第六話(後半) 竜使いの槍


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『なら――せめて、お前の本気を見せてみろ、竜使い』


 カミーラの言葉と同時、飛びかかってくる影は2つ。

 どうやらカミーラは喋っている一体は、通話と監視に当てるつもりらしい。余裕の現れか、慎重を期してのことか。多分、前者なのだろう。

 

「一応、警告はしたからな、カミーラさん」

 そう言いながら、俺は槍を両手で中段に構え、その穂先を突進してくる黒曜の悪魔たちに向けた。


 抗魔の水晶に覆われた黒色の悪魔像。

 ガーゴイルを模し、その翼で空をかけることができるほどの石像。その威容を視界に捉えながら、できれば破壊したくないと思いが頭に浮かんでしまう。

 果たして、あの黒曜の悪魔像を創りあげるのに、どのぐらいの労力と費用がかかっているのか。費やされたものは、決して安くはないだろう。

 こういうことを言うとエルに「庶民すぎる」とからかわれるけれど、こうして人の手で作り上げられたものを壊すことは、もったいないと思ってしまう。


 そんな、埒もない思考が頭の片隅を掠める間にも、黒の悪魔像は大地を駆け、こちらとの距離を詰めてくる。槍を構える手に残る僅かな痺れ。先ほどの攻防の名残であるそれが、カミーラのガーゴイルの硬さを思い起こさせた。


 石突の部分とは言え、「雷槍」と呼ばれるこの槍の一撃を受けて壊れない硬度。

 クリティナの魔法の弓を弾き飛ばす程の抗魔力を持つ黒曜の肌。物理的にも魔法的にもその守りは硬いのは証明済みだ。


 なら、どうするべきか――。


 自問と同時に、俺は自分の口元が小さく歪むのを自覚した。

 どうするもなにも、やれることは一つだけ。相手がどれだけ硬くても、どれだけ強くても。

 

  ――この槍の穂先で、貫き倒すだけ、なのだから。


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「二体同時とは、卑怯だぞ! カミーラ!」

「もったいぶらずに、三体同時にかかれば良いのにね」

「戦力の小出しは、あまり有効な戦法ではないですからね」


「どうしてお前らはそんなに冷静なんだ?!」

「はいはい、落ち着こうね、クリティナ」

「お前たちは心配じゃないのか、あいつが?!」

「心配はしています。でも、それ以上にアルフ様を信頼しています」

「そうそう。だから、君も落ち着いて見ていればいいよ。抗魔の類だろうと、ゴーレムやガーゴイル程度がアルの相手になる訳ないじゃない」

「なるわけ無いって、お前は何を――」

「もしクリティナ様が、ハイウインドの竜騎士をそんなに弱いと思っておられるなら、失礼ながら認識に誤りがあります」

「そうそう。例え、竜や悪魔が相手だとしても――」


「僕のアルが負ける訳、ないじゃない」


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「ギイ!」

 ひび割れたような気迫の声を響かせながら、俺に肉薄した二体のガーゴイルは、俺を挟み撃ちするかのように左右に分かれて、それぞれが掌底を繰り出してきた。

 個々のガーゴイルの動きは、まるで先ほどの焼き直し。それが左右対称になって襲いかかってきている――それだけだった。

 故に、彼らの攻撃は酷く予測しやすく、避けやすい。俺は一歩後ろに下がりながら二体の掌底をやり過ごすと、槍を握る力を込めて、そして突いた。


 宙を疾走る白銀の光。

 雷光を思わせる輝きをまとった穂先が真っ直ぐに黒いガーゴイルの頭に突き刺さり、貫いた。


 バリン。

 まるでガラスを踏み割るような音と共に、白銀の穂先に貫かれた獅子の頭部が、あさりとヒビ割れて砕け散る。


『な、何――!?』

「やった!」

 バラバラと黒曜の破片を撒き散らしながら倒れるガーゴイルの姿に、カミーラが悲鳴を、エルが歓声を上げた。


『ば、馬鹿な。馬鹿な、馬鹿な! そんなに容易く抗魔の黒曜を貫けるはずが――?!』

「おい! 次が!」

 狼狽を露わにするカミーラの声に、クリティナちゃんの警告が重なった。


 その警告をかき消すような唸りを上げて、もう一体のガーゴイルが再度俺に向かってその拳を振るう。

 倒れ伏す一体にも目もくれず、怯む様子も見せずに襲いかかってくる悪魔像。だけど、その動きはやはり先程と同じだった。姿勢も、踏み込む位置も、そして予測される軌道も。


 ――これは、やっぱり。


 ある種の予想を確信に変えながら、俺は三度ガーゴイルの拳をかい潜ると、今度は槍を横薙ぎに払った。

 ヒュン、と軽い風切の音を響かせた雷槍が、その穂先で、二体目の黒いガーゴイルの頭部を打った。ただ、今度は刃ではなく腹の部分で。

 

