雷の槍と希望の大剣

第9話 常勝をもたらす希望の剣

あの疾風が何だったのかは、彼女にはわからない。

ずば抜けたスピードを誇る獣や戦士だったかもしれないし、自然現象の類だったかもしれない。

だが、意思があったかどうかも不明なそれに、心から彼女は感謝した。

行動の真意も目的も不明だが、その行動によって、彼は助かった。

だから、ただ感謝した。

そして、疾風に連れ去られた彼に届かぬ想いを送る。

強く生きなさい。幸せになりなさい。あなたならいずれ、その聖剣に相応しい人物にきっとなれる、と。

様々な思いが満ち、雫となって目から滴った。

「今までありがとうね、レオ……」

その言葉を最後に、彼女、レティシアは、目前に迫っていた光線に灼かれ、跡形もなく消し炭になった。




『彼』は、死を愛した。

いや、正確に言えば、彼は死しか愛せなかった。

帝国の第1皇子として生を受けた。

生まれつき、不気味なほど何でもできた。剣術・魔法・政・勉学……どれをとっても完璧だった。

他の皇子達や家来は皆、そんな彼を怖がって避けた。

その日々を、あまりにも退屈に感じた彼は、遊びのつもりで、ある日1人の兵士を騙して、巨大な大蛇の檻の中に誘導し、閉じ込めた。

そこで死を初めて見た。

檻の中で、絶叫と鮮血が迸り、耳と目が痛くなるほどの刺激を受けた。その瞬間、圧倒的な衝撃が全身に走り、彼は2時間もその檻の前に立ち尽くした。

彼は、その日以来ある目的を胸に、日々を積み重ね、ほとんど当然のように皇帝になった。

その過程に一切の苦労はなく、誰もが認めた。

そうして皇帝となった後、彼は探した。死以外の自分が楽しめる娯楽を。

そうして、この世のありとあらゆる贅を貪りつくしたが、それらは彼にとって、全く理解ができないものだった。

帝国一の美女と呼ばれた女と結婚し、交わったが、彼にとっては女も行為も、何がいいのか全く理解が出来なかった。

娘が1人生まれた。

しかし、帝国の憲法に、力で治める我が国では、女には皇位継承権を与えない、と記されていたので、娘と高名な騎士の下に生まれた息子を交換し、民には演説で、息子が生まれたと報告した。

生まれたばかりの娘を、簡単に手放したことに妻は激怒し、彼のもとを去った。

更に、本当の息子を奪われ、偽りの娘を与えられた騎士も当然激怒し、帝国を去り、後に反乱を起こした。

その全てが、彼にとってはどうでもよかった。

つまるところ、彼には死しかなかったのだ。

死を見ることを楽しむ自分が異常者だと理解し、それ以外の娯楽を探すために皇帝になったというのに、彼には死でしか楽しいと感じられなかったのだ。

絶望の死、幸福の死、愛情の死、憎悪の死、他殺、自殺、集団の死、個人の死。

彼はその全てを愛した。死へといたる過程を見た時は、どのような物語に触れた時よりも感動し、死が迫った時の断末魔は、どんな音楽よりも彼の心を感動させた。

そんな異常者とは知らず、民はまた彼を讃える。

帝国と魔法の生みの親、初代皇帝シュナイゼル、竜種殲滅令により帝国を大きく変えた第13皇帝コーネリア。

彼らのように、もしくは彼ら以上に、この皇帝は歴史に名を刻むだろうと。

だが、民衆は知らない。皇帝は、異常者であることを認め、自らの娯楽のために全ての人間を虐殺しようとしていることを。

そんな彼だが、死以外の娯楽を探す事を諦めた訳では無い。

そう、可能であれば、虐殺以外を娯楽にしたかったのである。

彼は、未だに娯楽を探し続けているが、その内の一つに、数人の未来の道を限定し、一つだけの運命のレールを敷き、強制的にその上を歩ませ、それを観て楽しむ、というものがある。

