スコットの感覚

@yjsan

スコットの感覚

「いまだによくわからないのだけど」

「うん」


スコットは彼の友人、ジョシュに問いかける。ランプシェードに照らされた2人の影は、かすかに揺れている。


「どうしてあのとき、きみはあぁしたんだろう?」

「抽象的すぎるな。いつ、どこで、ぼくが何をした話だい?毎度のことだけど...」

「あー、はいはいわかったわかった。えぇと、そう、あれはたしか...雪が降ってて…。あぁだめだ『いつ』だったかなんて明確に思い起こせる気がしないよ。」

「それもいつものことだね。だから君との話は抽象的で、ふわっとした話になってしまって、そこから何も得る事ができない。」

「…」

「君がどんなふうに空想しようが勝手だけど、そんなもの目の前に出されたところで、誰も彼も困ってしまうよ?」

「あぁもううるさい、毎度毎度!仕方ないだろう、好きでそんな風にしているわけじゃないんだ。一体全体僕には不思議だ。どうして君も彼らも、あぁもはっきり話してしまうのだろう。決めつけてしまうのだろう。僕がはっきりと言えることは、そうだな、ご飯を食べることと、睡眠をとること、それは好きだし、大切にしていて、だから…」

「…だから?」

「...君は底意地が悪い。...友達だって少ないのだろう?」

「そんなことはない!友人ならけっこう…」

「『友人』じゃない、友達だ!きみは無意識のうちに言葉を、概念を、変換したよ。」

「…」

「僕らはそこそこ長い付き合いで、でも果たして、そう、友人ではあるに違いないけれど。」

「…」

「…」


スコットは一つため息をついた。淹れたての紅茶が飲みたいと思った。暖かい飲み物はいつも心に寄り添ってくれる。


「紅茶を淹れよう」


突然のジョシュの提案に、スコットは少しはっとした表情をした。意識がまた地面に戻ってきてくれたような気がした。


「そうしよう、実はね、おいしい紅茶をこの前見つけて買ってみたんだ。『グレープフルーツフレーバードティー』なんて言ってね。」


スコットは立ち上がり、テーブルの上のアルミの缶を手に取る。


「面白いんだ。店員がね、必ず『フレーバードティー』っていうのさ。『ド』っていうのが大事なんだそうだ。ed(イーディー)、たしかに、それは正しい事だよね。」

「...そう。」

「フフ。さぁいまお湯を沸かしているから、もうしばらく待ってくれよ、親愛なる?ジョシュくん。」


-----


2016年6月9日


今日の仕事は最悪だった。いや、最も悪いうちのひとつ、だった。怒られたとか、ミスをして迷惑をかけたとかそんなことではないんだ。そんなことだったら、対策だっていくらでもしようがある。違うんだ、もっと根源的な、どうして、なんで、生きているのか、とか、そんな曖昧な…。あぁ、いつだって形にすることは難しい。


今日は久しぶりにジョシュを招待したんだ。彼の髪の毛はすっかり短くなってしまって、あれじゃあ「私を仲間に入れてください」といろんな人に触れ回っているようなものだ。羨ましくなどないさ。


彼と話をしても、なんていうか、あまりいいことでもない。あぁ嘘だ、よかった。僕はまた少し前を向けたじゃないか。前、方向、後ろ、あぁまたこのはなしか!


-----


お湯を沸かしている間、2人は何も喋ろうとしなかった。だから、部屋の片隅から聞こえる水の沸騰する音も、鮮明に、かえって強調されて彼らの耳に届いた。


ことことこと…。ぷくぷくぷく…。


水は形を変え水蒸気になった。天井へと向かっていく。喉が渇いたなぁ。スコットは立ち上がり、コンロの火を止めた。アルミの茶葉入れから適量の茶葉を蓋に入れて、そのまま勢いよくティーポットに入れる。沸騰したばかりの水は部外者を見つけて不満そうに泡を立てたが、すぐにおとなしくなった。


「さて、紅茶を入れたよ、ジョシュ君。」


気をとりなおすかのように、スコットは少し声を大きくして話しかけた。


「ありがとう。...ん、確かにこれはグレープフルーツの…柑橘系の香りがするね。…うん、これはたしかにうまい」

「そうだろう?たまにはいいこともあるんだよ、僕にだってね。」


ジョシュはスコットの言葉の端に表れる不幸的な響きに少しため息をついた。出会ってからもう6年ほど経っていたが、かれのそういったところはあまり好みではなかった。『青いものに、「青い」といっているようなものだ』。かつてジョシュはそういってスコットをたしなめた。


2人は暫く紅茶を飲んでいた。時折、それぞれがため息をついた。どちらのため息も『空白』、『虚ろ』、そんなものを体現しているかのような音をしていた。


-----


2016年6月9日


「あのとき」とはいつのことだろう。


家に帰ってからスコットが話していたことを思い出して、少し考えてみたけれど、まったく思い浮かばない。「雪がふっていた」というのは大きな手がかりだとは思うのだけれど、なにより情報が少なすぎる。答えのないクイズほど悲しいことはない。


久々に、昔のように、スコットと会話をした。昔の友人に会うと、昔のことを思い出す。生きている人の誰もが、同じように昔のことを思い返すのだと思う。昔はよかった、昔は最悪だった、昔は…。


時間を持て余すと、ろくなことがない。また忙しい日々が待っている。僕は意図してそれを選んだんだ。僕は弱い人間なんだから。

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