孤立無援ノ四面楚歌、一騎当千ノ好機也

寛くろつぐ

序章:俺たちの戦いはこれからだ

荒廃した土地の中に、一つの城。

その城の中で、なにやら喧騒が行われているようだ・・・



「・・・何故其の様な事を尋ねるのじゃ。御主おぬしは唯暴れる事が出来れば良いので有ろう?」


一人の女が、椅子に座って男と話している。年はよく分からない。若くも見えるが、気迫も貫禄もある。美魔女、と言ってしまえばそれまでか。


「だーかーら、何でこんなコトになってんのかを聞きたいワケ。俺だって理由を聞きたい時ぐらいあるゼ?そんな殺戮人形みたいに言うなよ?女王サマ?」


対して立って話しているこの男性は、年端としはも行かぬ青年であり、どう見ても10代後半といったところであろう。

青年の発言の最後句から判断すると、どうやら座っている女性はこの城の主であるらしい。確かに、注意して見ればその椅子は玉座であることが分かるだろう。が、その装飾は決して豪奢と言える物ではなかった。


「姫。やはり囲まれているようです。360度、全方位に渡って」


玉座があるとすると王室であると理解できるこの部屋に、強靭な身体つきをした男が現れ、恭しく膝を着いて報告した。


「『姫』ぇ!?アッハハハ、そいつぁ傑作だァ!こいつが姫だってか?どう見たっていい年した『熟女』じゃねえか、義父(おやじ)!」


「なっ・・・ウィズっ、貴様ぁ!伏せて謝れぇ!姫の御前でなんて事をっ・・・!貴様はいつもそうだ!敬意というものをないがしろにしおって!・・・そして、これもいつも言っていることだが?ワシは貴様に義父と呼ばれる筋合いはなぁーーーい!」


その如何いかにも中堅といった感じの男の言うように、ウィズと呼ばれた青年は、先ほどから女王に対し、敬う態度というものをせず、ましてや敬語さえ使っていなかった。


「ほほほほほほ。まあ良いでは無いか、アーサー。主とわらわ夫婦めおとなのじゃ。そう固く為るで無い。其れとも、良い歳した熟女は嫌いえ?」


「め、滅相もございません!姫様はご幼少の頃からそれはそれは麗しく、文武両道才色兼備、才徳兼備にして眉目秀麗のまさに君主となるべくしてなったおか」

「父さん、これ」


アーサーの熱弁を遮る形で少女が現れた。いや、既にそこに居たと言った方がいい。年はウィズと同じぐらいか、それ以下だと思われる。アーサーの娘と思しきその少女は、突き出した右手に丸めた紙を持っていた。


「セーヌ…いつの間に・・・どれ」


「さっき俺が義父に怒られてた時からだよ。セーちゃーん、邪魔するなら説教の方にして欲しかったナ。ま、そんないけずなセーちゃんも大好きだけどネ!」


ウィズの言葉を軽く無視して、アーサーはセーヌから紙を受け取った。


「グランツ・・・?あいつか」


咳払いをすると声に出して読み始めた。


「『親愛なるバカ面どもへ。これより一斉攻撃を仕掛けてやる。何千人、何万人、いや何億人もの兵が貴様らを血祭りにあげるだろう。にゃーははは!大勢の部下に裏切られた気分はどうだい?クレア女王!あんたの時代は終わったんだよ!いや、まだ始まってもいなかったっけかなぁ!にゃーははは!せいぜい剣を振るうがいいさ!弓を射るがいいさ!苦しむがいいさ!頭を悩ませるがいいさ!まぁ、少しぐらいは貴様らの無事を祈っといてやるよ!にゃーははは!By新時代の最高権力者、グランツ・アールンヘルムより・・・・・・追伸。すっごい綺麗な花火打ち上げるから見ててね』だと・・・?許さん!姫様を愚弄しおって!」


「ああ、そーいうトコロは忠実なのナ」


ウィズが放った『忠実』という言葉は、恐らく手紙を読んでいるときの熱の入り方のことを指している。アーサーは、女王に対する愚弄文が組み込まれているにも関わらず、感情をこめてそっくりそのまま読んでいたのだ。まあ、大事なことですよね。


