飛. 銃と壁、精密機械を食らうのはどちら
砂が舞う。
砂。砂。砂。
砂砂砂砂砂、砂砂砂砂砂砂砂砂砂・・・・
一面砂だらけ。その凹凸は、裸の東洋人が立っていたら恐らく紛れて分からないであろう色に染まり、輝いていた。・・・まずこんな所で東洋人が裸で立っていたらそれだけで自殺行為であるが、まあそんな真似をせずとも十分危険な場所である。
ベージュ色が広がる中に、一つの岩が転がっていた。
その岩は真っ黒に染まり、美しい光沢を放っている。しかしその岩はあまりにシンプルな立体であった。横幅と高さと奥行きが全く同じ長さ。平面が6つ。面と面の接点が持つ角度はそう90°。そう立方体である。
「ん?」
声が聞こえた。するとその立方岩が動く。動く、と言うよりかは、開く、が正しい。立方岩の南南西に向いている一面が地面へと倒れた。そう箱だったのだ。
「行ったか」
開かれた黒い箱の中から、黒いサングラスをかけ口を黒いマスクで隠した男がひょっこり顔を出した。びっくり箱のようでびっくりする二人。
「わわっ」
「何だこの悪趣味な箱!」
舞い上がった砂が地上に還ると、そこには赤く半透明なドーム状の壁があり、その内部に若い男女が立っていた。二人は開けた視界にいつの間にか黒い岩もとい黒い箱が中身を出しながら存在していたことに驚いたのだ。
「何だとは何だ。君達こそ何だ。驚いたのは僕の方だ。ふーんそうか。障壁情法が使えるんだね。それならやり過ごせてもおかしくない」
サングラスの男は顔を横にしたままに口を動かす。マスクのために声は篭っているが、マスクに慣れているのか男は聞き取りやすく喋っている。
「俺達は養成機関の生き残りだ」
「・・・なるほど」
男と青年は睨み合っていたが、少女は徐々に体をプルプルと震わせる。
「・・・もう、解いていいよね・・・いいよね・・・
「とっくに砂嵐は過ぎてんだろ。無理すんなよ能無し蛍光ペン」
「うっさい・・・」
能無し蛍光ペンはばたん、と砂上に倒れた。と同時に赤い半透明ドームが消えていく。どうやら砂嵐から身を守る為に出していたものらしい。そしてそれはサングラスの男も同じようで、黒い箱で身を守っていたらしい。
「その子が出していたのか。たいしたもんだ」
「はっ、まだ数分でこの有様だがな。で?あんたは何だ」
「僕?僕はしがない専門家だよ」
「情報の、か」
「そうなるね」
「ぶっはあああああ!死ぬかと思った!起こしてよ瑠偉!」
少女は起き上がり怒り、口と体に付いた砂を落とす。
「蛍光ペンは寝てるくらいが丁度良いんだよ」
カタカタと音がした。
「なるほどなるほど
「何だ知ってたのか」
「そうなるね。おっとこれは失礼」
男がそう言うと、カタカタと音が聞こえ、男の顔が水平から垂直へと移動した。つまり箱が動いて起き上がった状態となった。そして黒い箱は、男が顔を出した時と同じようにそれぞれの面が開き、もはや箱ではなくなった。バラバラになった6面は、地面に倒れるわけでもなく、かと言って宙に浮かぶわけでもない。
「何だその悪趣味な板と棒は!」
瑠偉が指差した板の数々は、6面から18枚に姿を変えていた。
「なんだ、何だばかりだな、瑠偉くんは。あー疲れた。このエコノミー仕様何とかできないもんかな」
1面の正方形に二本の亀裂が入り、それぞれが三枚の長方形へと別れたのだ。その18枚の板は黒い棒に繋がっており、棒は男の腕から、脚から、体から伸びていた。
「うえぇ、気色悪ぅ!・・・クモ?!クモのBEIT《バイト》?!」
「失敬だぞ恵子くん。僕は虫ではない。それにクモの脚は八本だ。この
機械腕と呼ばれた棒は複数の関節を持ち、男の意のままに板を動かす。機械腕は伸縮も出来るらしく、板はやがて男の体に密着し、全身を纏う鎧のようになった。