 硬い金属がぶつかり合う音と、白い火花が瞬いて消える。

 酷く硬質な残響を生みながら、黒曜のガーゴイルが大きく体勢を崩し、そしてドシャリ、と重い音を立てながらその場で膝をついた。


 生きているガーゴイルならば、今の一撃で脳震盪を起こしてくれたかもしれない。ただ、目の前の敵はガーゴイル型のゴーレムだ。

 ならば、と俺はそのガーゴイルの腹部に、今度は真っ直ぐに石突で突きを入れた。


「はっ!」

 短く息を吐いて繰り出した白銀の槍での刺突に、何度目かの金属音が響く。

 雷が木を撃つような響きを残して、黒いガーゴイルが三体目の……カミーラの声を伝えるガーゴイルの傍まで弾き飛ばされて、倒れ伏した。


「す、凄い……」

「いやー、あっさりだったね。流石、僕の旦那様だよね」

「お見事です、アルフ様。流石、私のご主人様ですよね」

「そこ、外野うるさい」

 なんだか目を丸くしているクリティナちゃんはともかく、どさくさに紛れて自分たちの立場を捏造するエルとアリサだった。

 その二人に軽くツッコミを入れながら、カミーラ(の声を伝える悪魔像)に目を向ける。その像は、足元に倒れこんでいるガーゴイルを立ち上がらせるでもなく、ただ呆然と立ち尽くしているようだった。


『な、な、ななな……』

「おー、動揺してる、動揺してる』

『! ど、動揺なんかしていない!』

 からかうようなエルの言葉に、カミーラが我に返ったように声を荒げて憤慨した。


『ふ、ふん……! 抗魔の結晶を断つか。随分な業物を持っているじゃないか』

「正直、俺には過ぎた逸品だけどね」

『随分と殊勝だな。私の石像たちを打ち倒せるのはお前の腕ではなく、獲物のおかげだと認めるわけか』

「少なくともただの鉄で出来た槍では、倒せないのはわかるよ」

 手に残る感触を確かめるように雷槍の柄を握りながら、挑発するようなカミーラに俺は小さく笑って頷いた。


 魔力に抗う黒い結晶で出来たカミーラの石像。

 この手にした雷槍の刃でなければ、おそらくその表皮を割ることすら難しいだろう。半端な獲物なら折れるのは槍の方だと、槍越しに伝わった感触が教えてくれた。


「ただ、俺の腕前がどうであれ、俺はあなたの石像を切り裂ける槍を持ち、そして現実に一体の頭を砕いた」

『ふん。そして二体目は頭を砕くこと無く手加減さえしてみせた、という訳だ。随分と余裕を見せるものだな、竜使い』

「手加減、ね。それはお互い様だろう?」

『……ふん』

 俺の指摘に、カミーラは鼻を鳴らしただけで答えない。だが、その態度からは俺の問いかけは間違っていないと読み取れた。


 やはり、カミーラは俺を殺す気も……そしておそらくはあまり傷つける気もないのだろう。

 ガーゴイルの姿を模した黒い悪魔像。それは物々しい牙や爪を備えているにもかかわらず、攻撃に使うのは致命傷にならない掌底や拳だけだった。

 つまり、こちらに明確な「殺意」を向けていない。

 ……まあ、硬い石でできている拳や掌底でぶん殴られて本当に死なないのかは、わからないけれども。


 付け加えるのなら、二体のガーゴイルの動きは酷く単調で、そして変化が少ない。

 おそらくカミーラの本質は、純粋な技術者、あるいは研究者なのではないだろうか。

 ガーゴイル型のゴーレムを創りあげる技術はあっても、それは戦闘で使いこなす技量はない……ように思えた。そして付け加えるのなら、戦いの中で傷ついて、傷つける経験もあまりないのではないだろうか。