実のところ、他の娯楽を探す事については、ほとんど諦めていた。

誰よりも自分のことを異常者だと自覚している。だから、普通の人の楽しめるような娯楽は自分には何とも感じないとほとんど決めつけていた。

だが、人の運命を他人が勝手に定めるなとどいう、異常の一言で済ませるには、あまりに過ぎるこれならば、楽しめるかもしれないと、淡い希望があった。

虐殺を行うより先に、この娯楽を楽しめるか、彼は試したかった。

明確な理由などない。自分でもよくわからないが、ただ、帝国をここまで導いた自分なら、数人の運命など思うがままに動かせると思ったのだ。

もし、その運命の結末を迎えて、少しも面白いと感じることが出来なければ、やはり虐殺を行うしかないのだろう。と彼は考えている。

その運命の道を辿る者は、シロナ、ミラ、カルナ、ファウスト、デュナス。

つまり、この全ての人物をうまく動かす必要がある。

果たして全員が彼の思い通りに動くのか。

彼は玉座の上で、ひたすらこれから作る運命について考え続けた。

彼は、この道に至るための仕込みを全て終わらせている。

更に、《レヴァテイン》やアレス・レオスの2国のこの道に与える影響が、どれほどのものか彼は、既に予想できている。

彼は、あらゆる可能性を検討し、これからの道は自身の思い通りになると確信した。

そう、彼はこの時点で、一人の村の少年の事を全く知らなかった。

後にそれが、この運命の道に大きく影響を与えることになるなど、彼は全く予想していなかった。


高速の突きが正確に心臓目がけて放たれる。

一瞬、回避を脳裏の片隅に描くが、この突きの速度は俺には回避不可能だ。

愚策だとわかっていながら、突きの軌道を雷槍で遮り、弾き返す。

跳ね返した槍は、先の一撃より明確に加速し、俺の首を飛そうと迫る。


これがこの槍の驚異。正確には、目の前の槍の使い手―レイナの槍術の驚異。

自らが放った攻撃を弾き返された後、次撃を前よりも加速させるという人間離れした技。

対近接武器の最強にして絶殺の技。レイナがアレスにいた頃に、編み出した彼女だけの槍術だ。

原理的に言えばこの技は、受けた一撃の衝撃をうまく体内で調節し、次撃に乗せるという代物だ。

微妙な調節と、勢いを上手く次撃に乗せる難易度が非常に高く、また、唯一の使い手である所のレイナがあまりにも説明下手なため、誰にも受け継がれない彼女だけの秘技だったのだが——


二撃目を首の皮に届く寸前に、ほとんど直感だけで何とか弾き返した直後、音すら置き去りにして放たれた三撃目が、ぴたっと俺の胸の前で寸止めされていた。

「どうする?まだ続けるか?」

投げかけられたその言葉に額に脂汗が滲む。

俺は訓練用の槍を床に捨て、両手を上げて言った。

「……降参」

その言葉を聞くと、レイナはつまらなそうに槍を引っ込め、俺は大きく息を吐いた。


事の始まりは一月前、槍という同じ武器の使い手として、軽くレイナと手合わせをした所、俺は彼女の槍術にひどく惹かれ、それから誰にも受け継がれなかったその秘技を愚直に練習し、不格好ながら再現して見せた。

それを見たレイナが、直接槍を教えてくれる事になり、今まで訓練をしていたゲンに代わって、毎日レイナにしごかれている。


「ああ、そうだ。ユウ。シノが呼んでいたぞ。医務室に雷槍を持ってこい、だと」

訓練室の壁に寄りかかって座っていた俺に、レイナはそんな言葉をかけ、去っていった。

見た目は完璧な美人なのに、近寄られても全く心臓が高鳴らないのは何故なのだろうか、等と考えながらそっと体を起こした。


「復元率は60%ぐらいかぁ……あと二ヶ月はかかるなぁ」

出てきた部屋の扉を後ろ手で閉め、ファウストは、掌に修復されつつある魔方陣を見つめる。

「バルドは何か言っていたか」

というデュナスの声にファウストは軽く首を振った。

「この傷見たいっていうから来たってのに、カルナやミラじゃないなら興味無いってさ。あれから四ヶ月も経ってまだ直らないってのに……」

ファウストの呟きにデュナスは、ただ沈黙する。

そこには、言葉にしなくともわかる同じ意見があった。

「あまりに油断しすぎだよね。この傷を作った原因が俺の油断だから言えるけどさ。あの油断はきっといつか彼を殺すよ」

ファウストは、一部だけ治った魔方陣をそっと撫でた。



「やあ、ユウ少年。悪いね、急に呼び出しなんて」

「別にいいですけど……今日は何の用なんです?」

シノはそこで珍しく一片の邪悪の欠片も見えない綺麗な笑みを浮かべた。

「雷槍の持ち運びがめんどくさいって言ってただろう?そこで私が特別性の刻印を作っておいたんだ。雷槍を握ったまま、右手を出してくれ」

言われるまま、雷槍を握ったまま、床と並行な状態で手を突き出した。

シノは、その手の上に自らの手をかざし、長大な詠唱を始めた。

青い光が手を包み込み、脈動している。光の強さが最高潮に達し、それからゆっくりと光は収束し、消滅した。

光が消えた後の俺の手の甲には、ミラやファウストの掌にあるような複雑な模様が刻まれていた。

「ん、成功だ。じゃあ実際試してみよう。」

「試すって……何を?」

「その刻印の力をさ……今からこの刻印の中に、この雷槍をしまう。やり方は簡単だ。入れ、と念じてくれればいい。」

首を傾げてしまう。何を言っているのかがよくわからなかったがとりあえず言われた通りに、入れ、と念じてみる。

直後、刻印が輝き、雷槍が形を保ったまま雷に変化し、そのまま、まるで掌の中に吸い込まれるように消えていった。

重さが綺麗に消失し、驚く。

「……おおっ!?」

「次だ。今度は出ろ、と念じるんだ」

次も言われた通りに、出ろ、と強く念じる。

またも刻印が輝き、掌から雷の帯が迸り、収束し、槍の形に変化し、実体を持った雷槍に戻った。

まるで先程の逆再生を見せられてるような気分だった。

「もう気づいてるかもしれんが、この刻印には、念じるだけで、雷槍をしまえる。これで持ち運びは便利になっただろう?」

「これはなかなか……」

素直に嬉しい。魔力で筋力を増加させることができるようになったとはいえ、雷槍は持ち運びには、なかなか邪魔者だったのだ。

「今のは領域拡張魔法を刻印に与えただけなんだがね、その刻印そのものが持つ能力はもっと凄いぞ」

そう言うとシノは、医務室の一番奥に雷槍を置いて戻ってくるように指示した。

雷槍を置いて指示通りに元いた場所に戻る。

「この刻印は、最初に雷槍を拾った殲滅令時代の英雄イグナティウスの魔力を編み込んで作られた物なんだがね。最初の持ち主だからか、何かの術式を自身の魔力に刻んだか……ともかくこの刻印と雷槍の間には、切っても切れない絆というものがある。それを今から証明しよう。今度も簡単だ。手を雷槍に向けて、「来い」と言うだけでいい。」

この刻印が、かのイグナティウスの魔力で作られたと聞いてギョッとするが、とりあえずそれを忘れて、雷槍に手を向ける。

「来い!」

俺の声が響くと同時、雷槍は、あらゆる障害物の隙間を縫うようにして飛行し、あっという間に俺の伸ばした手の中に収まった。

「おおお……!」

思わず感嘆の声が漏れる。

「この繋がりがある限りは、たとえこの世界のどこに君がいようと、雷槍を呼べる。ただし、雷槍が無事で、かつ隙間がない場所に閉じ込められてない場合だけだがな。」

しまうのもそうだが、これはかなり便利だ。これで雷槍を投擲しても取りに行く必要がなくなった。

「こんなに役立つ物を貰えるとは思ってなかったですよ」

「はは、私もたまには役に立つのさ……今朝カルナが言ってた新人との挨拶はいいのか?」

「今から行きます。ありがとうございました」

俺は早速刻印に雷槍をしまい、軽く手を振ってくるシノに背を向け、医務室から出た。


「私に3m以上近寄らないでください」

そう言い、彼女は絶対零度を感じさせる瞳で俺を睨みつけた。

その全身から放たれる気迫に思わず後ずさる。

「なぁ、ディアン……俺ってもしかして臭かったりする?」

俺の左斜め後ろにいたディアンに問いかけると、ディアンは慌てて首をブンブンと振る。

今日、アレスに一時的に避難していた元モルス帝国に仕えていた人間が2人、戦闘員に入ってくれるので、各自挨拶をしておけと言われていた。

なんでも、モルスを抜けアレスで暮らしていたが、《レヴァテイン》の噂を聞き、入る気になったという。のだが―

「男はやむを得ない理由がある時を除いて私に近寄らないでください。私、男の人嫌いなんです。」

そう言い、金髪の美しい髪の毛を手で弄ぶ彼女は、果たして仲間なのだろうか。心から疑問に思う。

「まあまあアルテミシア。これからこの人達の仲間になる訳だし……ちょっとぐらい、ね?」

「親しい人みたいな接し方しないでユナン。あなたも男。私の敵。例外はないわ」

ニコニコと笑みを浮かべながら、彼女を諭そうとした銀髪の青年を金髪の少女―アルテミシアは睨みつける。

「ごめんね、彼女、男に対してはいっつもこうなんだ。あ、自己紹介しとくね、僕はユナン。まあ気軽に接してくれ」

軽く頷き、握手をする背後でディアンがアルテミシアに問いかける。

「どうしても近寄ったらダメなんですか?これから僕達は仲間として」

「男は目の毒。耳の毒。鼻の毒。心の毒。何度も言いますが、例外はありません。私に近寄っていいのは女の人だけです。」

ディアンの優しい声を睨みつけるだけで殺し、彼女は金髪の美しい髪の毛を翻して去っていった。

顔はミラやレイナと並べても見劣りしないほど美人なのだが、あまりにも近寄らないでオーラが強すぎて正直怖い。

去っていったアルテミシアをユナンは、どこか優しげな目で見送り、

「彼女は昔、モルスで魔法実験の道具として父親に帝国に売られた、ってことがあってね。その後も奴隷として男に酷く苛められたらしいんだ。言葉遣いは酷いけど、彼女の男嫌いにはちゃんと理由があるからさ、大目に見てやってくれ」