ようやく男の全体像が見て取れたが、そこに男の情報を垣間見ることは難しい。サングラスにタートルネックマスクに手袋にブーツに板の鎧。全てが黒く染まっている。黒い板の隙間から見える服には迷彩が施されているのが分かり、軍事関係の人物であろうかと推測するくらいだ。
「おっと更に失礼、申し送れたな。僕はボルトナットと言う。言っておくが君たちに敵意は無いぞ」
「どうだかな」
ボルトナットと名乗る男は両手を挙げておどけて見せたが、二人の警戒心は解れない。
突如、ボルトナットの左腕から二つの黒板が放たれ、二人の顔の右横で止まった。
遅れて、不気味な音が聞こえた。
「あああ危なっ!な何すんの!てか何したの!?」
「感情表現が豊かな子だね」
「・・・何のマネだ?」
板の正体もよく分からない為に迂闊に手を出せない瑠偉。恵子は驚いて怯えているだけだろう。
「マネも何も、君たちを守っただけだ。僕を警戒しているってことは、ある程度は聞いているんじゃないのかい?」
今度は二人の顔の左横に黒板が配置される。先程同様に不気味な音が聞こえる。電子音のような、ノイズのような、「良くない」と分かる音だ。
「なるほど分かったよ。お前じゃ無いのか」
「え?何?どういうこと?」
「あの先公はいつも情報不足で意味深な言葉だけ与えやがるな」
「ギミー先生か。懐かしいな」
「何だお前も教え子かよ」
「え?だから何?私ついていけてないんだけど?!」
「蛍光ペンは黙って障壁出しときゃいいんだよ」
「馬鹿にしてるよねえ絶対!ついていけてない私を馬鹿にしてるよね絶対!あー腹立つ!」
「その必要は無い。君たちは暫く休んでいたらどうかな」
「もう言われなくても休みたいから、いいから何がどうなってるのか教えて」
「だから、敵はこいつじゃなくて近くにいるって事だよ。先公の言ってた『面白いNPC』ってのはこいつ…なのかも知れねえが、確かに俺らはこいつに守られてるらしい」
ボルトナットの鎧が剥がれ、恵子と瑠偉にとっての盾へと変わり、何かを弾く様な不気味な音が響く。それは確かに見えない敵の襲撃を防いでおり、保護対象を完璧に守っていた。
「近くに居るって・・・先生みたいに透明になれるってこと?」
「まじで単細胞だな蛍光ペン。何でもかんでも身近にあるリテラシーで考えるな。遠くから狙撃してるのかも知れねえ」
「鋭いね瑠偉くん。そうだねこれは狙撃だね」
恵子と瑠偉の周りに浮かぶ黒い板は数を増し、狙撃音であろう音も頻度を増してくる。
「おい専門家さんよ。これじゃ防ぐばかりでジリ貧だろ。俺が探し出すからよ、専門家は蛍光ペンだけ守ってりゃいい」
「ちょっ・・・ジリ貧てどういう意味よ」
「おま・・・こんな情報が溢れてる中ですげえわお前。ま蛍光ペンならそうだわな。いいから守られてろ」
「ちょっとまた馬鹿にしてるでしょ!」
「ふーむ。そうだねいつまでも守られてちゃ伸びないのは確かだ。手並拝見だね。君は確かデリート系のリテラシーだったね」
「ああそうだ。よく知ってるな」
「機関の生き残りなら分かるさ。専門家だからね。じゃ、ちょっくら分析するよ」
そう言うとボルトナットは、板を二枚自身の目の前に配置した。するとその二枚の板は独りでに開き、ノートパソコンのように液晶画面とキーボード面が現れた。
というかその黒い板はノートパソコンだった。
「それパソコンだったの!?」
「そうなるね。ノートだけど」
「NPCってそういうことかよ。・・・そうは略さねーよ」
両腕で二台のノートパソコンのキーボードを叩くボルトナット。機械腕で支えられているため、宙に浮いていても叩かれる衝撃で位置がぶれる事は無い。
どうやら片方のPCで狙撃の解析を、もう片方で敵の位置情報を分析しているらしい。
