6-4 黒き破壊者
スター・ロマンサーが消えた後、レイゴオウは水田の中を森林に向かって歩いていた。やがて森林の中から突き出して見える一つの山の様な塊を確認した時……ノボルは確信した。ムゲン・シグマのカタチが覆いかぶさり、沈黙しているという事に。その状況が見れた時、レイゴオウは二人の意思によって足を止めた。
「何故だ」口走ったのはジンだ。「どうしてアレが……」
何の話だ? ノボルが訊こうとした時、通信の音が。ノボルは安堵の息をつく。それは、ホノカからの通信だったからである。
「ホノカ!心配して……」
『来るなッッ』
ホノカが最初に放った銃弾の様な強烈な声に、ノボルは小さく開けた口を止め、震わせた。
「一体何が?」
『まだソラゾクが残って……』
甲高い音。
鉄の擦れ合う音の様な、咆哮。
哀しげな残響。
レーダーが感知したのは右方、森林の中。
ドットの集まりが朽ちる様に、森林の向こう側に沈む夕日という風景が剥がれ落ちているのを、ノボルは視認。別ウインドゥでフォーカス・アップ。間違いない……
「光の迷彩ッ!!!」ジンは叫ぶ。
「敵だ」ノボルも確認するように口を開く。
レイゴオウは姿勢を低くし、その巨大なモノの接近に備える。黒い人型の身体。尖った装飾。赤いゴーグルの様な目が光れば、腕に取り付けられたチェンソー・アーマーは獣の様な唸り声をあげる。そして……チェーンソー・ハンドが地平にぴったりとくっついた時!その異形の人型怪獣、ムゲンシアはレイゴオウに対して猛進を始めた。
巨体の進む先に在る木々、土、全てのモノは吹き飛ばされ、宙に舞いあげられ……進む先はぱっくりと割れた傷口の様な、「道」へと姿を変える。
「来るのかよッ」
「ジン!」
「わかっているッ!!!さっきの熱量もまだ……冷めてはいないのだから」
レイゴオウのエネルギーは急速に高まり、口からは光が漏れ……そして。
内側の爆発音が、レイゴオウの身を崩した。
「!? ハングアップかッ」
「冗談じゃない、こんな時に!」
猛進を続けるムゲンシアはU字型のチェーンソーの片方、その先端をこちらに向けた。
十字の煌めき。
チェーンソーの凹部は赤く輝いたかと思えば……
その中から!見よ、光の束が吐き出された!
レイゴオウの肩部目がけて伸び。
それは命中し、生体部分の一部を焼く。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッッ」
「……んノヤロオオオオッッッ!!!」
ジンの怒りのエネルギーが腕の剣へと集中し……その光を引き裂いた。
真ん中から、水流の様に分かれ飛び散る光。
炎がパッと飛び散り、火薬を連ねたモノが次々と点火されていくように、
レイゴオウの背後に炎の山が立ち上がる。
それに気を取られたレイゴオウは、空中から放たれる拡散光線に戸惑い、
腕でそれを防御。
そう空中から……ムゲンシアの身体は空高くに。
レイゴオウに向かって落ちてきていた。
翼で飛んだのだろうが、落下は重力に身を任せている。
50m級のボディ・アタック!恐ろしい、とノボルが感じた時には——
ムゲンシアのゴーグルの紅い光が、すぐ目の前まで、そして……
黒き破壊者の容赦無いチェーンソーの轟きが、レイゴオウの首を抉る。
という幻想。
またも、反応したのはジン。
レイゴオウの剣の切っ先が煌めき。
衝撃。身体が押し出された感覚。
突きつけられたチェーンソーに、目を走らせるノボル。
チェーンソー・ビームの射出口は、しっかりと塞がれていた。
白く光るレイスィクル・オリジンの突きによって。
二つの巨体は睨みあう。
ゴーグルの光が右から光へと流れる時、レイゴオウは生物の様に瞬きを繰り返す。
「何だこのムゲンは……!? かつてない禍々しさとパワーを持ち合わせているッ」
『見掛け倒しだと思ったか?』
スピーカごしの声は低く腹に響き渡る様な声音だ、とノボルは思う。
「何がやりたい貴様ァ!!」叫ぶジン。
『そのレイゴオウという機体を奪いに来たのさ』
「成程……不届きものだな! 名前を訊きたいモノだッ」
『ならば名乗ろう』
ムゲンシアのチェーンソーが高速回転を始めれば、
レイゴオウの刃は火花をあげる。
レイゴオウは離脱。
ムゲンシアの拡散光線が、追撃。二発。
光の線と火花が、交互に散華。
よろめくレイゴオウ。
剥げる生体の肉片が、
水田に落ち、破壊の水柱をあげる。
濡れた土を抉るほどの。
『俺の名は、ゴーシュ』
唸るチェーンソーの攻撃を、よろめく巨体は避けきれず。
機械で合成した様な恐ろしく、はかなげな咆哮がレイゴオウを切りつける。
赤色の血がパッと弾け、雨となる。
