メビウスの輪

群青更紗

2015.04.15


 メビウスの輪が永遠の象徴だなんて、誰が最初に言い出したのだろう。

発見者本人だとは思いたくない。

 だって、彼には何の罪もない。と、思う。

きっと。


 ――もしもし、一条です。……あら、久しぶりね美智恵。どうしたの?急に。珍しいじゃない、電話なんて。

 え?……そう、私は相変わらず。そうね、もう十年。自分でもびっくりよ。……うん、まさかね、生計立てられるようになるなんて思ってもみなかったから。何でも続けてみるものね。

 それで?美智恵は元気なの?……ええ、いいわよ、聞かせて。……またそうやって抽象的な!……もう。でも確かに、それは辛いわね。うん……うん。

 え?……あるわよ。……違う違う、呪いじゃないわよ。もう。……そんなの一度だって教えたことないじゃない。お祓いはしたけど。……なるほど、了解。

いいわよ。簡単よ。

 まずね、白い紙を用意して。……うん、それでいいわ。それを、適当な長さの帯になるようにして。……そうね、縦は一センチもあればいいけど、横は長めに。一文書けるぐらいだから、二十センチくらいかな。……そうね。そしたらね、それに、今断ち切りたいことを書くの。黒のサインペンで。……どちらでも良いわよ。あ、でも油性の方が良いかも。……うん。書けたらメビウスの輪にするの。え?……やあねえ、算数か数学の授業で作った事ない?……だよね、ごめんごめん。そう、ひとひねりしてから、端っこと端っこを糊で繋ぐの。……そう。そしたら、糊がきちんと乾くように、一晩置いて。

 ここまで大丈夫?……オッケー、それじゃ最後。

 出来上がったメビウスの輪をね、切るの。……そうね、手でも良いけど、鋏を使うのが無難かな。思い切り、スパーンと。で、ただの帯に戻ったものを、燃やす。灰は冷めてから捨てて。……うん、そう。それでも良いわ。そっか、昔よくやったね、そういうの。

 良かった?……え?

……そう、『メビウスの輪を切る』、っていうのがポイント。うん、……うん、いいわよ、それでも。断ち切りたい事がはっきり書いてあるなら。

あとは大丈夫?……えん、また何かあればいつでも聞いて。

 うまくいくといいわね。何か知らないけど。……うん、うん。

それじゃ、またね。


 半月ほど後、とある貴金属買取屋に曰くつきの物品が持ち込まれた。プラチナの指輪二本だが、どちらにも不自然な切れ目がある。

 売人によると、自分が弁護士として担当した離婚夫婦の結婚指輪だという。

離婚理由は夫のある行動で、積年と共に負担となったという妻からの訴え。法的にも成立可能だったが、夫が頑なに拒否し続けていた。

それが先日、何度目かの話し合いの場で、それまでの膠着が嘘のように離婚が成立したのだそうだ。そのきっかけがこの指輪で、妻が夫の指輪を取り上げ、ペンチでブッチリやった。呆気に取られる空気の中で、妻は自分の指輪も同じように切った。それを見た夫が、茫然としながら離婚届にサインしたのだと、と。

 買取屋の主人は切られた指輪をまじまじと見た。プラチナ製で、輪の途中に一回ひねりが加えられたデザインだ。裏には「Eternal Love」の文字と、夫婦が贈りあった事を示すイニシャルらしき文字を含めた刻印があった。切れ目は「Eternal」と「Love」の間に入れられていた。

「プラチナを切るって余程の思いだねえ。長いこと商売してるけど、こんなのは初めて見たよ」

 主人が言うと、売人は頷いた。

「ええ、私も初めて見ました。無事解決して良かったです。それで、こちらのお店では、買い取り後に腕の良いお祓いをして貰っていると聞きまして」

「ああ、知ってるのか、なるほど。任せときな、しっかり祓って貰うよ。こっちも怖いからな」

「お願いします」

 二人は笑い、売人は料金を受け取って帰った。主人は見送ると、早速祓い師に電話をかけた。

「もしもし、一条さんか?すまんな忙しいところ。ちょっとな、急ぎで頼みたい仕事が入ったんだが……」


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メビウスの輪 群青更紗 @gunjyo_sarasa

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