「この狙撃は
「さすが専門家の出す答えは早いな」
「しかし仕組みが分からないな。あとはテレポートの限度とリテラシー量だ。瑠偉くん、この際銃を削除してしまって構わないよ」
「簡単に言ってくれるな」
「ズーム機能も付いているんだろ?」
「まあな。つまり、こうしろというわけか」
瑠偉はスマートホンを取り出し、カメラモードに切り替える。
板が動き、音が聞こえる。瑠偉は瞬時にその方向に向かってカメラを構え、画面をスワイプする。そこには、スナイパーライフルを構えた男が小さく写っていた。
「
認識され四角で囲われた部分をタッチする瑠偉。パシャリと小気味良い音が聞こえる。しかし。
「・・・ちっ。届かないか」
「そうでもないかもよ?」
画面から見える男は銃を捨てた。
「一部削除できたようだ。さすがだねえ」
画面から男が消え、逆方向から音が聞こえた。
「ま、一個破壊すりゃ良いってもんじゃないわな」
「しかし端末に入るデータ容量には限りがある。削除し続ければ向こうも焦るさ」
「はいはい、私は暫く休んでますよーだ」
いじける恵子だが、邪魔にならないようにと小さく丸くなる。健気。
暫く、ボルトナットによる防御・解析と、瑠偉による削除が続いた。
すると突然、画面の中にいたはずの男が瑠偉の眼前に現れた。
手にはナイフを持っている。
「ちっ」
しかし、そのナイフが瑠偉に届くことは無かった。
「ってー」
瑠偉が起き上がると、眼前にいたはずの男は、数m離れた地面に倒れていた。
「対応が早かったね、恵子くん」
「びっくりしたー」
見渡すとそこには赤い半透明のドームがあった。
「蛍光ペン、お前・・・俺まで飛ばすことはねーだろ!いてえよ!」
一瞬驚いた瑠偉だったが、それは怒りへと変わる。
「なっ・・・!助けてあげたのにそれは無いでしょ!しょうがないじゃない急だったんだから!」
「はは。面白いね君たち。生き残りなだけはあるね、と」
ボルトナットはそう言いながらノートパソコンを一台手に持ち、起き上がろうとした敵へと投げた。
「投げちゃって良かったんですか。そんな精密機械」
パソコンが頭に直撃してのびている敵を見ながら、恵子はそう言った。
「馬鹿お前、さんざ防御してたんだから人に当てたくらいで壊れねえよ」
「そうだね。でもこの一枚は壊れちゃったなあ」
さほど残念、という表情でもなかった。寧ろこの状況を楽しんでいるかのようにほくそ笑んでいる。無論その表情は二人には見えないが。
「これも瑠偉くん同様、恵子くんに弾かれちゃったみたいでね」
「蛍光ペン、おま・・・お前のせいじゃねえか!」
「何よ!文句ばっかり!まだ助かった礼も言ってないくせに!」
「あれぐらい俺は対処できてた。寧ろお前のせいで負う筈の無いダメージを負ったんだ。この付けは高いからな」
「恩を仇で返す気ね!受けて立つわ!」
「上等だ」
暫く喧騒が続く。
「はは。本当に面白いね君たちは。・・・しかし、
動かなくなった敵を分析しながら、ボルトナットは呟く。その表情はサングラスとマスクで見えないが、不安の溜息は隠しきれていないようだ。
「だいたいねえ!あんたはいつも自分の事しか考えてないの!だから皆とはぐ・・・」
言い争っていた二人だったが、恵子は突如糸が切れたかのように体勢を崩す。
「!おい」
瑠偉は不意に手を伸ばし、恵子の体を受け止める。
「!あーーーーーーーーーっ!!!な、何ですのそ、それは!」
そこへ縦ロールの髪型をした少女、南依流が現れたのは、また別の話。
BEITs《バイツ》ー情報は魔法の如く振舞うー 寛くろつぐ @kurotugu
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