『しかし——これ以上「それ」を傷つけるワケにもいかねえな』
ムゲンシアのチェーンソーは回転を止める。
だが、それは素早く振られ——
レイゴオウの首元へ。首を挟み込む。
即ち、レイゴオウは動けなくなった。
「何ッ……ここまで追いつめられるとはッ」
『万全でない相手に対しても容赦はしねえ、おとなしく捕られちまいな』
「いやだッ」
『大事な機体なんだろ?』
「許せん」
『ここで首をねじ切ってしまっても……』
「黙れッ!!! ソラゾクめ……そうはさせるか! 貴様らガイタスを焼き尽くすまで……このレイゴオウは動き続けるのだッ!!!」
『……そうか、感動的だな』
その時、唐突な計器音が緊張を裂く。
「今度は一体!?」
「ジン……この急上昇している目盛りの無いメーターは何だ?」
「——」
それに気を向ける余裕さえ無さそうなジンが、目線だけそちらに向ける。
そして……
今の今迄ノボルを包んでいた、熱く煮えたぎるような感覚がフッ、と消えた。
それを以て、レイゴオウと自分を繋ぐモノはなにひとつなくなった。彼がそう感じた、その時だった。——爆炎が、レイゴオウを包み。ノボルとジンは……射出された。脱出ポットへと役目を変えた、コクピットによって。
空も地平も分からなくなるほどに回転を繰り返しつつ、水田に水の柱をあげ、着陸。
ノボルを押し避け、固定ロックの錆びついたレバーを踏みつけつつ回し、外へ飛び出すジン。その時既に、レイゴオウは「消滅している最中だった」。
「ジン!!」
ノボルが叫んだのは、ジンが消えようとしているレイゴオウの元に走り出したからだ。勿論ノボルも後を追う。消えるレイゴオウ——その真下には、光の雨——否、速度からして雪——が降り注いでいた。それら一粒一粒がレイゴオウの欠片、そう考えるしかないとノボルは思う。絶望のあまり、地面に腕を叩き付けるジンを見た時、そこから数十m離れた地点でノボルは急停止した。
その時ジンがあげた声を、ノボルは言葉にできない。怪獣の雄叫びそのもののような、という例えで十分だろう。きっと彼にもワケが分からないのだ、とノボルは予想する。ノボルはそのあまりにも唐突な喪失を、まるで傍観者のように眺めていた。言葉を失い。
ムゲンシアは既に高い空を飛び、そして光学迷彩のベールの内側へと消えていった。さようならの言葉も告げずに。
そこで……光る粒子の雪のひとつが真っ直ぐノボルに降りてきている事に、彼は気付いた。掌を広げれば、その真ん中に向かって落ちてきた。まるで吸い寄せられるように。それが自分の肌と接した時に、熱い感覚が一瞬だけであるが「全身」に満ちた。一瞬の高揚なので電撃に近いモノではあるが、それはレイゴオウに乗った時の「温度」にそっくりである……ノボルは驚いた。彼は掌の中を見た。そして驚いた。それは、綺麗な彫刻が施された塊であったからである。レイゴオウから分かれた欠片だと思っていたが、そんな単純なモノでも無いらしい。
哀しみに暮れるジンにそれを見せる事はできず、数分が経過。真っ赤になった太陽の光を掌の中の塊は浴び、そして段々と青くなっていった。日が落ちているのだ。
「ああ、ホノカ……良かった」
「どうしてこんなことに?」いつの間にかノボルの隣に立つホノカは、息を切らしていた。脱いだジャケットを腰に巻き、黒インナーの袖を捲っている。
「わからない、でも……消えてしまったんじゃないと思う」ノボルはレイゴオウの欠片を握りしめて言う。
「これからどうするの」
「どうしようか」
「訊いてんだよ、こっちが」溜息をつくホノカ。「あの、森ん中に取り残された人型ガイタス?がいくつかある……使えないかな」
「起動用ディスケットが一つだけあるから、何とかなるとは思うけど……使えるモノを残したりするかな」
「何とかしてくれよ、ホントに足が無いんだからさ……ミチノオに行けば、寝床くらいはある」
「君が兵站として使っていた、あの廃校か」
そこに行くしかない、ノボルはそう考えてから、ホノカの方をちらと見た。包帯が巻かれ痛々しい頭部とは裏腹に、ディープに喰われていたはずの彼女の指は元通り治っている。ノボルはその事に気付いていた。一体誰が彼女を治したのか?本当は……あの戦艦に乗っている誰かと、何か対話が、一歩進めば取引が……あったのではないのか?ノボルは一瞬だけそう思った。
しかし、今は。
光の雪の欠片の全てが地上に降りてしまった時、照明が落ちたように静まりかえってしまった深い緑の大地に、ノボルは日がとうに落ちてしまった事を意識した。
機装怪獣グレイゴオウ @hanta000
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