肉汁のソナタ
-旧テキサス-
第三時世界大戦時、米国で最も強力な食の力を有していた者達が集まる州、それが旧テキサス。
肉を多く食し、家畜である牛を乗りこなす「カウボーイ」と呼ばれる武装集団の機動力は日本との戦いの際、日本人を苦しめた。
主な戦地となったのは旧ワシントンで、ここ旧テキサスでは大きな戦闘は行われなかったが、日本人を苦しめたカウボーイの聖地であるこの州には多くの反乱分子が眠っているであろうということから、「ヒラガ」「アキヒコ」「マサヒロ」の3人の「TSUKIJI24」に所属する職人が派遣された。
「ふむ・・・ここがカウボーイの聖地旧テキサスか・・・中々暑いところだ・・・寿司が傷まないか不安であるな」
「だぁいじょうぶよぉ!世界に誇る日本製の中でもトップクラスの寿司ホルダーメーカーのオイシースー社の最高級寿司ホルダーよ?このホルダーに寿司を入れて常夏に30日間放置しても新鮮なままのお寿司を食べれるって評判なのよ?」
「新鮮なままであっても30日放置された寿司は食べたくないのう・・・」
テキサスに到着し、ヘリコプターから先に降りたヒラガとアキヒコの二人がテキサスの暑さに寿司の鮮度を気にする。まさに寿司職人の鑑である。
「ところで・・・ずっと気になっていたが・・・アキヒコ、何故お主は男だというのに女物の戦闘服を着ているのだ・・・」
TSUKIJI24では現代の西郷隆盛とも呼ばれるヒラガはしっかりとした体つきでそこに着慣れた寿司職人装束を着ている。
それに対し、アキヒコは体長3mもあり更にはボディービルダーのような筋骨隆々の体をしているが、着ている服は女性用の戦闘服・・・つまり隠すところは隠す、見せる所は見せる様な際どいマイクロビキニの様な寿司職人装束に身を包んでいる。
「あら?言ってなかったかしら?この前、中田クリニックでアタシのカジキマグロ取っちゃって今はビンチョウマグロになってるのよ?つまりアタシは今はオ・ン・ナ♡イイ男の前ではビンチョウマグロもビンビンになっちゃうわぁ♡」
アキヒコはオカマである。因みにアキヒコは米を炊くとき土鍋を使い、夜はマグロではない。
「そうであったか。だが、そのような体でアメリカを歩いてたら通りすがりのボディビルダーと間違われてポージングを取ってくれと言われそうであるな」
「あらやだ!そんなこと言われたら女海豚のポーズしちゃおうかしら♡」
二人が談笑していると、小柄な体にキチッと装束を纏った最後の職人マサヒロが降りてくる。
「貴様ら下らない話はその辺にしておけ、今から仕事を始める。それ以降は休憩の時に話せ、いいな?」
「了解」
「わかったわ」
今までふざけていた二人の顔が今から寿司を握る職人の顔つきになる。
「今からの作戦を伝える。我々はこのテキサスに潜む反乱分子の殲滅及び、カウボーイを伝承する「カウボーイマスター」を討伐する。探索は各自別れて探索を行う。連絡は腕時計型注文パネルによって行う。以上だ」
「一つ質問がある。もし単独でカウボーイマスターと思しき人間を見つけたら即座に戦闘を行っていいのであろうか」
「一人で討伐できると判断すればそうしろ。だが一人でも討伐が困難であると判断すれば連絡しろ、どんな状況であっても我々はそちらに向かう。質問は以上か?」
二人は頷く
「ならば問題はないな。いいか!貴様ら!我々は誇り高き築地の名を背負いし24人の精鋭であることを忘れるな!いつ如何なる時もこれを忘れず戦い抜け!24人誰一人欠けること無く戦闘を終わらせろ!それでは作戦を開始する!」
それを合図に3人はトビウオの寿司を一貫取り出しそれを食べ、瞬時に散開した。
-テキサス北部-
「ここだったかしらぁアタシの作戦場所はぁ」
3人が降り立った場所は凡そ南部に位置する場所で、最も遠い北部までかなりの時間を有する所が、アキヒコの肉体とトビウオの食の力によってたった3分で到着した。
「あらやだ、戦争があったっていうのに案外平和な所じゃなぁい?こんな所で戦っちゃったらアタシ悪役じゃないかしらぁ、まぁ向こう側からしたらアタシは悪でしょうけど♡それにしても・・・ここでは車じゃなくて牛に乗ってるのねぇ、不思議な光景だわぁ」
この州では人は車に乗らない。
15年前に制定された自動車撤廃法により自動車に乗ることを禁じられている。
それにより、人は車ではなく牛に乗ることとなった。
これはエコロジーの観点から見ても革新的で、更に牛と共に生活することで食の力を高め、軍事的観点でも圧倒的に効果を示した。
つまり、この州ほぼ全員がカウボーイなのである。
「この中からカウボーイマスターを探すなんて中々ナニが折れるじゃなぁい?」
アキヒコが周りを見渡していると、数十人がアキヒコに驚き目を留める。
それもそのはず、アキヒコはアメリカで「TERROR24」と呼ばれた人間の一人なのだ、民衆が牛を止め、手を止め、目を止めるのも当然である。
決して、空から筋肉ムキムキのや露出の高いオッサンが降ってきたからではないのだ。
民衆は「オゥ…クレイジーマッソゥ…」と呟いている。
