第3話 殻魔装

 オレは頬杖をつきながら机の上に広げられた、父の書いた魔物図鑑を見るともなしにぼんやりと眺める。


 大学受験に失敗してそのままフリーターになった。

 ある日突然あらわれたバランに父の遺産の説明を受けて書類にサインをした。

 その後にバランと一緒に近所のファミレスへ向かい、従業員控室の扉から魔界へ。


 どう考えてもファミレスの件から後が一気におかしい。

 待てよ。もしかしてこれは全て夢なのでは。気が付くとファミレスの席にいて、じつは居眠りしてましたってオチか。そうかもしれない。それなら納得がいくのだが、いったいいつ目覚めるんだ……。


 机の隅に置かれた紺色の書店の包に上に目をやる。

 バランが母から預かった品だと言って置いていったもので、包の左上に『HAPPY BIRTHDAY』と書かれた金色のシールと赤色のリボンがついている。

 テープをはがして包を開けると二冊の本が入っていた。 


 『三国志に学ぶ! 超リーダー力!』

 『Let's 異国でナンパ! (初級編)』


 たしかにリーダーなんだけどね。異国というか異世界というかね。

 ツッコミどころ満載。タイトルから間違いなく母の選択なのがわかる。

 この本を置いて部屋を出る前にバランは話の本題に入った。


 「既にダン様には遺産相続の内容がこのお屋敷とロックランドの領土それと貨財であることはお伝えいたしましたが、その中の貨財についてご説明させていただきたくこの書斎にお越しいただきました」

 

 そう言うとバランは壁際に置かれた本棚の本に触れる。

 『ズズズ……』本棚が小さな音を立てながら横へずれると、その跡に奥の部屋へと続く入口が現れた。


 「さあ、ダン様どうぞこちらへ」


 隠し部屋か。オレはバランに言われるがままにその中へと入った。

 奥まった場所に頑丈そうな扉が見える。


 「ダン様、この部分に手を添えていただけますか?」


 扉のすぐ横にある正方形の石版のようなものに手を添えた。

 すると石版にぼんやりと手形が浮かび上がる。

 その直後、頑丈そうな扉は音も立てずに扉が開いた。


 扉の奥には小さな部屋がある。左手には書棚がありたくさんの書物と巻き物が。右手には装飾された木の小箱が二つと壁面にはいくつかの武器や杖が。そして、中央の突き当たりには頭部に二本の曲がりくねった角を生やし、たてがみを生やした獣人の悪魔を彷彿とさせる様相の置物が日本の鎧武者を彷彿とさせる状態で鎮座している。鎧と肉体が同化したかのような禍々しい姿はまるで魔界そのものを体現するかのような異様さを放つ。


 バランはまず左手の書棚を指して説明をする。そこには先々代の祖父が残した魔導や魔界に関わる重要な書物と、先代の父が書き残した特別な魔物の資料。それと万が一に備えて蓄えてある魔法の巻き物がたくさん置いてある。


 次に右手にある装飾された木の小箱を開けた。一方の小箱には革袋に入った金貨と銀貨が、もう一方には貴金属類が入っている。金貨と銀貨は箱の大きさにたいしてずいぶんと少なく感じる。壁に立てかけられた武器や杖もかなりの値打ちがあるものらしく、バランがその価値を興奮気味に説明するがオレにはいまいちピンとこない。


 最後に中央の突き当たりに鎮座する不気味な置物に目をやる。声をつまらせてそれを見つめるバランの目に薄らと涙が浮かぶ。どういう意味の涙なのか。まったく想像がつかない。

 

 「これは先代がダン様のためにお作りになられたものです」

 「え!? オレのため?」


 父さん、こんな気色の悪い置物をオレにどうしろと言うんだ。 

 

 「でも、これって……」

 「これこそ先々代の魔法知識と先代の魔素研究の知と財と努力の結晶。最高峰の殻魔装がいまそうでございます」

 「殻魔装?」

 「はい。選ばれし者だけが纏うことを許される最高位の魔装衣でございます!」


 どうやら身につけるもののようだ。

 目を血走らせながら感情的に説明を続けるバランのテンションが少し怖い。

 

