二次元球面理論(仮説)
穴田丘呼
第1話
骨子 我々のみている世界は三次元(時間の概念を導入すれば四次元であるが)ではなく二次元である。
序
人間はE(エネルギー)でありm(質量)を持ち、c(光の速度)の2乗という性質を持つ。我々の体内は光が飛び交い、質量を持ちながらにして世界をみている。そのみている世界は三次元ではなく二次元であり、質量を持った我々が時間の作用により二次元世界を三次元世界だと錯覚しているのだ。また質量を持つが故に見る世界が立体的、つまり三次元に見えている。
1. E=mc^2というのは特殊相対性理論に於いて導かれた式である。二次元球面理論はその式から解釈可能なものである。またその解釈は人間原理に基づいている。そうしてこうもいえるのだ。宇宙がなくては我々は存在しないが、我々がいなくては宇宙も存在しないと。
2. 二次元球面理論は時間の概念を導入することで連続的な動体を感じ取ることが可能だ。時間の概念を導入することで刻々と変わりゆく二次元を三次元だと捉えてしまう。これは人間が質量を持つことで(つまりエネルギー)可能となる。だがそれは二次元の連続性をそう捉えているだけで実は三次元ではなく二次元の世界に我々は存在する。これも人間原理を適用する必要がある。
3. 宇宙から地球を眺めると(人工衛星などで)地球は球状である。立体的であり三次元に見える。そこで欠けているのが時間の概念だ。二次元球面理論では二次元が時間の元に変化する平面を考える。平面なら地球を一周することはできないと思われるかもしれないが、平面の連続性がそれを可能にする。平面が時間とともにつながっているのだ。連続性は即ち時間である。
4. この理論は証明されてはいないし、熟考されたわけでもない。確たる証拠を見つけるには理論物理学者や数学者の手を借りなくては不可能だ。またこの理論は思考実験によるひとつのアイデアに過ぎない。しかししてこの考えがかりに正しければ科学の変革を伴うだろう。
おわりに
人間というのはあらゆる可能性を秘めている。それはどの人にもいえることだが、不幸にしてそこまで及ばなかった人も多いことと思われる。だがしかしそれは単に環境や立場の違いによってそこに辿りつけなかっただけで、科学は人々にとって身近であり、親しみやすいものなのだ。可能性を秘めながら科学的な物事と遭遇することなく過ごした人はまったく持ってアンラッキーだったといえよう。
幸運な人々に告ぐ。研究というものは難しいものではない。また特別なものでもない。ただし自己を解き放つかのようなひらめきはそうそう訪れるものではないのだ。だからして日常をこころして過ごし、どんなことからでも学ぶ精神を尊んで欲しい。
あらゆる可能性の中で。 穴田丘呼
二次元球面理論(仮説) 穴田丘呼 @paranoia
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ユーラシア大陸横断日誌/穴田丘呼
★2 エッセイ・ノンフィクション 連載中 1話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます