第5話

 ――ユッサユッサ・・・・・・ユッサユッサ


「ん・・・う〜ん」


 俺のささやかな安眠を妨害する奴は誰だ。無視だ、無視。


 ――ユッサユッサユッサ・・・・・・


 しつこい、ここは一発ガツンと言って追い払おう。寝惚けた頭を半覚醒状態に持っていき顔を上げ、


「いいかげんに・・・し・・・・・・ろ」


 相手の顔を見て俺の言葉は尻すぼみになって消えた。


 天宮さんが驚いたような顔で固まってる。


「え、あ、ご、ごめん、何?」


 頭の中がパニック寸前。なんで天宮さんが俺を安眠妨害を? ってそうじゃない、馨はどうした馨は、あいつに目覚まし頼んだはずだぞ。


「馨くんが用事があるから久遠君を起こしてくれって」


 周りには数人の生徒が談笑して、半分以上は教室にはいなかった。そして、いなくなった生徒の机には鞄の既にない。


「聞いていいか。学校はもう終わったのか?」


「うん、ついさっき終わったよ」


「・・・・・・」


 馨の奴用事があるだと、俺は始業式から帰ってきたら起こせって言ったのに、何を聞き間違って学校が終わったあと天宮さんに起こさせることに――


「久遠君そろそろ部室に行かなきゃ遅刻になるわよ」    


 グッドジョブ馨。さすが俺の親友だ。


 天宮さんに起こしてもらえたうえに、部室まで一緒に行けるなんて天にも昇る心地。


「久遠君行くよ」


 いつの間にか天宮さんが廊下に出ている。


「今行く」


 枕代わりの鞄を肩に掛けて天宮さんに追いつく。


「天宮さん、起こしてくれてありがと」


「どういたしまして」


 思わず抱きしめたくなるほど愛らしい微笑み。


 抱きしめると言えば朝方も似たような会話をしたな、今とは反対の台詞だったけど。


「朝とは反対ね」


天宮さんも同じことを考えてたようだ。


「そういえば今朝はすごかったわね、鬼ごっこみたいだった」


 鬼ごっこというには語弊あるぞ、あれは。


 鬼ごっことは一人の鬼が複数の人間を追いかけて楽しむものだ。決して複数の鬼が一人の人間を鬼気迫る表情で追い掛け回すものではない。


「ああ、すげー怖かった」


「久遠君、何かしたの?」


したと言えばしたし、してないと言えば何も悪いことはしてない。


 おそらくきっと絶対、原因は階段での天宮さんを抱きしめたことにあるだろう。でも、彼女にそれを言っても納得してくれないだろう。まあ話す気もないが。


「皆暇だったんじゃないかな」


「そうなんだ」


「そういえば新しい顧問ってどんな人だった? 始業式で自己紹介かなんかあったんだろ」「たぶん女の人だと思うけど」


「美人?」


「・・・・・・」


 なんか天宮さんの雰ふん囲気いきが変わったような。表現するなら『むっ』って感じだ。


「綺麗な人だったよ」


 一転笑顔で返事をしてきた。でも、なんかすごみのある笑顔だ。


 女としての嫉妬か、いやー天宮さんに限ってそんなことはないだろう。嫉妬する必要もないぐらい可愛いし。でも、本人に自覚はないからな。それでも彼女が相手を羨むことはあっても相手に対して嫉妬や僻ひがむようなことはしないだろう。性格上。


 まあ男の俺に女の子の気持ちを推し量ることはできないな。


 ――数分後


 部室棟へ到着。


 この部室棟、又の名を旧校舎は二、三年前まではここが本校舎として使われていたのだが生徒数の増加に伴いこの校舎では少し狭すぎるのではという意見がでたために、空いているスペースに新しい校舎が建てられたのだ。そして、残された旧校舎は現在、主に文化系のクラブが収容されている。


 そして、俺の所属するクラブもこの部室棟にある。


 二階の階段に隣接した教室、元は『一年三組』と書かれたプレートが掛けられていた教室には、現在『演劇部』と書かれたプレートがぶら下がっている。


 一月半振りに訪れたこの場所だがこれといって変わったとこはないな、たとえば窓が割れてるとかドアが外れてるとか。


「もう誰か来てるかな」


 うーん、来てるんじゃないかな。俺寝てたし、そのぶん時間とってるし、それに室内なかから――


「一年の分際でこの作品の何がわかる!」


 怒声と罵声のミックスブレンドが聞こえてくるし。


 少なくとも二人以上の人はいるんじゃないかな。怒る人とその怒りをぶつけられる人が。「天宮さん、どうしようか?」


 この場合入るタイミングが大切だ。


 ガラガラガラッ


 ドアがオープン。もちろん開けたのは天宮さん。躊躇も迷いも一切なく平然とドアをくぐる。 


 うっ、ここで入らなきゃ男が廃すたる。ドアをくぐるとやっぱりね。複対視線がこちらを注目している。


 俺が見たところ部屋の中には何人かの上級生と二人の下級生が対峙している。とは言っても本当に対峙してるのは二人だけ。三年の男子生徒と一年生の女子生徒。あとはそれを見守るギャラリーでしかない。


「ん?」


 この諍いの中心人物の一人、部長の速水が今始めてこちらに気付いた。


「やあ華南くんよく来てくれたね、待ってたよ」


 俺は無視かよ。ってゆーか待ってたっていう雰囲気じゃないだろ。


「雪先パーイ」


 こちらには可愛らしい少年――これが少女だったらどんなにいいことか――が寄ってくる。


 彼の名前は如月遥はるか。


 少女と見紛う美少年、まだかなり幼さが残っている。どれぐらい幼いかというと電車を子供料金で乗れてしまいそうなほどに幼い。声もそれほど低くないため女の子に間違えられることがたびたびあるとか。本人かなり気にしてる。


「遥、氷咲ひさちゃん何したの?」


 氷咲ちゃんとは速水と言い争っていた少女――相模さがみ氷咲ひさきの事だ。彼女は今こちらの方をじっと睨んでいる。


 艶のある黒こく色しょくの髪が腰の辺りまで伸びている。顔も整っているのだが少し目が鋭すぎるところがあり、それゆえに彼女には少女としての儚さや脆さよりもどちらかと言えば凛々しいと言う表現や雄雄しいという表現の方がしっくりくる。それでいてミステリアスさや神秘性も兼ね揃えている。


 天宮さんが皆に光を与える太陽だとすれば氷咲ちゃんは真夜中に人を誘う魔性の月のようだ。


「えっと、氷咲ちゃんが、部長が作った文化祭で使う台本が気に入らないって――」


 氷刃ちゃんの足元にはおそらくは台本であろう物が落ちている。そこから導き出される結果は、


「氷咲ちゃんが、床に台本を叩きつけた?」


「雪先輩、すごいですよくわかりましたね」


 これは速水がキレるのもわかる気がする。


「氷咲ちゃん、床に叩きつけるのはやりすぎじゃないか」


 ちょっと先輩らしく言ってみたのだが効果はゼロ。それどころかこちらを見る目が多分に鋭くなっただけ。


 やっぱり嫌われてるのかな?


「おい」


 澄んではいるが、どことなく怖い氷咲ちゃんの声。そして、目の前には先ほどまで床に落ちていた台本が突きつけられた。


 条件反射にそれを受け取る。これを読めと?


「久遠君私にも見せて」


 後ろから天宮が覗き込んでくる。きっと速水から逃げてきたんだな。


 うっ、首筋に息が掛かる。平常心だ、平常心。


 改めて台本の表紙を見ると、くっきりはっきりと靴の底の跡が残ってる。


「・・・・・・」


 ちょっと速水に同情してもいいかも。


 表紙には靴跡以外にこの台本のタイトルがついていた。『Tragic Love』と。


 ちょっとムカッ――


 とりあえず顔には出さないように努つとめて、内容なかみを読む。覗き込んでる天宮さんが読み終えたかどうかページごとに確認しつつ、読みつづける、そして最後のページを捲りおえて、


「どうだね? 二人ともこの僕が夏休みを掛けて手がけて生み出した作品は」


「部長、ゴミ箱はこの部屋に置いてましたっけ」


「ん? ゴミ箱かね、それなら――ほら、そこに」


 俺の後ろを指差されて、確認。


 そして、それめがけて手に持っていたものを――ズコンッ――ナイッシュ。


 見事に台本がゴミ箱に入った。


「ななななななななな――」


 唖然、呆然、驚愕、みんなが驚いて俺を見た。付け加えるならば、いつもに睨んだような目でしか俺を見ない氷咲ちゃんまで驚いた顔して俺を見た。ちょっと嬉しいかも。


「何をするんだね!」


 さっきから『な』を連呼していた速水がやっと日本語を話した。それでもって顔は怒りで真っ赤か。


「部長あれって明らかに盗作ですよね。まあ高校生の演劇に使う程度ではそんな事言われるとは思いませんけど。それでもあれを自分が生み出したなんていっちゃ駄目ですよね」


 氷咲ちゃんが頷いてる。


「まあそんな事はどうでもいいんですが。それより内容が少しアレンジが加えられてるけど、良くなるどころか悪くなってますよ。この本のタイトルは『Tragc Love』なのに、さっきの台本は要らないアレンジのせいでさながら喜劇。こんなの雛森恵が知ったら名誉毀損で訴えられますよ」


 一息にそう言った。


 『Tragc Love』――これは雛森恵(俺)の処女作であり、現代に蘇ったロミオとジュリエットとかなんとか、世間でかなりの反響を呼んだ。それがだいたい四、五年前の話なのだがいまだ人気は衰えてはない。


「俺はこんな喜劇を発表するのは反対です」


「私が生み出した作品がととと盗作だと! ききき喜劇だと」


「そうですね、こんなの読んだら雛森さんもきっと同じことを言うと思いますよ」


 その言葉で我が意を得たりというようにニヤリって感じに笑いやがった。   


「ふん、それはないね」


「どうしてですか」


「それはね君、君みたいな無知な者と違って、雛森恵先生は僕の作品の良さをしっかり理解してくれるはずだからね」


 いや、本人が気に入らないって言ってるんですけど。


「ふん、君たち二人に意見を求めたのがそもそもの間違いだったようだ。華南君、君ならこの作品の良さを理解してくれたことだろう」


 期待を込め天宮さんに迫るのだが彼女はちょっと困り顔。そりゃ困るだろうな。


 そしてそれを止めたのは突如現る闖入者と珍入者!?

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僕らの学校 紅茶キノコ @kino_kou

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