「正確にお伝えせねばならんからな」


「父さん、上手」


ウィズがセーヌのその一言に意義を唱えようとしたところ、轟くような爆発音が響いた。


「有言実行じゃな。じゃがあの様子では1万人も居るまいて。せいぜい4,5千人じゃろう」


窓から外を見ると、地上から無数の砲弾が放たれており、空中で爆発。昼でもよく見える光の花が咲き誇る。城内から眺めるのは難しいが、城を中心として円を描くように大砲を陣取っており、なかなかに絵になる光景であった。


かくして、何千人(グランツ曰く何万人何億人)VS四人の戦いが始まった。



ここで、諸々の関係、背景を確認及び補足させていただこう。

王国、ヘルツガンシュトラウプに、新しい王が誕生した。クレア・ムージョビッヒである。彼女は先代、パルフェイ・アールンヘルムから王位を授かって、ここ数年国を治めてきた。しかし、それを快く思わない者が居た。先代の息子、グランツ・アールンヘルムだ。彼は所謂『バカ息子』であり、パルフェイは周りが子を甘やかすのを止めることができず、ひねくれた性格になってしまったのだ。さすがに王位にしてはまずいと判断した先代は、昔から一目置いていたクレアに理由をこじつけて(強そうとか、かっこいいとか、これからは女の時代だよねとか、で)王の権力を引き継がせ、一年前に疲れきったように亡くなった。

クレアは、以前病気で妻―ナイゼル・リーヴンコルトを亡くしたアーサーを夫に迎え、その娘セーヌと、セーヌの恋人であるウィズを王室の側近として仕えさせた。

そして現在。グランツは、クレア女王を倒して自分が王になろうとあの手この手で兵を呼び込み、遂には側近以外の全ての部下を引き込んでいた。恐るべし、バカ息子。もともとクレアは部下にあまり興味が無く、関係が薄かったからともとれるが、彼は自分の力だと思っているようだ。バカ。

この状況は、王は初遠征での拠点に居なければならないという嘘っぱちで、急遽作られた城に住まわされた結果だった。遠征に着いて来た部下何百人かもいつの間にか消え、気付けば囲まれていたということだ。

長々しい説明であった。



花火がそれとなく続き、そろそろ飽きてきたという段階になって、兵の雄叫びが聞こえた。声だけでなく、徐々に大きくなる人の点も、開戦されたことを如実に表している。


「各々、覚悟は良いな?」


「モチろんだよ、熟女王。俺の『マサムネ』が血をせがんでやがる。早くしねえと嫌われちまうよ」


「貴…様・・・また抜け抜けと侮辱した呼び方を…!後で説教だ!・・・必ずや、姫様をお守りいたします」


「父さん、『姫』はおかしい。・・・準備完了」


それぞれがそれぞれの思惑と突っ込みと応答を返し、一同は外に出る。

そこはまさに、逃げ場のない戦場となっていた。


「さーてト。セーちゃんと俺はアッチで、義父と義母おふくろはそっちな。行くゼ、セーちゃん!」

「・・・了解」


勝手に決めて、さっさと行ってしまう恋人の背中を眺め、少し顔を赤らめたセーヌは言葉少なにウィズについていった。


「あいつ・・・!後で説教どころかもういっそとっちめてやる」

「未だ交際を認めて居らんの乎え?難儀よのう、父と言うのも」


アーサーは背中に負った大剣を持ち、娘と反対方向を進む。

倣ってクレアも歩き出し、同じく背中から、一本の矢を取り出し、手に持った弓を構える。


ピン、と小さな音を立てて、矢は勢い良く敵の先陣の一人を射殺した。

それを合図とするかのように、2人と2人は猛攻を始める。


「おりゃー、とリゃー・・・。セーちゃん、俺らが初めて会ったときのこと、覚えてる?」

「・・・覚えてる」


ウィズは刀をメチャクチャに振り回し、しかし正確に敵を捉え、一撃で葬りながら、背中を守るセーヌに尋ねる。

そしてセーヌの方は、腰にぶら下げた二本の鞘を揺らしながら、双剣を優雅に取り扱い、まるで舞を思わせる人斬りを行いつつ、一言で答える。


「義父に剣教えてもらって一番良かったことはサ、セーちゃんと会えたことだわ。この世にこんな可愛いコが居るのかよ!っていうのが第一印象」

「・・・嬉しい。・・・実は、私も」

「まじで!?やったね俺スンゲーテンション上がったよ?頑張っちゃうヨー俺」

「・・・私も」

「・・・あれ?可愛いってこと?俺の第一印象可愛いってこと?格好良いじゃなくテ?」

「・・・いや、違・・・格好良いって・・・意味・・・」

「え?何て?断末魔が多くて聞き取れナーイ!」


過去に思いを馳せるほど余裕を持つ二人の姿は、取り囲む群衆を圧倒するには十分だった。


「…若(も)しや、ナイゼルの事が忘れられんの乎え?」

「・・・・・・」


ヒュン、と風を切る音と同時に、人が倒れる。ブン、とこれまた風を切る音に伴い人が倒れる。


「忘れんでも良いんじゃ。忘れんと、其の上で妾を愛でてくれれば良い」

「・・・・・・恐れ、多いです」


断末魔の叫び声と、武器と武器、武器と人との接触音が鳴り響く中、アーサーの低い声は小さくなり、捉えにくくなる。


「・・・実はな、ナイゼルが死ぬ前、妾に言ったんじゃよ。『私にもしものことがあれば、アーサーをよろしく頼む』とな。ナイゼルは先が短い事を知っとった。妾も初めは迷ったのじゃ。御主が一途な事は良く知って居ったしの。しかながら、妾もナイゼルと同じでの。主を好いて居たのじゃ。幼い頃から主は格好の良い奴じゃった。じゃからの、妾は主さえ幸せに成ってくれたら良いのじゃ。妾を無理に好かんで良い。・・・ほれ、後ろ」


アーサーが女王の言葉に聞き入っていたので、背後から襲ってくる敵にクレアが対応した。


「・・・・・・例え、ナイゼルの代わりでも・・・ですか?」

「勿論じゃ」

「・・・」


そうして、互いに無言のまま、戦闘が続いていった。


戦うこと数十分、兵が皆少数の強さにたじろぎつつある頃、4人が一堂に会した。


「義父、生きてたのカー。死ねば俺らは何の障害もなくゴールインできタんだけどネェ」

「父さん、これ冗談」

「・・・セーヌに変なことしてないだろうな」

「デキル訳ねぇだろ!愛を語り合うので精一杯サ。あ、でもこの戦いが終わったら一つになってくれるって言うんだけど・・・ダメ?」

「!!!ゆぅぅぅぅうぅうぅるさぁああぁぁああん!・・・ん?セーヌが言ったのか?!お前・・・」

「私も大人」

「ほほほほほ。良いのぉ良いのぉ。其処は若い二人に任せれば良い。じゃが、妾達も夫婦の営みが未だじゃったの。如何どうじゃ一つ。此の戦が終わったら」

「姫様まで・・・」


この会話は、全て敵が間合いやタイミングを見計らって攻撃しかねている硬直状態での会話である。最も、4人は硬直などしていなかったが。あくまで余裕ですな。


「しっカし、どんだけいるんだよ、コイツら。そろそろ面倒になったんだけど?義母サン?」


「・・・良い乎、皆。此の戦いは恐らく、グランツが妾達に兵を殺させる為の戦いじゃ。言う為れば、妾達の部下の死体として、数を圧倒したと世に語り継ぐのか、若しくは其奴等に罪を着せるかするんじゃろう。然し、妾達はそんな事には関与せん!新しい世を築く為、妾達は今奮起せん!此の孤立無援の四面楚歌、一騎当千の好機也じゃ!」


そう言って弓を空に向けて掲げ、そのまま矢を放った。未だ太陽の沈まぬ時刻に、その一本の矢は明るく輝き、少なからず4人の目を細くした。


「姫様・・・」

「格好いい」

「そうカァ?言葉だけでうまく丸め込まれた気がするんダガねぇ。ま、イイカ」


矢は真っ直ぐに落ち、避けたクレアがもと居た地面に突き刺さったのをきっかけに、4人と兵の軍勢は乱闘を再会した。


さてこの勝負、グランツかクレア、どちらに軍配があがるのか。

貴方方には、容易に想像が出来よう。

それでは、これにて・・・

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