エピローグ ~鎮魂曲~

 目が覚めると、響は廃墟のなかにいた。

 壁と屋根の一部が残されているだけで、あとは燃え落ちてしまっている、幽月邸。ぼろぼろで、もう建物として機能していない。当然のことながら、内装も調度品も何一つ残っていない。


「……うそだろ」


 起き上がり、あたりを見回す。


 草ぼうぼうで、荒れ果てた敷地。


 あれは夢だったのだろうか。


 朝陽の昇るなかで、響は座ったまま ぼんやりと考えた。


 記憶を失い、墓地に留め置かれていた美少女。


 愛を失い、絶望してすべてを燃やした美青年。


 美しいヴァイオリンと、ピアノの音色。


 ──ヴァイオリン!


 身じろぎした響の手が、なにか固いものに あたった。

「いてっ」

 見下ろすと、黒いケースが置かれている。


 胸がどきりと揺れた。


 どきどきしながら、ケースを開ける。


 そこには、完全無欠の美しさを放つヴァイオリンがあった。


「まじかよ」


 かなり古く、それでいて状態もいい。

 ケースの中に、小さなカードが入っていた。

「これ……」

 響は微笑む。

 そして、隣に落ちていた、もうひとつの小さいケースを開けた。

 ヴァイオリンの弓と、松脂。

「弾いてくれってか」


 響は立ち上がり、ヴァイオリンと弓を手にした。


 モーツァルトのソナタ、ホ短調、K.304(300c)、第二楽章、Tempo di menuetto。


 どこからか、ピアノの音が響く。


 響は弓を振るった。


 125年の時を超えて、ようやく一緒になれた、切なく美しい ふたりのために。

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幽月邸の夜 ~La dimenticanza~ 汐凪 霖 (しおなぎ ながめ) @Akiko-Albinoni

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