「もう一度だけ警告する。退けば追わない」

『……言ってくれるな。こちらはまだ二体いるというのに』

 そのカミーラの言葉に従うように、先ほど弾き飛ばした二体目のガーゴイルがゆっくりと身を起こす。

 石突で突かれた部分からは、バラバラと黒曜の破片をこぼしているが、まだ動くことはできるようだ。


「大人しく退いてくれる気になったのかな」

『まさか』

「……そうか」

 カミーラの返事に俺は小さく呟いてから、再度、雷槍を構える。


 正直、エルやアリサが近くに居る状況で、ゴーレムなどを破壊するような戦いはしたくないのだけれど。 

 生きているガーゴイルやあるいは竜が相手ならともかく、相手がゴーレムというのなら……どんな仕掛けを体に仕込んでいるのかわからないからだ。

 現にカミーラは遠隔通話が可能な装置をゴーレムに仕込んで見せている。最悪、爆発物の類を体内に仕込んでいないとも限らない。だから、大人しく退いてくれることを願っていたのだけれど……。


 まあ、雷火の傍にいる限りは、二人の、そしてクリティナちゃんの安全は確保出来ているのだが。


「カミーラさん。本当に引く気はないか」

『くどい。お前こそ命乞いをしないのか? この距離ならご自慢の槍も届かないだろう?』

「……」

 先ほど黒のガーゴイルを弾き飛ばしたのは、3mほど。

 確かに槍の穂先が届く距離ではないが……踏み込んでしまえば一息で詰まる距離だ。なので、あまりカミーラとしては余裕をかましていられる距離ではないはずだけど、本人にはその自覚はないようだ。


