BEITs《バイツ》ー情報は魔法の如く振舞うー

寛くろつぐ

序. 養成機関にて少年少女は青春を齧る

時は情報社会の真っ只中。

あらゆる物を『情報化』して携帯端末に取り込み、その情報を再構築して、引き出すことができるようになったため、外を出歩くときは携帯端末さえ持ち歩けばよい時代。

そんな中、『情報を喰らう虫』がどこからともなく現れ、世に蔓延り始めた。

被害が徐々に広がり始め、あちこちで悲鳴が上がると、その声に耐えかねた政府は、情報専門家達を集め、緊急対策会議を開いた。

専門家達はその虫を『BEIT《バイト》』と名付け研究し、BEITに対抗する組織が作られた。



食情報虫駆除組織『EBSI』

養成機関『MEL』―遊撃部隊Eクラス


「えー、今日は、演習を行って頂きます。内容はカンタン。BEITだらけの部屋に入ってもらって、駆除をするだけです。今までの知識と技術を持ってすれば、楽勝ですよね」


色眼鏡をかけている教官はそう言って教卓から手を離し、扉の前まで歩いた。


「移動するってのかよ。面倒くせぇ。前みたいにここでやりゃぁ済むことだろ」


「そうもいかないんですよ、瑠偉るいさん。何体かはこの教室に連れてくることもできますけど、今日はそうもいかないんでね。では皆さん、ついてきてくださーい」


男子生徒の1人が足を組んだまま教官を引き止めるが、教官は苦笑いと難易度をほのめかせる理由を返し、教室の扉を開けた。


他5人の生徒が席を立ち、教官の後に従った後、瑠偉は仕方なく腰を上げて、その後に続いた。


「何でアンタはそういちいちつっかかるわけ?ちゃんと牛乳飲んでるの?」


移動の最中に、女子生徒の1人である恵子が瑠偉に怒りをこめて話しかける。


「カルシウム不足だってのか?古臭い考えだな。お前こそ俺の言動にいちいち腹を立てすぎなんじゃないのか?」


瑠偉の返答にますます腹を立てる恵子。

移動中、このような喧騒が暫く続いていた。


「さ、つきましたよー。では開けますねー」


扉には『演習室』と書かれており、鍵の変わりに『承認センサー』と書かれた小さなスペースがあった。教官はそこに携帯を近づけ、パスワードを打つように、ボタンをすばやく押していった。


『承認されました』の機械声とともに、スライド式の扉が開かれる。


教官に続き中に入った生徒達は、目を疑う。


「いきなり、こんな多くを・・・」


恵子が呟いた通り、教室の数倍は広いその部屋には、数え切れないほど多くの青く半透明な物体が浮遊していた。


「ひぃ・・・」


眼鏡をかけた少年―風音ふぉんが眼前の光景に腰を抜かす。

ぺたん、という小気味いい音が聞こえると、それを皮切りにしたのか、その浮遊物体―通称『BEIT』が、一斉に生徒達目掛けて突進してきた。耳障りな数多の羽音を響かせながら。


「では、演習始め、ということで。私は見てますから、せいぜい狩りを楽しんでくださいねー」


教官はそう言うとまた携帯で何かを打ち込み、終わると携帯に向かって流暢な英語を放った。


「『transparent myself』」


瞬間、教官の体がすぅっと消えていき、影も形も見えなくなってしまった。


「なるほどな。ここまで来た甲斐はありそうだ。面倒だがやってやるか」


瑠偉は携帯を取り出し、番号のボタンを押していった。


「『デリート・カメラ』」


携帯に向かってそう呟くと、彼は一匹の蚊型のBEITをカメラの中に映し、『決定』ボタンを押した。

「消えな」


すると、衝撃音と共に青い蚊の姿は消滅した。

わずかながら手ごたえを感じた瑠偉は、次々にBEITを捉え、滅してゆく。


「さすがは瑠偉様ですわ。僭越ながら私も、お手伝いさせて頂いてよろしいですか?」


「いいけどよ、邪魔はすんなよ」


縦ロールの髪形をした少女―南依流ないるは、瑠偉の承諾を得ると、自分の携帯にコードを打ち込み、言霊を放った。


「『ヒュージ・コーセイ』」


すると、彼女の携帯についていたハムスターのストラップが見る見るうちに巨大化し、南依流を肩に乗せて、動き始めた。


「いきますわよ!コーセイ!」


「くぇっ!」


その巨大なハムスターは、しゃっくりでもしたかのような高い声で返事をすると、ハチ型のBEITを叩き飛ばしたり、手でつかんで口に持っていきひまわりの種でも食べるかのようにもひもひして、駆除していった。




「あとどれぐらいかかりそう?」


対して、携帯を振るってトンボ型のBEITと戦っている少年―芭論ばろんが、傍らでずっと携帯をいじっている恵子に笑顔で尋ねかけた。

よく見ると、芭論が振るっているのは、携帯から伸びている半透明の緑の剣だった。


「そんなに長くないんだけど、覚えてないしメモ見てても写し間違えるし・・・あとちょっと・・・できた!」


そして恵子も携帯に語りかける。


「『ファイアウォール』!」


恵子を中心として、半球状の赤い半透明ドームができ、周りにいたBEITを跳ね飛ばし、さらには障壁となって、突っ込んでくるBEITを中には進入させなかった。


「よかったね。でもこれ、僕たちも出られないみたいだよ?」


芭論が、少し困ったように笑い、障壁をコツコツと叩いてみせた。




一方、未だ立ち上がれない風音は、震える手で何とか携帯にコードを打ち出そうとしていた。


当然のごとく、BEITは風音目掛けて四方八方から飛んでくる。

しかし、それらは爆音と共に墜ち、消えていった。


[『実体化』、『転送』、『実体化』、『転送』・・・]


