スライムは飲み物です

@mittu

第1話 スライムは飲み物です

……喉がカラカラだ。


もう丸3日なにも飲んでいない。ネズミドラゴンの胃袋で作った簡易水筒は1週間くらい空っぽのまんまだ。まわりを見渡してみると、乾いてひび割れた大地と、ぽつぽつと生えている低木くらいしか目にとまるものはない。


「廃坑に戻ったほうがいいかな…」


3日前に発見し、探索し尽くした小さな廃坑ではあったが、日光を遮る分だけここよりマシに思えた。だが戻ったところで水は手に入らないし、野垂れ死ぬことは間違いない。


簡易水筒をひっくりかえし、口をつけてズズーーーーっと吸ってみたが、何も出ない。この無駄な動作を何度繰り返したことだろうか。自分の呼気がよけいに喉を乾かすだけだった。


「このままだとマジに死んじまうぞ」


この世界に迷い込んで以来、ひとりごとが増えたようだ。ここに来てから1ヶ月ほど経ったが人に出会ったことはない。ただ、人がいた形跡は、廃墟などから感じられた。民家や施設にわずかに残されたカンヅメなどを漁ったり、モンスターを捕まえたりして生き延びてきた。


モンスターというのはここに来てから見つけた変な動物の名前だ。明らかに動物とは異なる、異質な存在なのでそう呼ぶことにした。たとえばネズミドラゴンは一見太ったワニのようだが、よく見ると目が4つあったり、危険を感じると火を吐いたりする。石を武器に死に物狂いでなんとか1匹だけ仕留めたが、そう何度も相手はしたくない。


歩くたび膝を持ち上げるのがしんどくなってきた。水分が足りなすぎて、血液がうまく循環してないのではないだろうか。頭がボーっとしてきた。


目の端で何かがチカっと光った気がした。これは気絶の前兆か?よくアニメなどで頭の上に星がまわる表現があるが、実際、気絶する寸前は星が見えるという。


しかしそれは見間違いではなかった。数百メートル離れた低木の近くで何かが不規則にピカピカと光っている。


藁をも掴む思いで駆け出した。日光に水が反射して光ってると思ったからだ。


「うわ!なんだこいつは!」


十メートルまで近づくとその正体がはっきりとした。スライムだ!バスケットボールほどの大きさで、表面がぷにぷにと波打っている。頭はやや尖っており、大きな丸い目玉が2つ付いている。


その目玉はこちらを向いておらず、こちらに興味は無いようだ。しかし僕の「喉」はこいつに興味津々だ。


「水袋にしか見えんぞ…。どうする…」


理性では危険を感じていたが(モンスターは防衛本能を持つことと、そもそも飲めるのかということ)、喉の渇きを抑えることはできなかった。


石で作ったナイフをおもむろに取り出し、腕を振りかぶり、スライムに向かって刃を突き立てた。


しかしスライムの皮はタイヤのようにナイフの刃を押し返した。


すると!スライムの頭の尖りが鋭くなって氷のように硬質化し、僕に向かって突進してきた。僕はあわてて腹を守ろうと腕でガードした。


スライムのツノは僕の左腕に突き刺さった。


「痛っっっっっ!!」


僕は腕をぶん回しスライムを引き離すと、スライムと距離を取った。


左腕がじんじん痛む。血がぼたぼたと地面に垂れる。逃げ出したい衝動に駆られた。しかし喉の渇きのことを思い出し、ここで逃げても野垂れ死ぬだけだ、と考えなおした。


スライムの大きな目玉は先ほどと違って、まっすぐ、殺意を持ってこちらを見つめている。


僕はナイフを地面に捨て、近くにあった大きめの石を持った。


じりじりとスライムににじり寄る。スライムは低い態勢でぷに…ぷに…と静かにリズムを取っている。あたりに少し風が吹いて低木の葉を揺らした。


僕がもう一歩足を進めたその瞬間、スライムが勢い良く突進してきた!


僕はすばやく体を横にそらし、攻撃を回避した。そして大きな目玉めがけて石を振り下ろした。


スライムの皮のグニャっという感触の下で、ガラス玉がパキッと割れる感触がした。石を持ち上げると、スライムの目玉は実際に、破片もなく綺麗に真っ二つに割れていた。


スライムは弱々しくうねっていたので、念のためもう一方の目玉も割った。癖になりそうな感触である。目玉は中身まで硬質な素材のようだ。スライムは完全に動きを止めた。


左腕の傷はかなり深そうだ。簡易ナップサック(ズボンをヒモで縛って作った)から、清潔そうな布を選び出し、包帯のように巻いた。


「さて…」


こいつをどうするか…。ひとまず外傷の危険が去ると、喉の渇きが猛烈に頭を支配した。


見たところ毒々しい色はしておらず、わずかに青みがかった澄んだ色をしている。


石のナイフを拾って、再びスライムの皮に刃を立ててみた。しかし鋼鉄のサバイバルナイフならまだしも、できそこないの石のナイフではとても切り裂けそうになかった。


次に、スライムの端っこをつねあげて、かじってみた。ぐにっという感触のあとにプチプチっと筋が切れるような感触があり、ほんの少し手応えを感じたのだが、全部噛み切る前に歯が抜けてしまいそうだったのでやめておいた。


「どうすりゃいいんだ…」


たぷたぷの水袋を前に何も出来ないのがもどかしくてしょうがない。いっそ燃やしてみようか…と考え始めたところで気がついた。ツノが硬質化したままだ。ツノを握ってみると皮とは明らかに違う感触で、カチコチしている。


僕はスライムのツノを持ち上げて、岩の上に置いた。そして石を振り上げて、ツノを目がけて振り下ろした。パリンという小気味いい音が響き、ツノが割れた。ツノの先から水分が溢れ出てきた。


「やっっったぞ!!」


ツノは皮の部分だけが硬質化しており、中は空洞になっているようだ。僕は水がこぼれないようにツノを上に持ち上げた。


むしゃぶりつきたくなる衝動をどうにかおさえ、スライムの水を一滴だけ指に取り、舌の上に乗せてみた。しびれる感じは無い。次にごくりと喉の奥にしずくを流しこんだ。ややとろみがあり、ほんのり甘い。


危険は無いとの判断に至って、ガマンが効かなくなった。スライムを上に持ち上げてツノをくわえ、思い切り水を吸い出した。


ごくっごくっと喉が大きな音を立てて、水分を吸収していく。3日ぶりの水に体中がよろこびの悲鳴を上げているようだ。まず喉がうるおい、食道の壁を湿らせていき、カラカラになった胃の井戸を満たしていく。


「っっぷはぁ、うまい、うますぎる!!」


喉の渇きが軽減されると、その味に意識が向いた。かすかな甘みの中に柑橘系の香りも混ざっている。スライムの主食はフルーツなのだろうかという妄想がふくらむ。


たらふく飲んで満足した。皮がたるんで半分ほどの大きさになったスライムの残り水を絞り出し、簡易水筒に入れた。これでまた3日ほどは歩けるだろう。


太陽がちょうど真上に登ったところだ。ネズミドラゴンの干物をかじりつつ、少し休憩した後、歩き始めた。


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