黒と硝子玉②
僕が独り言を吐き終わった後、しばらく静寂が続いた。
それを遮ったのは、少女の方だった。
「ちょっと、場所を移動しませんか?ゆっくり出来る場所」
そう提案され、僕は従う事にした。
この女子中学生にとって、ゆっくりできる場所とは、喫茶店でも公園のベンチでもなかった。
「ここ、風がとても気持ちいいんですよね」
少し温かくなった風が、彼女の髪で遊ぶように、同じ方向にさらりと通っていく。
僕たちの目の前に見えるのは、川のような形をした水場だった。
少女の自宅兼硝子細工屋から歩いて五分といったところだろうか、あまり遠くない場所にあるこの公園とも広場ともわからない場所は、約一年前からこの街で一人暮らししている僕がまだ認識していなかった場所である。
あたり一面芝が生い茂っていて、所々に石でできたオブジェが置いてあったり、川に似せた水場があったりする。
僕たちは、水場の近くでしゃがみこんでいる。
ここまで歩いてくる時、そして今まで、少女は何も話かけて来なかった。
余りにも少女が無口なので僕が話しかけると、弱々しい返答をするだけだった。
すると、少女は手を伸ばし、水場の水に触れた。
そして、久しぶりに彼女から話し出した。
少女が口を開いた時、一瞬にして今までの空気が変わった。
柔らかい口調は変わっていないのだが、妙な緊張感が伝わってくる。
そして、告げられた事実に、僕も言葉を失った。
予想も出来ない展開だった。
「黒は、『死』を表す色です」
「つまり……、どういうこと?」
おそるおそる尋ねたら、少女はどこか怯えた様子で僕に答えた。
「そのままの意味です。あなたは……」
もうすぐ死んでしまう、そういう運命を表している。
彼女はそう静かに告げたのだ。
「そんな……、ただ、占いみたいなものだよね、これは。必ずしも正確ではなかったり、むしろ誤ったりすることもあるんじゃないの?」
戸惑いを隠せず、上ずった声になる。
「初めてなんです、こんなに綺麗な黒を見たのは」
そう彼女は言う。
「普通は他の色も混ざっているはずなんです。死の原因というか、今までの感情の揺れ動きがこの硝子玉の色で表されるはずなんです」
つまり、と彼女は続ける。
「あなたの死の原因が分からない。それが初めてのことなんです」
さっきまでずっと理由を考えていました、と彼女は小さな声で呟いた。
死の原因。そんな未来のことは分からない。
ただひとつ分かることは、僕が死んでしまう、そういうことだけだった。
「でもさ、よく考えてみるとみんな遅かれ早かれ死ぬわけだよね、未来のことを表しているとも考えられないの?」
僕は必死だった。どうにか迫り来る死の事実をねじ曲げようと思った。
「時間の問題です」
彼女はきっぱりと僕に告げた。
「遠い未来のことじゃない、そう考えてもらった方がいいです」
「じゃあなす術はあるの? 僕がもうすぐ死ぬ運命を変えることはできるの? どうすれば僕は死なないの?」
まだ死にたくない、それでいっぱいいっぱいだった。
死にたい等、一度も思ったことがない筈だ。
なぜ、僕が? その疑問で僕の頭は埋め尽くされていた。
それ故に、完全に隣の少女の立場を忘れてしまっていた。
彼女は僕に直接関係があるわけじゃない。
ただ、不思議な硝子玉を見せてくれただけであり、僕の運命を変えてあげようとか、そんなことを言ったわけではない。
だが、僕は気が付いたらそんな彼女を困らせる発言ばかりしていたのだ。
「解決策が無いとは言えません」
水に手を浸したままの彼女は言った。
「この硝子玉の黒色を、無理やり違う色に変えることが出来たら。そうしたらあなたの未来は変わるかもしれません」
前例がないことですが、と彼女は付け足した。
「可能性があるなら、賭けてみたい。だって、やっぱり納得できないからさ。僕がもうすぐ死ぬなんて。しかも理由も分からないなら尚更だ」
そう僕ははっきりと言った。
すると、彼女は自分の話をしてくれた。
「私の色は、『人から分け与えられた色』で出来ているんです。もともとの私の色を忘れるくらい、人に影響されています」
未だに僕の手にあった黒玉を彼女は攫っていく。すると、硝子玉は鮮やかな青色を示した。
「この青はただの青じゃないんです。色々な人の、色々な感情を吸い取って生まれた、青」
そう言ってから、僕に提案した。
「一緒に、人助けしませんか?」
「人の感情を自分の心に取り込む。それで私の色が変わっていったように、あなたの色も変わっていくかもしれません」
どういうことか尋ねる前に、少女が言った。
「でも僕の黒は、どんな色を混ぜても変わらないんじゃないの?」
案外冷静な疑問に、僕は自分で驚いた。
「やってみなきゃ、分からないです」
彼女から強い意志を感じた。白セーラーを身にまとう白肌の彼女は、いかにも弱々しい見た目をしているが、きっと芯の通った人なのだろう。本当に中学生かと疑問に思う程であった。
「そうだね。やってみるよ」
そう言うと、彼女は笑った。
ふわりと柔らかい笑顔だった。
「僕のために、ありがとう」
そう感謝の意を表す。
出会って間もない僕を救おうとしてくれる彼女に、何となく好意を持ったのが分かった。
「どういたしまして」
そう笑顔で答える彼女は、手のひらで包んである青のように爽やかだった。
そうして俺は今日いきなり、死の宣告をされ、ひとりの女子中学生と『人助け』の仕事をすることになったのだ。
七色ガラス 矢ケ瀬 浅 @yagase
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