小話

※自分のものには名前を書きましょう

 天佚崎学園。

 普通科棟・双璧クラスにて。


「これから修学旅行のしおり配るよー。みんな後ろにちゃんとまわす様に」

「「「はーい」」」」

「はーいだっちゃ」


 嬉し気に両手を万歳とあげて、しおりを配り始めた委員長に浮波千葵うきなみかずきは返事をした。


「京都・・・いいね。ひまり、一緒にまわろうか」

「はい、です。楽しみ、です」


 後ろの席でそわそわしている琴乃ことのひまりが依知川いちかわひざしと約束しているのを聞きながら。自分の席でしおりがまわってくるのを、どきどき高鳴る胸を押さえて千葵は待っていた。


「はい、千葵」

「ありがとだっちゃ、戯沙ちゃん!」


 はにかんでしおりを受け取る千葵。尻尾を振る犬の幻影が見えて、思わず流戯沙ながれきさは千葵の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。


 それから何事もなかったかのように前を向き直る戯沙。はてなマークを浮かべながらにこにこ笑っている千葵。


 それをつまらなそうに机に肘をつき、その上に顎を置きながら見ていた高遠南調たかとおみつきはちっと鋭く1つ舌打ちをかました。

 鋭すぎる舌打ちに全く気付かなかった千葵は、しおりの最後のページ、注意事項欄にある一文を見つけて目を見開いた。


 そして、おもむろにペンケースからサインペンを取り出すと、椅子ごと南調の方を向いた。怪訝そうな顔でそれを見る南調。


「おい、千葵。どうした「南調、喋るんじゃねえっちゃ」」


 すっと伸びてきた千葵の手のひらがすくい上げる様に南調の顎を固定する。ぎょっとする南調を置いといて、その油性のサインペンの蓋をきゅぽんっと開けた。独特のにおいが南調の鼻先をかすめる。

 そして、南調の白い頬に。なんのためらいなく。


 千葵


 と書き入れた。

 突然の暴挙にぴたりと静まり返る教室内。書かれた本人はもっと呆然としていた。

 そんな室内のことなどには目もくれず、満足そうに千葵は1つ頷いて見せた。


「よし!」

「よくないわよ!」


 行動を振り向きざまに見ていた戯沙がつっこみを入れる。千葵の頭にチョップを差し込む当たり、さすが手慣れてると思う。


「しまった! 名字入れ忘れたっちゃ!」

「そこじゃないわよ!」


 喉もさけよとばかりに叫ぶ戯沙。そのとき、書かれてから呆然と千葵を見つめていた南調がはっと目を瞬いた。暫時うつむくと、千葵の手からサインペンをかすめ取った。

 蓋が開いたまま、独特のにおいをまき散らすそれを、健康的に焼けた千葵の頬に躊躇せず走らせた。


 高遠南調


 と。それはもう素早く達筆に。


「よし!」

「だからよくないわよ!」


 位置的な問題でチョップが出来ない南調にぎりぎりと歯噛みする戯沙。ひまりは持ってた手鏡を机の中から出し、千葵に渡す。

 ひまりから受け取った鏡に反転して映る南調の名前に、千葵は楽しそうに笑った。

 

「「俺の(ライバル)だからな!」」

「もうやだこいつら」

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天佚崎学園物語 小雨路 あんづ @a1019a

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