 「これを纏われればダン様も魔素の影響を受けることなく、長時間でも自由に魔界の外の空気に触れることが可能となります」

 「へえ。そうなんだ」

 「このお屋敷の中は結界で守られておりますので魔素の影響は受けません。また、短時間であれば魔素の影響も軽微なものでございますし、体内に蓄積された魔素は微量であれば自然に少しずつ体外に排泄されるようになっております」


 なるほど。魔素とはどことなく放射線にも似た要素がある物質のようだ。

 目に見えないだけに厄介だが、やたらと恐れる必要はなさそうだ。

 

 「よろしければ試しに纏われてみてはいかがでしょうか」

 「え? 今?」

 「はい。殻魔装の素晴らしさを実感するには纏われてみるのが早いかと」

 「そうなの?」

 「はい。ぜひ」


 こういう時のバランは妙に押しが強い。熱意に負けて試しに殻魔装を着てみることにした。いったいどんな素材でできているのだろう。見た目は薄気味悪くかなりゴツイ感じだが、持ち上げてみるとその軽さに驚いた。

 

 殻魔装がいまそうは両足から首の付け根あたりまでの背中全体と、両腕から胴体の全面、そして頭の三つのパーツに分かれていた。


 黒緑色のガウンを脱いで、まずはゆっくりと足部パーツをはいてみる。

 かなり大きめの作りだと思ったが、はき終えると同時にパーツがオレのサイズに合わせて自然に収縮し肌に密着する。どういう仕組みなのかはわからないが、尾てい骨の辺りに位置する尻尾まで自分の意思で動かすことができる。


 そのまま試しに歩いてみる。たしかにこれはすごい。まるで超薄手のタイツを一枚だけ着用しているかのような着心地で、動きに対する負荷はまったく感じない。


 続いて腕部パーツを着てみる。足部分のパーツと同じようにかなり大きめだが、これも着終えると同時に自然に収縮し肌に密着した。まるで全身タイツ。いや、それ以上の着心地の良さだ。


 最後に頭部パーツをかぶる。見た目はグロテスクだがかぶってしまえば自分の姿は見えない。頭部も自然に肌に密着すると、もはや何も身につけていないと錯覚するほどの視界の良さだ。暑くもなく寒くもない部屋を全裸で歩き回るような開放感だ。


 「バランさん、これすごいよ!」

 「そうでございましょう。お父上が私財の大半を費やして、ダン様の描かれた絵を元に魔界最高位の技師が作り上げた傑作でございます!」


 私財の大半? 

 オレの絵?

 

 「バランさん、その絵って?」

 「この殻魔装はダン様が六歳の頃に描かれた絵を元に作られております」

 

 六歳の頃に描いた絵?

 何そのオレの記憶を試すかのような内容は。

 『どうせ覚えてないだろうけど』というバランの心の声が聞こえてきそうだ。


 「その絵を元に魔界の最高技術を持つ技師が、かの有名な魔界王グサインの全盛期を大胆にデザインに取り込んで斬新かつ荘厳な仕上がりにいたしました」


 かの有名なとか言われても知らないし。

 そもそも、これってオレの描いた絵のエッセンスは残ってないのでは。

 たしかに覚えてないよ? まったくね。でも、六歳のオレが描いた絵を元にして、こんな禍々しいものが出来上がるわけがない。


 めんどくさいので一切そのへんはツッコミなし。

 オレは半獣の悪魔を彷彿とさせるかっこうのまま書斎を歩き回った。ものすごく体が軽い。試しに飛び上がるともう少しで天井にぶつかりそうになった。


 「おお、お気をつけください。殻魔装を纏われている際には筋力、動体視力をはじめとする各運動性能が格段に上昇しております」


 何このジャンプ力!?  

