第4話

「くっくっくっくっく」


 さっきからずっと続いている、押し殺した笑い。


 聞いてて気分のいいものではない、何故なら笑いの対象が俺だからだ。


「いい加減にしろよ」


「クックック、だってな。クッハハハハハ」


 俺の方を向いて大爆笑馬鹿笑い。


 笑いの主は俺の後ろの座席に座る馨が笑っている理由は自分でも解っている。それは今現在の俺の格好と先程まで続いていた逃走劇だ。


 クラスメイトの男子に追われた俺はひたすらに逃走していたら、いつの間にか追う人数が倍以上に膨れ上がっていのだ。


 おそらく他クラスの生徒や他学年の生徒が加わってひたすら追われまくった。追ってくるのが皆女の子なら大歓迎なのだが・・・・・・それほどこの世の中は甘くない。


 俺はまず階下に逃げ逃げ道がなくなると今度は階段を駆け上がり、校舎内を逃げ回った。


だが、数の差には勝てず最後には逃走劇の原点であるF組の教室に追い詰められた。


 絶体絶命大ピンチ。このまま窓から逃げようか。


 ここは三階、飛び降りれば大怪我は必至。だが、幸いなことに窓の外には樹齢云十年の立派な大木、枝ぶりもなかなかしっかりしてる、木を伝って降りればさすがにもう追っては来ないだろう。


 半ば本気で窓から逃げようと思ったのだが、神はまだ俺を見捨ててはいなかった。


 キ〜ンコ〜ンカ〜ンコ〜ン


 校舎中に響き渡るチャイムの音。それと同時に教室のドアが外側から開かれる。もちろん入ってきたのはこのクラスの担任教師、東あずま隼人はやと。


 このときほど彼が自分の担任でよかったと心から思えたことはない。


 時間と男子にはやたら厳しく、女子にはめちゃくちゃ甘い、天性のフェミニスト。


 少し目つきはきついがかなりの美形なため、女子には絶大な支持を集め、男子からの批判の声は高い。


「ん? 貴様等は俺のSHRショートホームルームの時間を邪魔しにきたのか」


鋭く威圧する眼光。


 殺気迸らせる生徒もさすがにたじたじ。皆ぞろぞろと教室を後にする。


 しかし中にはあからさまに残念そうな顔をする者――おそらく下級生だ。舌打ちする人――きっと上級生。諦めきられいというような表情をする奴等――絶対同級生だ。げっ、一年の時に同じクラスだった奴までいやがる。


    ★    ☆    ★


 そして、現在に至る訳だが。


 校内を走り回ったおかげで、汗は掻くし、髪も服装も乱れまくり、なおかつそれらに気を遣う余力もない。


 疲労困憊ノックダウン。動く気も失せる。


 そんな俺を見て、親友だと思っていた馨は腹抱えて笑いやがる。血も涙もないのかこいつには。


「雪、お前あのままチャイムが鳴らなかった窓から逃げるつもりだっただろ」


「・・・・・・ああ」


「そんなことしたら絶対、大騒ぎになってたぞ」


「そう思うなら助けろよ」


「・・・・・・悪い、俺も命は惜しい」


 真面目な顔して言ってんじゃねー。この薄情者。


「ハアァァァアア〜」


 今日三度目の溜息。


「馨」


「ん?」


「始業式の間、俺ここで寝てるから帰ってきたら起こしてくれ」


 本日の睡眠時間約三時間。そのうえ無駄に走り回ったせいで体が休息を求めてる。


「学校に何しに来てんだよ、お前は」


「我が麗しの女神の御尊顔を拝みに。っておいその憐れむような目は」


「・・・・・・いや、別に」


 まあいいか。机に直接寝るのはちょっと据わりが悪いな。・・・・・・枕代わりに鞄でも敷くか。


 ――ものの数秒で睡魔が襲ってきた。そして数瞬のまどろみの後に俺はあっさり困睡した。


 だから俺は気付かなかった。背後で親友の顔が悪戯を思いついた子供のような顔をしていたことを――。

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