単調な機械声が聞こえる。その度に、風音から少し離れたところにドット絵の爆弾と思われるものが出現し、短い導火線の火が本体まで届くと爆発した。


「ひゃっ!・・・あ、ええと・・・ごめんなさい、ありがとうございます、たずささん」


風音は声と爆弾の主を理解し、謝礼を述べた。

すると、開いていた携帯に『既開封型メール』が届いた。『既開封型メール』とは、開かれた状態で届くメールのことであり、いちいち受信箱を開けなくても見れるものだ。しかし言い換えると、半強制的に見させることのできるメール、ともとれる。


{謝らなくていいから、がんばれ”ヾ(゚▽゚*)>フレー!!フレー!!<(*゚▽゚)ツ”}


「・・・携さん・・・はい!」


手の震えがなくなったのを感じ、風音はコードを打ち始めた。

爆音と爆風に守られながら、黙々とボタンを押す。

そんなに長いコードではないのか、暫くするとすっくと立ち上がり、風でずれた眼鏡を直した。


「『リバース!』」


向かってくるハエ型BEITに向かって、携帯を差し出す。

声のあとに、一瞬まばゆい閃光が起こり、風音自身が尻餅をついた。


「うわっ」


効果は閃光だけでは無かったようで、BEITは襲ってこない。それどころか、逆方向に向かって進み始めた。

閃光をまともに受けたBEITは、正常なBEITとぶつかり、お互いの情報を削り合い、そのまま消えていった。端から見ると、共食いをしているようにも見えた。


「わあ・・・うまくいった・・・」



それから数十分の後、部屋に居た全てのBEITは消滅した。


「いやぁすばらしいです、皆さん。すばらしい戦いっぷり。もうここまで成長しているとは。すばらしい」


いつの間にか透明状態を解除していた教官が、色眼鏡の奥で目を細めながら拍手をして、生徒達の方に近づいてきた。


生徒の中で、立っているのは芭論と瑠偉だけだった。他は座るか倒れるかして、疲れた表情を浮かべている。ただ携だけは、無表情で三角座りをしていたが。


「お疲れ様でした。大分『リテラシー』を使ってくたくたでしょう。今日のレッスンはこれでおしまい。ゆっくり休んで下さいねー。では解散」


言うなり教官は、スタスタとその場を去ってしまった。

各自自分の寮に戻って休めばいいということだ。



「おい男爵。お前も結構やるんだな。ただのいけすかねぇ爽やか野郎だと思ってたが・・・取り消す」


男爵、というのは芭論のことである。瑠偉がつけたあだ名だ。


「いやいや。恵子のファイアウォールに守られてただけだよ。おかげで楽ができたし、瑠偉達の奮闘ぶりも観戦できたよ。教官の繰り返しになるけど、凄かった」


「ふん、何だそうか。しっかし蛍光ペン、発動できたはいいが、解除できなかったってことは、やっぱり馬鹿だな、お前。それで疲れきってちゃ世話ねえよ」


蛍光ペン、というのは恵子のことである。無論瑠偉がつけたあだ名だ。


「なっ・・・アンタだってぜーはー言ってるじゃんか!この、親のすねかじり!」


「!・・・俺は疲れてなんかいない!・・・お、お前だって親のすね、かじってるんだろうが・・・。もういい」


そう言って、瑠偉は演習室を出て行った。出るときは自動ドアになっているようで、彼に反応して扉が開き、見えなくなると閉まった。


「瑠偉様・・・んもう!あなた、言い過ぎですわよ!」


南依流が後を追おうとしてやめ、恵子を睨んだ。


「言い過ぎって・・・二言しか言ってないんだけど・・・」


しかし、恵子も瑠偉があまり言い返さずに帰った所にひっかかりを覚えており、ばつが悪そうに口ごもった。


「じゃあ、僕たちもそろそろ帰ろうか」


[そうですね!早く帰ってご飯食べて、早く寝ましょう!ヽ(゚▽゚)]


無機質な声が言葉を返す。言葉と同時に、携の頭上に文字が浮かび上がる。頭に液晶の画面でも乗せているかのようだ。


かくして意見は統一し、その場を後にすることとなった。


芭論と風音は男子寮へ、恵子と南依流と携は女子寮へと向かっていった。



完全に閉まった演習室の扉。その奥で、未だ一つの影が蠢いていた。


どこに隠れていたのか、小さな蚊が、一匹。


完全なる静寂の中でその青白い生物が震わせる羽音は、滑稽でもあり、不気味でもあった。


広い演習室を自由に駆け巡る姿に映るのは、駆除されずに生き残った喜びか、はたまた別の感情なのか・・・

それはまた、別の話。



そして、翌日のレッスンで恵子と瑠偉が変わらぬ言い争いをするのも、また別の話。

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