 少年誌のヒーローレベルだ。見た目は完全に悪役だが。

 バランも目を輝かせながらオレを見つめている。


 「ダン様、せっかくですのでそのまま領内をご覧になられてはいかがでしょうか。殻魔装を纏われていれば魔素の影響を受けることもございませんし」

 「あ、いいですね!」

 「かしこまりました。早速、準備いたします」


 バランは『そう言えば』と出がけに母からの預かり物だと言って机の上に本屋の包みを置くと、嬉しそうに足早に部屋をあとにした。


 オレは椅子に座り父の書いた魔物図鑑をぼんやりと見つめる。

 父は何を思ってオレにロックランドを相続したのだろうか。何を思って私財の大半も使ってこの殻魔装を作ったのだろうか。今のオレにはまったく想像もつかない。


 拳を握ると掌にはそれなりの感触が伝わる。まるで薄手のゴム手袋でも着けているかのようだ。オレはその拳で自分の胸を叩いてみる。感触はあるが痛みは感じない。

 殻魔装はオレのような生身の人間の体を守ってくれるだけでなく、高性能な防具であると同時に医療や介護に使用されるパワーアシストスーツを飛躍的に進歩させたような機能を兼ね揃えている。バランが力説したくなるのも無理はない。




 「ダン様、ワイバーンの準備が整いました」

 「ワイバーン?」

 「どうぞ、こちらでございます」

  

 案内されるがままに禍々しい格好のまま屋敷の外へ向かう。

 正面の扉を出てすぐの場所に土色の肌をした、小太りで背の低い男が立っていた。


 「おはようございまっス、ダン様!」

 「こちらは使用人のポルチでございます」


 バランに紹介されると小太りな男が帽子を取って深々と頭を下げた。

 鼻がつぶれたように低く、額に小さな角が二本ある。

 耳が大きく垂れ下がり、茶色の瞳の中には山羊のような楕円の瞳孔が見える。

 西遊記の猪八戒をディフォルメしつつ小さな角を生やし、リアルな仕上げをすることで不気味さを醸し出した人間以外の生物という感じだ。


 「ポルチはオーク族でございます。オーク族は魔界ではごく一般的な種族で、ポルチの他にも兵士の中にも何名かオーク族がおります」


 初めてオークを見て固まるオレに助け船を出すようにバランが説明をした。

 そうだ。ここは魔界だ。そういう意味ではポルチの見た目はバランよりも魔界のイメージに合う。人間の子供くらいの身長でぽっちゃり体型のポルチが、ニタニタとへつらうように笑みを浮かべながらオレを見上げる。


 口を開けると下顎から小さな牙が覗く。

 見ようによってはキモ可愛いと言えるのだろうか。

 いや、キモイというより怖可愛いと言うべきか。


 ポルチの案内で通りを進んだオレは更に驚愕の物体を目にする。

 翼の生えた紫色のドラゴンだ。それが二匹。

 客車部分に縦列で、馬車馬のように連結されて地面に座っている。


 「いかがでございますか、ダン様。希少種の紫色種が二匹、それもロストランド産のワイバーンでございます」


 バランが目を輝かせながら自慢げにワイバーンを紹介した。

 たしかにワイバーンにはかなり驚いた。ゲームや映画でしか目にすることのないはずの怪物が目の前に二匹もいるのだ。驚かないわけがない。希少種というからには価値があるのだろうが、バランの自慢ポイントは初めてワイバーンを目にするオレにはまったくピンとこない。


 「それではダン様、ワイバーンにお乗りになる前に念のために殻魔装の起動方法をお知らせいたします」


 ワイバーンにビビりながら客車に乗り込もうとすると、窓ガラスに映り込んだ自分の禍々しい姿に一瞬ビクッとなった。そうだ。殻魔装を着てたんだった。あまりの着心地の自然さにすっかり忘れていた。今のオレの姿に比べればポルチなど可愛いものだ。案外ポルチがへつらった笑みを浮かべていたのも、オレが領主だというだけでなくこの見た目のせいもあるのかもしれないな。

 

 ポルチは丁寧に扉を閉めるとそそくさと御者台にかけ上がり手綱を握った。

 見た目によらず動きは素早いようだ。


 「ダン様、バラン様、ベルトはお締めになられたっスか?」


 ゴーグルをかけたポルチが御者台から振り向いてオレたちに問いかける。

 慌てて座席を確認すると革製のベルトが取り付けられている。

 それで腰あたりを固定した。


 準備が整ったことをポルチに伝えると、手綱の合図に反応するように二匹のワイバーンが立ち上がる。


 立ち上がるとサラブレッドと同じかやや大きいくらいか。

 準備運動をするようにワイバーンたちがゆっくりと翼を広げ首を小刻みに上下させる。翼を広げるとその大きさは何倍にも感じられ一気に迫力が増す。

 馬車馬と違い縦列に連結されているのはこの大きな翼が邪魔になるからだろう。


 「それでは出発するっスよ!」

 