さらりとそんな事を言うと、別の人に挨拶をしにいった。

後ろに立ち尽くすディアンの事も忘れて、俺はぽつりと呟いた。

「また実験、か……」

新入りのユナンとアルテミシア。この2人については、知る必要がありそうだ。特にアルテミシアについて。



その部屋の前に辿りついた時、彼女の心臓の高鳴りは最高潮に達していた。

このレジスタンスのリーダーである男に場所を聞いた時から、ずっとここに来るのだけが楽しみだった。

彼女は嫌な事は先に済ませるタイプだったので、まず嫌いな男共に嫌々ながら挨拶して、綺麗で可愛らしい女の人達に挨拶し、最後にここに来た。

「…………」

顔が熱い。ただ扉をノックし、開けるだけの行動ができない。体が完全に固まってしまっている。

動けず立ち尽くす彼女の眼前で、唐突にキィと音を立てて、扉が開いた。

「あ……」

それは止める暇もなく、扉によって隠されていた部屋の中を剥き出しにする。

「あら?」

扉を開いた主の視線がこちらを向いている。その美しい水色の髪の毛は、間違いなく―

「ミラさん……」

彼女の呟きに、扉の隙間から顔を覗かせていたミラは、極上の笑みを浮かべる。

「久しぶりです、アルテミシアちゃん」

扉を閉め、ミラはそっとアルテミシアを抱擁する。

親愛の情が篭められたその行動に、アルテミシアは自分の心の氷漬けになっていた部分が溶けて熱くなるのを感じた。


今日は、前からカルナ達、戦闘員と話していた事を実行に移す日だ。新入りの挨拶に少し時間をとられたが、まだ間に合う。

極力急いで行こうと下への転送装置に向け、通路を早歩きで行く俺の耳に、なんだか口論のような雰囲気を感じさせる話し合いが聞こえてきた。

足を止め、音の発生源である部屋を見ると、扉が少し開いている。

そっと隙間から覗くと、部屋に2人の人間がいるのが見えた。

片方はダライアス。アレス王国の将軍だ。この船を気に入ったのか、稀にここに来てカルナと話していたりする。

もう片方は、今は亡きセシルと、その弟セリスの母親、シャーリーだ。

見たこともない組み合わせで、興味を引かれ、もう少しここに残って聞くことにした。

「……道理で聞き覚えのある名前だったはずだ。セリス、まさか私達の息子だったとは……」

「私達じゃない、セリスは私の息子よ。あなたに父親面する権利はない。……ところで、どうしてレオや義母のレティシアさんはここに来ないのかしら?」

2人の会話に息を呑む。思わず会話に参加しそうになるが、黙って続きに耳を傾ける。

「レティシアは前の戦で死んだ。そして、レオはアレスを去った。俺にはもう何も残っていない」

ダライアスの言葉に、シャーリーが目に見えて動揺する。

「レオが去った……?あなたが、たった1人責任を持って育てると言った息子が?」

「……」

言い返せないダライアスにシャーリーはたたみかける。

「あなたがいない間にセシルは死に、セリスは拷問されたわ。その間あなたは力を求めて戦い続けたのね、せっかく見つけた義母のレティシアさんもたった1人連れていった息子のレオも見捨てて……」