「あのな、カミーラさん――」

『竜騎士。条件を3つに変えよう』

 この距離なら槍は、割りとすぐに届くんだよ? と警告しようとした俺の声は、高らかに宣告するようなカミーラの声に打ち消された。


『クリティナ、羽竜、そしてその槍を置いて去れ。お前の技量に免じて命まではとらない』

「……そうか」

 どうやらこの雷槍もカミーラのお目にかなったらしい。

 そしてそれを率直に要求してくる辺り、随分とわかりやすい性格をしているようだ。


『さて、交渉決裂かな。残念だ、竜騎士よ』

 大して残念でもなさそうに、少しの笑いを含んだ声でカミーラが告げる。

 その声に呼応するように、二体目のガーゴイルが多くその口を開き――その喉奥に、赤い光をたたえ始めた。


「?! まさか、炎でも吐くつもりか?!」

『ははは! そんな優しいものではないよ。なあ、クリティナ』

 哄笑と共に、何故かカミーラは、俺ではなくクリティナちゃんに呼びかける。そして呼びかけられたクリティナちゃんは、その赤い光に、見る間に顔色を変えていく。


「! あれは、まさか――?!」

『そのまさか、だよ! まさかこんな場所でお披露目することになるとは思わなかったがね」

「おい! 逃げろ!」

 勝ち誇るようなカミーラの声に、クリティナちゃんが悲痛な声を張り上げた。


 その悲壮な声の響きに、俺は黒のガーゴイルが湛える光の力を予感した。

 クリティナちゃんはカミーラに向かって『私の里を結晶まみれにした』と言った。なら、あの光は――この里にあふれる結晶を生み出している力ではないのだろうか。


「おい! 聞いているのか! あの光を受けちゃダメだ、逃げないと――!」

 逃げないと、結晶まみれにされる。

 おそらくはそう続けようとした言葉は、しかし、魔術師の声に遮られる。


『もう、遅い』

 必死に逃げろと警告してくれるクリティナちゃんをあざ笑うように短く告げて。


『我が『セフィロト』の力、知るが良い!』

 興奮に上ずった声で高々と宣言するカミーラ……だったが。


「もう、遅い」

『……え?』

 彼の言葉をそのままに返してから、俺は雷槍の穂先を、赤い光を湛えるガーゴイルに向け、呟いた。


『雷よ、討て』


 ハイウインドでは使われていない特殊な言語。それ紡がれた文節をキーワードに刹那響いたのは、雷鳴に似た破裂音。

 黒いガーゴイルの頭部は、その口元に湛えた赤い光を放つ事無く、微塵に破砕されていた。


「え? え?」

『え? え?』

 実は仲が良いのか、と突っ込みたくなるほどクリティナちゃんとカミーラが同じタイミングで呆然とした声を零す。


 雷槍の切り札である「雷」。

 魔法に属する攻撃なので、抗魔の結晶とは相性が悪いけれど……カミーラの結晶は、「雷」を防げるほどの抗魔力は持っていないようだった。


 雷に粉砕された頭部から微かな煙をこぼしながら、ドサリ、と仰向けに倒れ伏す石の悪魔の体。その体はピクとも動かず、そして首を失った部位から光が溢れ出ることもない。

 最初の赤いガーゴイルの頭部をクリティナちゃんが粉砕した時から予想はしていたけれど、カミーラの悪魔像たちは頭部を破壊されると活動を停止してくるようだ。


『馬鹿な……馬鹿な、馬鹿な!』

 呆然としたカミーラの呟きに、俺は最後だ、とばかりに警告の声を投げかけた。


「最後の警告だ。今、去るのなら追わない」

『ぐぬぬぬ……』

 表情は見えないが、カミーラが通話機の向こう側で歯噛みしているのがよく分かる。そんな彼の態度に、エルがなんだか感心したような声をあげていた。


「うわあ、僕、実際に「ぐぬぬ」っていう人はじめて見た」

「エル様。アレは人ではないのですから、初めて「聞いた」が正しいです」

『そこの外野! うるさいわ!』

 ドン、とガーゴイルの足を踏み鳴らしカミーラが吠える。


『や、やるではないか、竜使い! 今回は挨拶代わりだ! 次にあった時は覚えておけよ!』

「うわー、すごい。お手本みたいな捨て台詞だ。僕、小説以外ではじめて聞いた」

「私もです。少し感動してしまいました」

『だから、うるさいぞ、お前ら!』

 ……緊張感ないこと甚だしいなあ。

 エルとアリサのツッコミに再度ダンダンと地団駄を踏んでから、カミーラのガーゴイルをバサリ、とその黒い翼を大きく広げ、そして空へと舞い上がった。どうやら本当に退いてくれるらしい。

 そして、そのまま飛び去ってしまうかとおもいきや――ほぼ人の身長ぐらいの高さで一度とまると、その石像の顔を俺の方へと向けた。


『……私は魔術師カミーラ。お前の名前を聞いておこう、ハイランドの竜使い』

「アルフ。アルフ=クリムゲートだ」

『その名、覚えておこう。竜騎士アルフよ! 次は――こうは行かないからな!』




 バサバサと派手な羽音を響かせながら、黒のガーゴイルが空の向こうへと姿を消していく。


 ……退いてくれたか。


 飛び去っていく黒い影を見ながら、俺はほっと息をついた。

 ひょっとしたら上空からさっきの「赤い光」を放ってきたりはしないかと危惧していたのだけれど……それができるのは、先ほど倒した二体目のガーゴイル像だけだったのかもしれない。


