朝は悪かったな。帰ってから、魔王様にこっぴどく叱られたぜ」

 ハハハと笑って頭をかく鬼おじさん。くたびれ具合が会社帰りのサラリーマンみたいに見えなくもない。ここの魔王は平和主義だから、無意味に人間を襲うのを嫌う。おじさんよく無事だったな。

「そうそう、今朝もらった飴すげぇ旨かったぜ。でな、頼みなんだが……、まだあの飴あるか? 実は飴ってやつを初めて食べてな。家族にも食わせてやりたくなってよ」

 この手の魔物はよくいる。魔物達は結構甘党なんだろうか。この区域の魔物だけだろうか。

「……無理か。魔物だからな。頼みを聞いてもらえないのは仕方ねぇ。だが、うちには小さい娘と息子がいるんだ。この前、遊んでいる時にうっかり魔王城の外に出ちまって、運悪く勇者に襲われてな。二人とも大怪我だ。可哀想に、今も動けない。元気もない。だから、飴を食わせてやりてぇんだ。そうしたら、元気が出るかもしれねぇだろ?」

「今すぐ買ってきます!」

 何だよ、勇者殿の被害者家族かよ! うちの馬鹿がすみません! もうやけくそだ! 飴でも何でも買ってきてやんよ!

 バラエティーパック二袋を買ってきて渡すと、おじさんは嬉しそうに笑い、礼を言って帰っていった。良い人だよな、魔物だけど。勇者殿にはちゃんと相手をよく見てほしい。魔物だから、人間だから、どう違うんだ。魔物にも人間のような心がある。人間にも魔物のような、いや、それ以上に残酷な心持ちの奴がいる。

 どうか、よく見て、知ってほしいんだ。



 今日はバイトは休みらしい。龍之介さんが新作メニュー考案中で立入禁止なんだ。このまま帰るか。ぐるっと街を見回ってから……。

「だ、誰か、助けてーっ!」

 叫び声。急いで向かうと、少女二人が狼魔物に囲まれていた。こういう時こそ勇者殿の出番だと思うんだけど!

 唸る魔物は今にも跳びかかろうと身体を低くし、片方の年上らしき少女は年下の少女を守るべく、その前に立ち盾になろうとしていた。

 身体強化を発動してスピードを上げた俺は、周囲の魔物を蹴散らし、跳び上がり少女に喰らい付こうとした魔物を間一髪で殴り飛ばした。まだまだ周囲には魔物がいる。こいつらどこから湧いてきやがった?

 勇者殿にバレるといけないから、ゆっくりもしていられない。一匹拳一発で確実に仕留める。他方向から来る奴も蹴りで仕留める。次第に減る狼魔物。やられる仲間を見ても逃げず、喰らい付こうとする。が、弱いからやられる。

 この場では、俺が強者だった。きっと勇者殿はこういうのをやりたいのだろう。

 最後の魔物を仕留め、少女たちの方を振り返ると、明らかに引いていた。言いたいことは分かる。あの量の魔物相手に肉弾戦で完勝、なんて普通じゃないよな。



 少女たちを家まで送り届けた俺は、魔王城へ向かう。魔王城へ入ること自体は簡単だ。市民公園の近くのアパートの一室から、魔王城へ繋がっているからだ。このアパートの一室、かつて志鶴が使っていた部屋だ。その合鍵を貰った俺は、魔王城内へ入ることが出来る。特殊な術が掛かっているらしい。いや、別に鍵を使わずとも開けることは出来る。出来はするが、この鍵を使わずに開けた場合、ただのアパートの一室でしかない。志鶴の趣味のものが貯めてあるだけ。縄にロウソク、鞭、手錠、なんてものから、モザイク必須なものまで。流石にすぐ閉じて鍵を使った。

 魔王城へ入ったは良いが、魔王の生活スペースに行くまでが長い。勝負を挑んで来る奴、文句を言って来る奴、飴をせがんで来る奴。全員の口に飴を放り込んでいく。味は、まぁ、良い子には美味しい飴を、悪い子には苦い飴を、ってな。もちろん家族友達のためにもらいに来る奴は前者だ。

「ただいま〜」

「おかえりなさい。今日もお疲れ様!」

 扉を開けると待ち構えていた志鶴が抱きついてきた。首に志鶴をしがみ付かせたまま手洗いうがいして、志鶴を引き剥がして俺の私室から追い出して服を着替える。

「開けてよ! 着替え手伝ってあげる! 何もしないから!」

 ドアをバンバン叩く音が聞こえるが無視。前に観念して部屋に入れたら、身体を撫で回されたりにおいを嗅がれたり舐められたり、とにかく気持ち悪かった。

「良い加減にしなよ、志鶴。悪い子にはお仕置きだからね」

「お、お仕置き……!」

 あ、だめだ。逆効果だ。目を輝かせてるのが扉越しでも分かる。

「はぁ、はぁ……、私悪い子だから、お仕置きしていいわよ!」

「えー……。じゃあお仕置きしないというお仕置きで」

「そんなぁっ!」

 ぐすぐすと扉の向こうで泣く志鶴を放置して着替えを済ませ、宿題を始める。しばらくして志鶴は夕飯の用意に戻ったようで、良い匂いが漂ってくる。今日は夕飯何だろう?

 宿題と復習と予習を終え、部屋を出ると扉の前で志鶴が正座待機していた。

「もういい?」

「仕方ないね」

 そう言った途端飛びついてきた。ぎゅうぎゅうと抱きつく志鶴の頭を一度撫でた後、引き剥がす。

「また後でね。お腹すいたよ」

「あら、私ったら。今夜はね……」


 夕食の後は片付けをした後、志鶴を戸の前で待たせてお風呂。待てって言ったらちゃんと待ってる、志鶴は良い子。出た瞬間飛びかかってくるけど。

 志鶴にタオルとドライヤーで髪を乾かしてもらいながら、今日一日の話をする。別に自分で乾かせるんだけど、って前に言ったことがある。そしたら志鶴は泣いた。以来好きにさせている。ちなみに、前に志鶴の髪を乾かしてやったら感極まって俺にしがみつき話しかけても肩を揺すってもそのまま、しばらく使い物にならなかった。俺も動きづらいし邪魔だ。だから今では、志鶴のご褒美ということになっている。

 今日は家へ帰るけれど、このまま魔王城へ泊まることもある。帰る日は志鶴がしつこく引き止めるのを引き剥がし、六角先輩がいれば押し付け、鍵を使って志鶴の居住スペースの扉から出る。あら不思議、何の変哲もないアパートの扉の前。一つ思うことは、志鶴の居住スペースからここへ出られるなら、ここから直接志鶴の居住スペースに行けるようにしてくれれば良かったのに。


 家に帰ると、親父も母さんも居なかった。それぞれ出掛けているらしい。俺のことを見なくても良い。無事ならそれで良い。生きてさえいれば、それで。

 風呂に湯を沸かして、シャワーをサッと浴びると湯船に浸かる。脳内を色んな可能性が過ぎ去る。

 やっぱり、魔物達を滅ぼし、人間を生かす方法は見つからない。

 だから今は、人魔共生が最良。

 風呂から上がると、冷蔵庫から水を取り出して一気に煽った。魔王城から帰ってきたら、どうもこの家はがらんとしていて。何となく、寂しくなった。

 考えるのはもうよそう。

 明日も朝早いんだから。

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