 その言葉と同時にポルチがヒュッと口笛を鳴らし同時に手綱で指示を出す。

 ワイバーンが勢いよく駆け出した。

 スピードに乗ったところで一斉に翼を広げて二度三度と大きく羽ばたくと、一拍遅れて客車が宙に浮く。ワイバーンたちが羽ばたく毎にグイグイと引っ張られるのを感じる。


 ワイバーンと客車は傾きながら大きく旋回して高度を上げていく。

 やがて十分に高度を上げたところで安定した直線的な飛行へと切り替わった。


 「やはりロストランド産はパワーが違うな、ポルチ!」

 「あい。バラン様!」


 そうらしい。オレにはよくわからないが。


 上空から見下ろすロックランドはその名の通り大地の半分以上を岩が覆いつくし、その合間から背丈の低い草や低木が顔を見せる場所が多い。建物がないのでずいぶん狭く見えるがおそらく大田区程度はあるように思う。


 領地のほぼ中央にある高台に屋敷があり、そこを中心に東部には岩場の狭間に渓谷があり川のほとりには背丈の低い草花が分布する。その先には小さな滝がありその周囲には背丈の高い草も生い茂っている。


 西部は乾燥しており植物がほとんど見られない。植物が少ない理由は土壌に水分が少ないだけではない。この辺りは魔素の強いロックランド領内でもとくに高濃度の魔素が発生するため、ほとんどの植物はその強い魔素の影響を受けて生育が困難になっているらしい。地上の所々に人が出入りできる程度の穴が見られるが、バランの話では穴の中に住む者がいるらしい。

 西部の中央よりやや北部よりには更に巨大な穴が地上にぽっかりと口を開けていた。ここにも魔宮が発生しているのかと思いきや、そうではなくただの大穴らしい。


 北部は大きな岩山が中央にそびえ立ちその周辺を奇岩石群が囲む。上空から見ると奇岩石群の合間に大きく開いた魔宮の入口が見える。今日も兵士たちが見張りをしてる。魔宮がこの地区に発生してからは厳重警戒地区となっており、私設兵士が交代で見張りを続けている。


 南部は屋敷から見ると岩場の間に背丈の低い草が生える地域が続き、その向こうに森と湖が見える。肥沃な土地の乏しいロックランドで唯一といえる緑が生い茂り野生生物の生息数が多い地区だ。


 その森の上空を通っていた時に不思議な光景を目にした。

 一羽の白い鳥を十羽ほどの黒い鳥があとを追うように飛んでいる。やがて追いついた黒い鳥たちは白い鳥をとり囲むように周りを飛びまわり、それぞれに鳴き声を上げている。何をしているのだろう。


 気が付くと白い鳥は姿を消していた。いったいあれは何だったのか。


 「バランさん、あの鳥の群れは何をしているんですかね?」

 「あれは鳥ではなく野生のガーゴイルでございます。何やら気が立っている様子でございますね」

 

 ということはさっき見た白いのもガーゴイルなのか。

 何となく気になったオレがバランに下に降りることは可能かと問いかけると、バランは即座にポルチにその旨を伝える。領内のことを詳しく知るためには少しくらいは寄り道もいいだろう。着陸の指示を受けたワイバーンは旋回しながら徐々に高度を下げ、やがて森の入口付近へと着陸した。


 客車から降りたオレは背の高い樹木が生い茂る森に目をやる。

 下草が多く木の枝に遮られ陽が射さない森の奥は薄暗く見通しが悪い。


 「バランさん、この森って入ってみても大丈夫ですか?」

 「もちろんでございます。全てダン様の領地でございます」

 「いや、そういう意味じゃなくて一人で入って危なくないかなぁ……て」

 「殻魔装を纏われてますので問題ないかと思われます。この辺に生息する下級な魔物や野生動物では、殻魔装を纏われたダン様に傷ひとつ付けることは難しいはずでございます」


 うわ。やっぱり魔物とか普通に生息してるわけね。

 本当に大丈夫だろうか。


 「ご心配でしたら、念のために『起動』した状態で入られたらいかがでしょう」

 

 何を起動するのだ。殻魔装をつけていなければバランでなくても、オレの表情から簡単にそれが読み取れただろう。しかし、流石は先々代から使える執事だ。バランはすぐに起動の説明を始めた。


 「殻魔装は本来、起動なしでもその防御性能や運動性能は損なわれません。ですが、起動することで本来の全性能を発揮いたします」


 なるほど。殻魔装を起動するということか。

 この状態でまだ全性能を発揮してないとは。

 まさか起動したら巨大ロボットと合体でもするのか!?


