大嫌い。大嫌い。

街に流れる歌の中に、あの人の声があることに気が付いて、足が止まった。

聞き覚えのある歌詞フレーズ旋律メロディ

私の部屋で、あの人が歌ってくれたものによく似ている。

私の誕生日に、私へ贈られたはずのラブソング。

歌が聞こえる方に目を向けると、巨大なスクリーンにあの人が映し出されていて、小さく息が零れた。



あの日も、こんな雪の日だった。

駅前の小さな広場で歌う声に惹かれて、ふと足を止めた。

牡丹雪がふわりと落ちる中で、その寒さをまるで感じていないかのように歌うあなたに、私は恋をした。

バイトの帰り道。同じ時間、同じ場所で歌うあなたに声をかけて、話すようになって。

お前は俺の、初めてのファンだ。そんな言葉に喜んで、浮かれてしまった。


最初のうちは、立ち止まって聴き続けるのは私だけだったのに。桜が咲いて青葉が茂り、夏の空気が肌にまとわりつく頃には、あなたが歌うと人だかりができるようになっていた。

それでも、あなたの目の前の特等席は、私の指定席。それが嬉しくて、誇らしかった。

――それなのに。


あなたの歌が、才能が認められてゆくにつれて、あなたが遠くなる気がした。

私のために歌ってくれたはずの歌が。言葉達が。

私だけのものでは、なくなっていく。

あなたが認められることは、嬉しいことなのに。喜ぶべきことなのに。

あなたが、遠くなる。遠く、手の届かない人になる。




遠くなる。

あなたが。




そのことに気が付いてしまった途端、あなたの歌が聴けなくなった。辛くなった。

少しずつ、あなたから離れていく。そのことにあなたが気が付かないことに、苦しくて。憎らしくて。

あなたの歌に、恋をしたのに。

好きだったのに。



初めてあなたの歌を聴いた場所で、あなたの歌う姿を見つめた。

あの頃は私だけだったけれど、今では歌うあなたの周りを、人が幾重にも囲んでいて。

その人垣の一番後ろから、あなたを見つめた。

もう指定席に立つことはできない。その場所で歌を聴くことは、私にはできない。

私へ贈られたはずのラブソングは、もう私だけのものではない。

だから。






スクリーンに映るあなたを、見つめた。

懐かしい、甘ったるいラブソング。

あの日、私に贈られたもの。私のための、ラブソング。

瞳を閉じて、一瞬だけあなたの声に身をゆだねる。

そしてそのまま、振り返らずに通り過ぎた。

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短編 はむちゅ @hamuchu

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