次はダライアスが動揺する番だった。

「違う!俺は見捨てたわけじゃ」

「力っていうのは、人を守るためにあるんじゃないの?」

聞くに耐えなくなり、そっと扉から離れる。

会話の内容が全部わかったわけじゃないが、1つ知った。

「セシルとセリスの父親ってダライアスだったんだな……」

予定の時間まであまりないと言うのに、嫌な話を聞いてしまった。

2人は恐らく、今日偶然出会ってしまったのだろう。

「はぁ……」

ため息一つで気持ちを切り替え、俺はまた予定に向けて、通路を歩き出した。

その耳には、まだ2人の口論が聞こえていた。



カルナに軽く挨拶し、転送装置で、久しぶりの地へと降り立った。

モルス帝国本土にあるアクティア修剣学院。今日、そこで行われる入学審査に俺は参加する。

レイナやゲンと特訓してはいるものの、やはり船の中では、学べる機会が少ない。なので、カルナの提案によってここに入学することにした。

残り少ない時間に焦りながらも、貰ってきた地図を頼りにし、なんとか学院の目の前にたどり着いた。

頂上が見えないほどの巨大な建物。その前に巨大な門があり、そこに長蛇の列が出来ている。

「これが入学審査を受ける列、だよな」

1人呟き、最後尾に並ぶ。

あの2人の喧嘩はどうなったのだろう。アルテミシアの実験って一体何をされたのだろうか、等と考えていると、あっという間に自分の出番が来た。

この入学審査は、この学院に入学する限り、必ず誰もが通る道だ。

内容は簡単なもので、門の中央に立つ男が出自を問いかけてくるので、それに答えるだけでいい。

ただし、男の瞳は言葉の真偽を見抜く魔眼になっており、言葉に嘘があれば、門の両脇にいる兵士に有無を言わさず殺される。

だが今は、このモルス帝国とアレス・レオスの2国が戦争中であり、2国と同盟を結んでいるレジスタンスであるなど、名乗れるはずがない。

だが、この審査には、カルナ曰く大きく明瞭で簡単な落とし穴がある。それは―

「出身と名を」

「フーシャ村から来た。名はユウ」

目の前の男の紫の瞳が強く輝く。

「ふむ、嘘は言ってないな。行ってよし……にしてもあんな辺境にここに来るとはねぇ」

笑いを噛み殺す男の脇をすり抜けて、門をくぐる。

この通り。嘘を言わなければいいのである。例え、村を抜けて、レジスタンスに入ったという情報を伏せていても。

「この方法を教えてくれたってことは、カルナもこうやって入ったのか……?」

等と思ったが、よく考えたら皇子が修剣学院に入ってる時点でおかしい。

帰ったら聞けばいいか、と思いつつ学院に向け、俺は早歩きで向かった。


「遅いぞ貴様、入学審査ギリギリだ」

という門番の男の声を少年は無視した。

「出身はレオスだが、もうあそこは捨てた。国に帰るつもりはない。名はレオ。」

その言葉に応じるように門番の男は、言葉の真偽を見抜く己が魔眼を向ける。

嘘は言っていない。これまでの入学生と同じように通す。

少年を通した後、入学生希望時間を過ぎたので、背後の扉を閉めようとした時、先程の少年が目に入る。

赤色の髪の毛。赤銅色のフルプレートアーマー。そして、背中に背負っている大剣は―

「おい、あれって………嘘だろ」

門番の男の声に、門の両脇にいた兵士達も少年の背中に視線を送る。

途端、男同様目を見開いた。

「あれは……間違いない、ですよね、はじめてみました……」

「ああ、間違いない……まさかルシファーの末裔がここに来るなんてな……」


案内役の人に案内され、俺は学院の闘技場に連れて来られた。

ドーム状の空間で360℃ぐるりと観客席に囲まれていて、全く変化のない地面が広がっている。

観客席にいるのは、学長を始めとする学院に所属する者、そしてお金持ちの貴族達だ。闘技場の試合は、金持ちにとっての娯楽らしい。

今からここで、年に一度の入学試験が行われる。入学生は84人だが、ここには7クラスあり、1クラスに10人しか入れない。つまり、14人は絶対に落ちるということだ。

7クラスは、1に近づけば近づくほど優秀になり、7に近づくほど悪くなる。ここでの入学試験は、成績によりクラスの振り分けをするのだ。

トーナメント形式なので、すぐに試合がある。固まった筋肉をほぐしながら、自分の試合を待った。


試合は流れるように進んだ。なんと魔装兵器の使用が許可されており、雷槍は全くの苦労なくあらゆる武器を破壊し、相手に降参させた。

入学審査同様ここらへんは見直す必要があると思う。

試合のルールは殺しが許可されているので、武器破壊で降参させれるのはありがたいが、こんな感じで勝ってしまっていいのだろうか、というのが正直な気持ちだ。

あっという間に試合は決勝戦になった。最後の相手が入場してきた瞬間、俺は目を見開いた。

「セ……」

声が出ない。それほどに目の前の相手は、似ていた。俺が目の前で失った友達に。そしてその弟に。

でも決定的に何かが違う。あの2人とは何かが違うのを感じた。だから、そっと喉まででかかった言葉を飲み込んだ。

たまたま似ていただけだ。あの2人は魔法専門で、赤銅色のフルプレートアーマーなんて着ないし、セリスが来るという話も聞いてなければ、死者が蘇るはずもない。

