七色ガラス

矢ケ瀬 浅

第1章

黒と硝子玉 ①


僕は、あらゆる〝色〟に興味がある。




今日の空は青だ。ここ最近は、梅雨時で雨が続き、天気に恵まれなかった。そのため、今日はとても清々しい。そんな気持ちだった。

雲一つない空。こんな空に、例えば赤の色を足したら。例えば黄色を足したら。そんな事を考えるのが面白い。緑色の空なんて、それこそ、世界の終わりの場面みたいだ。そう呑気に考えていた。


見慣れた街、見慣れた風景。通い慣れた道を、感覚だけで歩く。

大学二年生になり、朝早くからの講義が無くなったお陰で、こうして毎日歩いて登校する事が出来るようになった。

外を歩くと、気分が良い。

夏が近づいてきたのもあり、強い日差しに打たれながら、でもどことなく涼しい風を感じながら、僕はいつもの硝子細工屋を通り過ぎた。


コロコロ。


足元に何かが転がってきて、僕の靴にぶつかった。

それを拾おうとした時、白い手が僕の足元にすうっと伸びてきた。

白い手は何かを拾い上げ、それを持っていった。

僕がはっとなって顔を上げると、そこには、黒のショートカットの髪の女の子が立っていた。

白いセーラー服を着ているところから判断すると、おそらくこの辺りの中学校の生徒だ。


「ごっ……、ごめんなさい」

そう言って僕に謝る。

目を泳がせ、余りにも動揺しているその姿に、僕はまるで自分が悪い事をしたかのような感覚に襲われていた。

「謝らなくてもいいよ」

僕は少女に告げる。そうすると、彼女は少し安心したような表情で、

「ありがとうございます」

と小さな声で言った。





二人で居る放課後は初めてだ。

発端は、今朝の出会いである。

見ず知らずの女子中学生が拾い上げた物に興味が湧いてしまったのが僕で、それを聞いて嬉しそうにしていたのが彼女だ。

この女子中学生は、僕らが出会った場所である硝子細工屋の一人娘だ。

店の隣の自宅を出、いつものように足を踏み出した時、大切な物が手のひらから零れ落ちてしまったのだ。

そして、それが僕の足元まで届いた。

〝それ〟に興味を持った僕は、放課後に少女の硝子細工屋を訪れる約束をした。


そういった経緯で、僕は今、この硝子細工屋にいる。少女が店番を任されているらしく、今は店に二人きりだった。


「さっきの硝子玉、もう一回見せて欲しいな」

店の硝子細工を一通り見終わった後、僕は少女に頼んだ。

一瞬しか見えなかったが、店の中のどの作品より、少女が持っていた硝子玉が美しい。

美しい点は、何と言っても〝色〟だ。

透き通るような綺麗な青で、そこに黄色が混ざったように、やわらかな明るさがある。赤が混ざっている様子もあり、少し落ち着いた青、という印象もある。

色使いがとても良い、そう一瞬で感じた。全体を同じ色で統一するのではなく、色を散らすことで、光の入り具合によってはまた違う色にも見えるところが面白い。

「これ、ですよね」

彼女は手のひらに乗せてそれを見せてくれた。

「これ、自分の色なんです。私を表す色。だから、毎日持っているんです」

引っ込み思案そうな彼女は、硝子細工の話をしているうちに、僕には普通に話せるようになった。だが、まだ話すのはおっかないみたいで、声は小さいままだった。

「へぇ。これは、君のために作られた硝子玉なんだね。とてもいい色をしているね、君は」

思った事を口にする。

作ってもらった、という事なのだろうか。硝子細工を作る父親に、誕生日プレゼントか何かでそれを貰ったのだろうか。

そう考えていると、彼女が口を開いた。

「いえ、違うんです」


心の中を読まれた上での返答なのだろうか。

それでも、彼女の答えは気になった。

「私のために作られた物では、ないです」

と彼女は続けた。

「これは、持った人の感情を色で表す硝子玉、だそうです」

硝子玉を見つめながらそう言った。

「色にはそれぞれ意味があって、それを持っている人が今、どんな問題を抱えているのか、どんな気持ちでいるか、を色で読み取る事が出来るんです」

そう言って僕に硝子玉を差し出した。

「手のひらに乗せてみてください。色はすぐに変化します」

そう言われたので、僕は素直に自分の手のひらの上に乗せた。

すると……


持ち主の少女は、言葉を失ってしまった。


「うわあ。綺麗だなあ。こんなに何色も混ざっていない色は見た事がないよ」

僕は興奮が抑えられなかった。

初めて見る黒だった。

漆黒。そう表現するのが妥当だと思ったが、納得がいかない。

何にも染まらない色。

本当の黒色というものは、温もりも冷えも表さず、ただ〝黒〟という記号を表す色、そう僕は捉えている。


そしてその色は、僕の色でもある。


硝子玉が僕の手のひらの上で黒を示す限り、そういう事なのだ。

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