仙人

佐藤正樹

仙人

嬴政は長く生きたいと思った。


嬴政とはやがて秦の始皇帝になる秦王の名である。

楚国を滅ぼし、あと少しで中華を統一する頃の事だ。

息子たちの中には優れた者もいたが、自分より優れているとはとても思えなかったし、これより前代未聞の中華統一という事態に至るので、諸事初めての事も多かろう、なにより長く生きて統一した自分の天下を眺めて暮らしたかった。


長く生きるには仙人になると良いと聞いた。

仙人になるには二つの方法があり、一つは修練を長く積み上げていく事で仙人になる術で、何よりも才能を必要としたが、その方法は嫌だった。長い修錬も嫌だが、才能がない場合は長い修錬の全てが無駄ではないか。

もう一つは薬を飲むこと。薬を飲めば仙人になり長寿になる。結果が同じならば、薬を飲むほうが楽で良い。それにより自分は長く生き、秦の支配体制を盤石なものに出来るし、人生を楽しめる。可能ならば永遠に生きたいとも思う。


北の地には騎馬を操るのが巧みな蛮族が跳梁しているから、長く生きるのなら、彼らを打ちのめすのも良いと思った。

仙人になる長寿の薬を優秀な将軍などに与えるのもまた良いと思った。薬の数が多ければ自分一人に独占しておく必要などどこにもない。武官にしろ、文官にしろ、得難い人物というのはいる。その者たちを長生きさせれば、秦の盤石は間違いがないだろうし、その薬自体が、彼らの今までの苦労をねぎらう何よりの褒美だ。そんな理由から仙人になるための薬についての諸々を収集している。

仙人がいるといえば捕らえようとし、体に良い植物があるというなら、それも集めさせた。


実際に仙人になれる薬というのも試した事がある。もちろん、何人もの配下に試させた上での事だ。飲んでみると、なにやら、クラクラ気持ちがよくなり、輝くような龍の群れや、宙を舞飛ぶ天女に囲まれて、極彩色の数日を過ごしたが、ストンと唐突に現実に戻されて、色あせた現実がなにやら虚しくなり、また、その薬が欲しくなってしまったので、これは危ないと、その薬について知る者たちは子供に至るまで全て始末した。強い酒のようなもので、国が乱れる元と感じたからだ。


その後も仙人になる薬探しは続けているが、あまり芳しくない。遠くの山の麓に仙人になる薬の材料があると言われれば向かわせたりしたが、音沙汰がないのでたぶん騙されたのだろう。


そんなある日、竹の杖をついた老人がやって来た。

二百歳を越えているといい、庶民では知ることのない、当時の歴史を見てきたように語るので、政を初めとする周囲の者が信じ込んだ。本当の仙人である。何より、長い修錬と才能ではなく薬によって仙人になったという事実。

嬴政は老人に金と人を注ぎ込んだ。注ぎ込んで数年、液体であるのに金属であるという、仙人になるための奇妙な薬の元が出来上がった。銀色に光る液体など秦国の誰も見たことがなかった。これを飲めば良いのかと政が聞くと、いえいえ、これを元にして丸薬を作るのです。その丸薬を飲み続ける事で、仙人への道が開かれます。ならば、早くそれを、興奮しきった政はそう言った。

半年ほどで丸薬とその製法が届けられ、嬴政を初めとした文武の得難き高官たちがそれを飲んでいる。秦の治世はこれで盤石だろう。


かつて秦が攻め滅ぼした小国の文官が老人の正体だったのだが、その事を悟られずに過ごし、ある日ぷいっと宮廷から居なくなった。始皇帝となった嬴政は少し寂しかったが、長く生きていれば又会うこともあるだろうと思い放っておいた。



あなた様は、政治も下手で戦さも下手でしたから乱世の王としては落第でしたし、平和な時代でも凡庸な王だったでしょうが、国の書庫だけは鍵も掛けずに開放していてくれたので、何人もの人間がそこに入り浸って楽しい時間を過ごす事が出来ました。その恩返しと言っては何ですが、あなたの国を踏み潰した、秦の始皇帝とその一味をあと数年で、そちらへお送り出来ると思います。読ませてもらった書物の中の記述が確かならばですけどね。記述が間違いで、始皇帝らが長生きしてしまった場合は、別の者が何か考えるでしょう。私はやれるだけの事はやりましたよ。では。

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仙人 佐藤正樹 @cha

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