心を切り替え、出ろと念じる。雷の帯が槍を形作り、確かな実体となって出現する。

少年が背中から大剣を抜いた瞬間、1回戦の時から俺が雷槍を出現させる度に発生していたようにざわめきが観客に広がった。

だが、それは今までと違うようなざわめきの気がする。だが、意識の外に無理矢理追い出した。

審判の始め!という威勢のいい掛け声と同時に駆け抜け、切り結ぶ。

振るわれる一撃は俺より遅いが、一撃が重い。何より驚きなのが、この剣は雷槍の一撃をまともに受けて、全く何ともない。

相手の剣も相当、名のある剣なんだろうなと思いつつ、一撃を撃ち込む。

少年の大剣が一撃を弾き返し、思わず口が笑みを形作る。

弾き返しの勢いを利用して加速した薙ぎ払いを少年は、紙一重で後ろに跳んで避けた。

「なっ……」

本家には及ばないとは言え、レイナ流の槍術が初見で完全に回避された。

その事実に呆然とする俺に高速で接近した少年が大剣を叩きつけてくる。

重い衝撃を何とか弾き返し続ける。痺れを切らしたのか少年を半歩後方に体を引きいた。

大剣の柄頭から光が溢れ、その光は刀身ではなく、少年の手に吸い込まれた。

目の前の不思議な現象に目を奪われて、一瞬反応が遅れる。

直後、下から振るわれた一撃を雷槍で受けた瞬間、重すぎる一撃がビリビリと雷槍から全身に伝わり、衝撃の強さで、雷槍が空中に跳ね飛ばされた。

「まず……」

い、という前に元の位置に戻った大剣が俺の右肩から左腰にかけて、バッサリと袈裟斬りにした。

「がっ……」

熱い衝撃が全身に走り、ぼたぼたと血がこぼれる。遠くで雷槍が派手な音を立てて落ちた。

後ろによろけて後退する。追い討ちをかけるように少年がゆっくりと歩いてきて、胸と腹の中間辺りを狙って、一閃する。

素早く背中を反らして手を突き、ブリッジの体制になる。

一秒の差で、俺の腹の上を大剣の刀身が掠める。

ここだ。薄れる意識を無理矢理繋ぎ止め、つま先に力をこめ、蹴りあげる。

少年は、後ろに素早く跳んで回避し、俺の蹴りは虚しくブンと音を立てて空を切り、半円を描いて着地した。

起き上がろうとした瞬間、めまいがする。

どうやら出血量が多すぎるようだ。

「……くそ」

悪態をつく俺に向け少年は歩み寄る。

「降参、しないのか」

少年の声を無視して、黙っていると大剣が上段に構えられた。

思い通りになり、思わず口元が笑ってしまう。俺がもう動けないと判断したその油断が、絶好のチャンスだ。

大剣が落ちてくる直前に、叫ぶ。

「来い!」

雷槍は一瞬で手の内に収まり、中腰の姿勢で突進する。俺の体は少年の腕の下を潜った。

しかし、雷槍を突き出そうとした瞬間、再びめまいがして、手元が狂った。

腹の中央目がけて放った一撃は、少年のアーマーを一部壊し、横腹を貫いた。

「ぐっ……」

なかなかの手応え。このまま薙ぎ払うか、魔力を叩き込めば、勝てるかもしれない。

だが、俺の攻撃はここまでだ。もう意識が朦朧としている。これ以上は動けない。

「……降参」

という声と同時に、雷槍から手を離し背後に倒れる。観客席から大歓声が響き、意識が光速で落ちいていった。



「ここ、は」

意識がゆっくりと覚醒する。目覚めると、白いベッドに寝かされていた。傷はじんわり痛むがもうほとんど治っている。

「学院の医務室だ。治療は済ませてある」

上からかけられた声に顔を向ける。先程戦った少年がそこにいた。俺が貫いた脇腹の傷もアーマーの破壊跡も残っていない。

「試合は、どうなったんだ……」

「俺の勝ちだ。でも安心しろ。1位は逃したが、お前も1クラスだぜ」

「そっか、そりゃ良かった……」

「ところでお前さ、名前は?」

「ユウだ。お前は?」

「レオ。……お前の槍さ、回収してるんだけど。あれって雷槍グングニルだよな」

「そうだけど?どうしてそんな事……」

聞き覚えのある名前に引っかかっていると、少年が背中から大剣を抜き、俺に見せる。

「気づいてなかったのか?この大剣、お前も知ってるだろう?」

「あ……」

視線が目の前の剣に釘付けになる。引っかかりが一瞬で霧散するほどの衝撃。あの大剣を俺は知っている。船の書庫の記録に残っていた。

『龍種殲滅令』人と竜の戦い。その結末は、騎士イグナティウスと彼の最大の友であり最大の敵であるルシファーが決別し、『終末の荒野』で決戦を行うというものだ。

イグナティウスが相棒として扱った武器は俺が持つ雷槍なのだと、記録を漁った時に初めて知った。

一方、ルシファーの相棒はこの大剣。

常勝をもたらす希望の剣エクスカリバー。

気づかなかった。観客席の異様なざわめきはこれだったのだ。

「知ってるよ、試合中は集中してて気づかなかったけど」

「そっか。」

とだけ言い、エクスカリバーを背負って、レオは去った。

エクスカリバーとグングニル。時を越えたこの戦いに、訳もなく再来を予感した。

先のとは、比較にならない規模の物を。

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モルス戦記 入浴 @yuuto

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