「お疲れ様! 流石、僕の旦那さまだね!」

「お見事でした、アルフ様。流石、私のご主人様です」

「事あるごとに俺の所有権を主張するのは止めなさい。それよりみんな怪我はないか?」

「勿論」

「かすり傷一つありません」

「そっか。クリティナちゃんは?」

 駆け寄ってきたエルとアリサの様子を確認してから、俺はクリティナちゃんの方に目を向けた。

 彼女は雷火の傍らに控えたまま、ぼー、と呆けたような表情でじっと俺の方を見つめている。その頬は仄かに紅潮し、赤い瞳が少し潤んでいるようにも見えた。


 ……ひょっとして、戦いの刺激が強すぎたのだろうか。


「大丈夫? クリティナちゃん」

「……え?」

 彼女の傍に歩み寄り声をかけると、なんだか彼女は弾かれたように姿勢を正した。


「あ、は、はい! 大丈夫です!」

「……クリティナちゃん?」

「いや、あの、えーと、と、とにかくありがとうございます! いや、違う、えーとありがとう! 助けてくれて、その、礼を言う。アルフ……殿」

 何故か敬語が混じっていたりしたが、少し落ち着いたのか、今までの口調に戻るとクリティナちゃんが頭を下げてくれた。


「こちらこそありがとう」

「いや、私は何も――」

「そんなことないよ。最初の赤いガーゴイルを仕留めてくれたのはクリティナちゃんだから」

「でも、アレだって、お前、いや、アルフ殿がその気になれば」

「アレを見ていなければ、頭を仕留めればいいってわからなかったよ。だからありがとう」

「……そ、そうか。私も役に立てたのだな」

 俺の言葉に、クリティナちゃんが安堵したように息をついてから、そして控えめにはにかんでくれた。それはとても穏やかな、優しい微笑みだった。


「その、なんというか、凄く強いのだな、アルフ殿は。それに……優しいな」 

「いや、そんなことは――」

「あー、クリティナがアルの事を口説いてる!」

「意外と油断なりませんね、クリティナ様」

「く、口説く――?! な、何を馬鹿なことを!」

「だって顔真っ赤だよ」

 エルが指摘すると、先程までに輪をかけて見る見ると彼女の顔が赤くなっていく。


「こ、これはアレだ、戦いの高揚感というかそういうのだ!」

「照れなくてもいいのに」

「照れてなんかいない!」

「でもダメだよ? アルは僕のなんだから」

「あー、もう! どうしてお前は人の話を聞かないのだ! だから! 私はそういうつもりでアルフ殿と話していたのではない!」

「アルフ殿、ですか。先程までは『お前』という呼び方でしたよね?」

「そ、それは、その……助けてくれた恩人にお前呼ばわりはできないからだ!」

「ふーん」

「ふーん」

「もう! なんなんだ、お前らは!」

 ハイウインド王家の問題児たちです。すみません。


「エル、アリサ。あまりクリティナちゃんをからかうんじゃない」

「ぶー、そもそもアルはなんだってクリティナを「ちゃん」付けで呼んでるのさ」

「そういう雰囲気だから」

「わかるけど」

「わかるな! いや、アルフ殿もその理由はどうなんだ!」

「でも、クリティナ様も「ちゃん」と呼ばれて嬉しそうです。クリティナ様からは、随分とチョロい雰囲気を感じます」

「チョロい……? なんだ、それはどういう意味だ」

「惚れやすそうという意味です」

「惚れ――! だ、だから、私は別にそういうつもりじゃなくて!」

 先程までの緊張感はどこへやら。

 カミーラの去った後、暫し、俺達はそんな会話を交わしあった後――改めて、頭部を失った黒い悪魔像の元に集まり、それを見下ろしていた。


「さて、そろそろ説明してくれても良いんじゃない? クリティナ」

「……むう。しかし」

 口火をきったエルに、しかし、まだクリティナちゃんは迷うように言葉を濁した。


「私たちが天使族に害をなすつもりが無いことはアルフ様が証明してくださったと思います」

「……そうだな。私はアルフ殿に救われた形になる。その恩には礼を持って答えないといけない。だが……お前たちは、本当に何者なんだ」

 クリティナちゃんは俺たち三人を見回しながら、改めてそう問いかけてきた。


「自己紹介はしただろ? ハイウインドの竜使い」

「僕は、そのお嫁さんです」

「私は、そのメイドです」

「……この二人の言い分はとりあえず無視してくれていいよ」

「……わかった」

「ひどい!」

「嘘はついてないです!」

 口々に不満をいう二人を無視して俺はクリティナちゃんに向き直る。


「本当に、話してくれないかな」

 今、この里で一体何がおきているのか。

 辺りにあふれる赤い結晶は、あのカミーラという魔術師が原因ということは分かったが、しかし、その目的はなんなのか。


 先日の破片地帯で遭遇した結晶竜も、ここを起点にしているのならこのまま放っておく訳にはいかない。事は天使族だけでなく、ハイウインド王国事態にも飛び火しかねないからだ。


「――詳細は、長の方から話をさせてもらいたい」

 俺の問にそう答える言葉はクリティナちゃんではなく、俺達の背後から投げられた。

 聞き覚えのあるその声に振り向けば、そこには予想通り、クリティナちゃんの姉である天使族アルビナさんの姿があった。

 真っ白い翼をひろげている彼女は、ちょうど空から降り立った所らしい。


「お待たせした。長の許可を得て迎えに来たのだが……最早、貴方がハイウインドの使者かどうかは関係なくなったようだな」

 言いながら彼女は、足元に倒れる黒い悪魔像に目を落とし、そしてこちらに目を向けた。


「黒のガーゴイル像。どうやって倒されたのかはわからないが……私達の手には余る相手を退けていただいたのは確かのようだ。感謝する」

 その発言はクリティナちゃんと同様にアルビナさんの弓もこの黒のガーゴイルには通じない、ということなのだろう。

 そのことを告げると彼女は改まった表情でこちらを見て、そして恭しく頭を垂れて言った。


「ようこそ天使族の里へ、天使族の戦士アルビナの名にかけて、あなた達を歓迎し、そしてお守りします」


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王子様の婚約事情 @sunaga

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