 「どうやって起動するんですか?」

 「そのまま『起動』と強く念じるだけでございます」


 『起動』 「ぬぴっ!」

 

 思わず変な声が出のにはわけがある。

 頭部に静電気のようなものを感じると、次の瞬間に息子と尻に強烈な違和感を覚えたからだ。何かが尿道と肛門に入り込んできた。

 殻魔装が密着しているので逃げることができない。


 突然、視界内に白色で『正常起動』文字が浮かび上がる。

 何が起こった。オレは咄嗟に涙目でバランの方を見た。


 名称:バランドルズ

 レベル:121

 性別:♂

 状態:良好

 種族:魔族

 職業:執事

 魔法属性:視覚認識


 これはいったい。バランの情報?

 その隣で不思議そうにオレを見つめるポルチに目を向ける。


 名称:ポルチ

 レベル:17

 性別:♂

 状態:空腹

 種族:オーク

 職業:使用人

 魔法属性:食餌


 名称:不明

 レベル:8

 性別:♂

 状態:良好 

 種族:ワイバーン

 職業:────

 魔法属性:移動


 名称:不明

 レベル:7

 性別:♀

 状態:良好

 種族:ワイバーン

 職業:────

 魔法属性:移動


 ポルチと同時に視界に入ったワイバーンたちの情報までもが瞬時に表示される。

 こいつらオスとメスだったのか。もしかするとつがいなのか?

 それよりポルチの『状態』の『空腹』と、『魔法属性』の『食餌』って。

 何だそれ。

 

 「バランさんって魔族だったんですか?」

 「はい。魔族は魔界で最も多い種族でございます。どうやら殻魔装が上手く起動したようでございますね」

 「魔族ってことは悪魔ということですか?」


 バランは苦笑いを浮かべながら続ける。 


 「正確には『悪魔』というものは存在いたしません」

 「え? そうなんですか?」

 「ダン様がおっしゃる悪魔とは人間をたぶらかしたり蹂躙するような者のことでございましょう」

 「えっと、まあ……はい」

 「それは、天界族が人間に植えつけた魔族の虚偽の概念でございます。天界族は人間の心の操作にとても長けた種族でございます。そういう意味では人間の言う悪魔とは我々、魔族を指している事になるとも言えるのでございますが」


 天界族というのがオレたちの言う天使ということになるのか。

 その天界族が人間の心理操作で魔族をオレらがイメージする悪魔という存在に仕立て上げたと言うことか。にわかには信じがたいがバランがオレに嘘をつくとも思えない。ただ、その説明だとまるで天界族こそが邪悪な存在に思えるのだが。

 そんなことがあり得るのだろうか。

 

 「さあ、ダン様。まずはその他の殻魔装の操作方法をお伝えいたしましょう」

 「ああ。はい。お願いします」


 何か無理やり話題を変えられた感があるが。

 気のせいだろうか。


 「殻魔装の起動を終了する際には『停止』と念じてください。ただし、停止すれば次に起動できるまでしばらく時間がかかります」

 「なるほど」

 「それと大切な注意点がございます。殻魔装が連続で起動できるのは日中で一時間程度でございます」

 「一時間を過ぎるとどうなるんですか?」

 「自動的に停止いたします」


 便利だが一時間で停止するのはいただけないな。

 いずれにしてもこの防御性能と運動性能があればなんとかなるだろう。


 「その他にもいろいろな機能がございます。例えば『状態表示』と念じれば自らの状態を確認できますし、『位置表示』で自分の現在地がわかります」

 「なるほど」

 「それと『魔法』と念じれば現在お使いになれる魔法が表示されるはずです」

 

 魔法まで使えるのか!? 

