第6話 咲埜(5)

「咲埜ー。メガネと本、あった?」


呼ばれてはっと我にかえった私は、とっさに、触れた赤銅のそれを自分の鞄に突っ込んでいた。


「!」


(あ、やばっ)


隠したり盗んだりするつもりはなかった。

母に見せてはいけない気がしただけだったのだけど。


(なんか悪いことしてるみたい)


すぐに戻そうと、赤銅の書を取ろうとしたら、母親の顔がひょいとドアの隙間から覗いて、自分の鞄に手を突っ込んだまま動けなくなった。


「見つかったー?お祖母さんのメガネと本」


「うん、あった。これでしょ?」


多少語調が荒れてしまったなら、それは私の後ろ暗さゆえだろう。


私は母に、眼鏡ケースと本を押し付けるように手渡して、「帰ろう」と促した。


「あら、ありがとう。わたしもちょうど終わったところだったの。よかった」


何も知らない母はほっとしたように笑って、「じゃあ私は病院に行ってから帰るから」と言い、「助かったわ」と付け加えた。


「あ、うん。じゃ、家先に帰ってるね」


母と別れた直後、はっと我に返れば、私の鞄の中には赤銅色の手記が。


(どうしよう。持って来ちゃった)


元来た道を引き返すはよくても、祖母のアパートの鍵は母が持って行ってしまった。

これを追いかけて祖母の家に戻る言い訳が今は見当たらない。


(まあ、いいか。お祖母ちゃん、しばらく入院みたいだし)


次に祖母の家に行く際に、また今回みたいについていけばいいか、とたかをくくり、私は家に帰り始めた。


距離を感じる祖母。

昔何があったとか一度も聞いたことがない。

何も自分は聞かされぬまま疎遠になった。


ただ一つ。


祖母は犬が大嫌いだったのを覚えている。


(でも嫌いっていうより、あの目は)


憎んでるような眼差しをしてた。

気がする。


(あれ、怖かった)


子供ながらにその感情を敏感に察知した私は、犬が欲しかったけど我慢するしかなかった。


(お母さんもなんだよね。犬が嫌いっていうか苦手なの)


何故か。

理由があるんだろうが、聞き辛い。


それも含めて、赤銅色の手記には何かのヒントが見つかるかもしれない。


家に着いた私は、車庫に自転車を停めると、家の鍵を鞄から出そうとして手を止めた。


「…」


(なんか、今…)


ゆっくり背後を仰ぎ見るがやはり違和感は消えない。


(なんだろう、気持ち悪い)


さっき祖母の家でも感じたけど、もっとそれよりねっとりとした陰湿さを感じる視線を感じた。

気のせいじゃない。


なのに。

振り返っても視線は振り払えない。


ダレモイナイのに。


(入ろ)


わたしは、まとわり付くような視線を振り切るように、家に入るとすぐに施錠した。


(なんだろ、今日変)


心臓が少し騒がしい。

おかしいって笑い飛ばしたいのに出来なかった。

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ノアの憂鬱〜因果の花と君〜 旋利 @gcrow5

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