エピローグ

 翌日の朝。

「さーっ! 今日も張り切って討伐クエスト行くわよー!」

 脳天気という言葉をそのまま声にしたような声が、アクセルの街の朝に響き渡った。

 その声の主は、すっかり街の有名人となっている幸薄き(自称)女神のアクア様である。洗濯してピカピカになった羽衣を清涼な空気の中にはためかせながら、スキップ混じりに街道を駆けている。

「・・・・・・大声を出さないでくれよ。頭に響くから」

 そんな水色の少女のみなぎる元気ぶりに文句を付けたのは、普段、パーティのリーダーとして振る舞っている冒険者の少年である。

 二日酔いだろうか? まるで暗雲が立ちこめているかのように顔色が悪い。いつもは狡猾な歪みを張り付けている口元も、今日に限っては次の瞬間にでも吐瀉物を出しそうな状態だ。

「お前の甲高い声はストレートに響くから、マジで困るんだ・・・・・・頭痛が酷くなる」

「何よー、誰かさんなんて昨日、夜遅くに近所迷惑も考えずに絶叫してたくせにー」

 水を差されたアクアが、そう言って口の形で不機嫌さを表現する。

「・・・・・・しかし、本当にどうしたんですかカズマ? かなり体調が悪そうですけど」

 そう口を挟んできたのは、後ろで二人のやり取りを見守っていた魔法使いの少女だ。心配そうな、それでいて不審がっているような態度で尋ねてくる。

「昨晩は絶叫するくらい元気だと思ったら、起きたらこれって・・・・・・一体、昨日は何をしていたんですか?」

「・・・・・・そんなの、俺が聞きたいよ」

 ガンガンと痛みを訴えてくる額を押さえながら、カズマはため息混じりにつぶやいた。

 実は、昨日のことは何一つ覚えてない。

 ものの見事に記憶が飛んでしまっているのだ。何かとても大事なことが、嬉しいことがあった気がするのだが、おそらくただの気のせいだろう。いいことがあったにしては、そこで負ったであろう頭の痛みが殺人的すぎる。

 俺が絶叫してたって・・・・・・何で?

「なあ、お前は何か知らないのか、ダクネス?」

 そこで、カズマは魔法使いの少女の更に後ろの人物に話を振った。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ダクネスは仏頂面で黙ったままだった。

 この女騎士、朝からずっとこんな態度である。何を聞かれても無言のまま、うつむいて地面を見つめている。

「あのー、ダクネスさん?」

「知らない」

 ようやく口を開いたと思ったら、飛び出してきたのは素っ気ない一言だった。

「昨日、私はぐっすり寝てたからお前の声なんで聞いてない。いかがわしい夢でも見て、寝言でも言ってたんじゃないのか?」

「そ、そうか」

 言葉の端々から茨のような刺々しさを感じて、カズマはそれ以上のことを聞くのを止めた。

 本当は明らかに態度がおかしいので色々と尋ねたかったのだが、彼の中の臆病さが危険信号を鳴らしまくっているので、自分からのアプローチは諦めるほかない。

「・・・・・・ところで、ダクネス今日は体調が悪そうですね」

「っ!?」

 カズマに代わって質問役を担ったのは、魔法使いの少女である。

 灼熱色の眼に不審の感情を充満させながら、気になっていることをズバズバと尋ねていく。

「あのカズマの叫び声に気づかないなんて、さぞかしのでしょう。いやいや、お疲れ様です」

「い、一体、何のことだ・・・・・・? 私は、普通に過ごしていただけで・・・・・・」

「ところで、会ってからずっとお腹を押さえているのはどうしてなんですか?」

「!?」

 ん、お腹?

 めぐみんが何を気にしているのかさっぱり分からず、カズマは思わず首を傾げた。

「何だ、朝から変のものでも食べたのかダクネス? それで機嫌が悪いぐふぅ!!」

「う、うるさい! うるさいうるさいうるさい!!」

 空気を読めずにしゃしゃり出てきた少年の腹部にグーパンをスマッシュヒットさせた後、女騎士は半狂乱で喚いた。その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいる。

 その様を見て何かの確信を得たのか、めぐみんが尋問官めいた表情でダクネスを問い詰めた。

「・・・・・・ダクネス、昨日カズマと何をしてたんですか?」

 ドスの利いた声だった。

 およそ爆裂魔法という火属性の使い手とは思えないほどの冷ややかさを孕んでいる。小心な者なら、聞いただけで心臓が握りつぶされた感覚がするに違いない。

 で、それを聞いた今のダクネスさんは、

「う、うう・・・・・・き、聞くなあああああああああああああ!!」

「あ、逃げた!」

 脱兎の如く三人の前から逃げ出した金髪の女騎士に向けて、めぐみんが叫ぶ。

「待ちなさいダクネス、まだ話は終わってませんよ!!」

 紅の眼に狩人の光を宿しながら、めぐみんは逃げ惑う獲物を追いかけに行った。

「・・・・・・ねえカズマ、私だけ話について行けてないんだけど?」

「安心しろ、俺にも分からん」

 最も当事者であったはずの男は、わけがわからないといった風に肩をすくめた。



 かくして、夢のような一晩は夢の如く去り、いつもの日常に帰ってきたカズマたち一行なのであった。


(fin)

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サキュバスのお店にダクネスさんが気づいたようですよ? 毒針とがれ @Hanihiro

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