 オレの中二魂に火がつくのを感じる。


 『魔法』


 魔法:魔法の矢マジックアロー


 おお。表示された。

 でも、一つしか出ない。やり方が違うのか。


 「魔法の矢マジックアローと出ました」

 「本来、魔法は時間をかけて習得するものなのでございますが、その魔法だけは先々代の偉大な魔法技術を取り入れ、最初から殻魔装自体に組み込まれております」


 会ったこともない祖父の魔法。少し不思議な気がするが今の自分があるのは祖先がいたからだ。そう思うと何か壮大なものを感じる。


 「魔法の矢マジックアローはその名の通り、掌から魔法の矢を放つ攻撃魔法でございます」


 高い防御性能と運動性能に加えて魔法。

 これならバランのいう通り大丈夫だろう。


 『位置表示』


 念じると視界内に自分の現在地と周囲の地形が表示される。

 森は南北にのびた歪な楕円状になっている。北側のはずれに青色で表示されているのがオレの現在地だ。近くにある四つの白色のバランとポルチとワイバーンたちの表示で確認できる。これなら迷うことはない。


 「じゃあ、ちょっと森の中を散策してきます」

 「かしこまりました。どうぞお気をつけて行ってらっしゃいませ。私どもはここでお待ちいたしております」


 下草をかき分けながら森を進む。有名な海外の国立公園を彷彿とさせる直径が一メートルを超える巨木の森の中は、わずかに届く木漏れ日が赤銅色の樹皮を照らし何とも言えない味わいのある雰囲気を醸し出している。


 よく見ると下草にまじって綺麗な花や実のなる植物も生えており、見たことのない羽虫が舞い、栗鼠に似た小動物が木の枝の上からこちらの様子をうかがう。むせ返るような緑の香りが気持ちが良い。ここが日本なら人気のハイキングポイントになっていたことだろう。


 しばらく進むと森の奥の方から動物たちの甲高い鳴き声が聞こえてきた。

 この泣き声は聞き覚えがある。さっき森の上空で見かけた野生のガーゴイルたちだ。オレは速度を上げてさらに歩を進めた。


 木々の間から全身が真っ黒の尻尾の長い子猿に蝙蝠の羽を生やしたような生物が、地面に群がって荒々しくキーキーと甲高い声を上げているのが見えた。

 ガーゴイルだ。時折、飛び上がり羽をばたつかせては同じ場所へと降り立つ。

 何をやっているのだろう。


 近付くとその中の一匹がオレの方を見て、ギギギッとけたたましく仲間に警戒を促す声を上げた。その一匹が口元や手の先から緑色の液体を滴らせながら近くの木の上に飛び上がると、すぐに周りにいたカーゴイルたちが一斉に飛び上がった。


 ガーゴイルたちが去ったあとには緑色に濡れた小さな塊が横たわっていた。

 近付いて見るとそれは仲間たちに酷く傷付けられて、息も絶え絶えで横たわる緑色に染まったガーゴイルの子供だった。この緑色の液体はガーゴイルの血液なのだろう。うつぶせに丸まった体を優しく抱き上げると顔と腹の辺りに白い毛が見える。きっと森の上空で一瞬だけ目にした白いガーゴイルだ。


 仲間たちにここまで攻撃されるのには何か訳があるのだろうが、これではあまりに惨すぎる。放っておけばこのままなぶり殺しにされるのは明らかだ。見捨てることはできない。オレは緑色に染まったガーゴイルを抱きかかえたまま『位置表示』を頼りにバランたちのもとへと急いだ。


 傷ついたガーゴイルを抱きかかえ背中を向けて歩き出した途端に、オレの周りを真っ黒なガーゴイルたちがキーキーと甲高い声で威嚇しながら飛びまわる。

 あまりにも目障りだったので試しに左手を突き出して『魔法の矢マジックアロー』と念じてみた。そのとたんに掌から輝く魔法の矢が放たれる。もちろんこちらも威嚇のつもりだ。


 それが偶然にも近くの木の太い枝に命中してヘし折れると、そのままガサガサと大きな音を立てて林の中へと落下した。気が付くとその音に驚いたガーゴイルたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去り姿を消していた。

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遺産相続したら魔界で爵位まで継承しちゃった件 桜 二郎 @sakurajirou

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