「あらぁ、やっぱりこの国じゃ寿司職人は珍しいかしら?まあいいわ、ちょっとお話を聞いてみようかしら」
アキヒコは近くにいた少年に声をかけてみようと近づくが、身の危険を感じたか少年は即座に逃げようとするが
「あら!坊や!悪いことはしないから待ちなさい!」
ガシィ!と逃げる少年の手をつかむ。アキヒコにターゲットされた者は決して逃れることはできないのだ。
「坊や?ちょっと聞きたいのだけれど、この近くにカウボーイマスターって知らないかしら?ナニか知ってたら教えてほしいんだけど」
少年は思った、逆らえば殺される。いやそれ以上の事をされるに違いない。ただ間違いなく僕に明日はないのだろう。と
少年は怯えながら言った
「カウボーイマスター、コノ街ノ一番人、集マル所ニ居ル・・・」
「あら、正直な子ね!正直な子は好きよ?そんな正直坊やには飴をあげましょう♡」
アキヒコは左手でズボンの前ポケットからチンアナゴの形をした飴細工を取り出して少年に手渡した。
「因みに人が一番集まる所って何処か分かるかしら」
「中心区ノオ酒屋サン・・・」
「ありがと♡じゃあ特別にもう二個飴をあげるわね」
アキヒコは再び前ポケットから大粒イクラを象った飴細工を二つ少年に手渡した。
「ごめんね、怖かったでしょ?もう大丈夫!もうナニもしないわ!情報ありがとう!それじゃさようなら!」
少年から手を離しアキヒコは大きく跳躍した。
-テキサス北部・中心区-
人が一番集まる所と言われるだけあり、とても人が多い。
中心区は肉の焼ける匂い、人や牛の喧騒で満ちていた。
この場所でもアキヒコは注目の的だった。
だが今回の視線は畏怖の視線ではなく、殺意を孕んだ視線であった。
「やっだ・・・すっごい殺伐としてるじゃなぁい?ナニかしら・・・アタシって罪なオンナねぇ・・・」
アキヒコ程ではないが、大柄の中年ほどの男性が3人アキヒコに近づいてきた。
「オ前、ニホンジンカ・・・?ソレニソノ格好・・・」
3人の中年男性はアキヒコを凝視する。
そして、アキヒコの肉体美とそれを飾る寿司職人装束を見て正気を失い、「SUSHI職人!SUSHI職人!」と叫び、やがて失神してしまった。
辺りがより騒然とする。
「アタシが寿司職人って分かるって事は、やっぱりこの人達反乱分子なのね・・・悲しいわ・・・これ程の人間を殺めることになるだなんて・・・」
普通の人間ならアキヒコはボディービルダーだと思うところだが、ここにいる人は皆アキヒコをSUSHI職人だと認識するということはつまり、SUSHI職人を知っている反乱分子であるということなのだ。
騒がしい群衆の中から人を押しのけ一人のビジネススーツを着込んだ日本人のそれも成人男性が現れた。
「初めまして、SUSHI職人さん、実際に戦場で活躍していたSUSHIのエキスパートに出会えるとは思いませんでした」
「おっどろいた・・・旧米国に日本人が残っていると聞いていたけどこんなところに居るだなんて・・・アタシも出会えるだなんて思わなかったわ・・・ところでアナタここでナニしてるの?痛い目見たくなかったらさっさと祖国に帰るのよ」
「何をしているかですか・・・昔、戦争が始まる前私はビジネスの為にここへ来ました。ここの風土、風習そして、日本の牛肉では味わえない肉の味に非常に感銘を受け、永住することを決めたのです。そして、私はカウボーイマスターとしてこの地でカウボーイを教育しているのです」
「あっら・・・こんなにあっさりカウボーイマスターが見つかるだなんて、しかも日本人のカウボーイマスターだなんて・・・なんてことなの・・・でも、仕方ないわ、アタシ達がやらないと行けないことは反乱分子の殲滅。ここはぶれちゃダメなの」
アキヒコは寿司ホルダーからサンマの押し寿司を取り出し口に含み咀嚼し、飲み込んだ。
ピィユゥイ!
カウボーイマスターの口笛により、アキヒコの背後から猛牛が突進してくる。
アキヒコが気づくこと無く猛牛はアキヒコに激突する。
普通の人間なら相当ダメージを受ける所だが、アキヒコはビクともしない。
人並みならぬ鍛え方をしているアキヒコにはこの程度のダメージはダメージにならないのだ。
「あらやだ、痛いじゃないの、このお牛さんはアナタのかしら?残念ね、普通に牛をけしかけるだけじゃこのアタシに傷一つ付けることは出来ないわよ?」
ビクともしないアキヒコに驚いたのか、冷静を保てず焦り始めたカウボーイマスターは豹変した。
「なんだこいつ!化け物か!クソっ見た目どおり化け物じゃないか!」
カウボーイマスターは呼んだ猛牛にまたがり先ほど焼いたであろう湯気が立つローストビーフを頬張った。
「人牛一体の食の力を見せてやろう!」
再び、猛牛は突進をする。しかし、今度はカウボーイマスターの食の力によって速度、力が何十倍にも増強されている。
この突進をアキヒコは直で受け止める。
「甘く見ないで頂戴。言ったでしょ?普通に牛をけしかけるだけじゃダメなのよ!」
人牛一体となったカウボーイマスターの肩をガッシリと掴み、横に投げ飛ばし、牛は宙に浮く。
2トン近くの牛を投げ飛ばすなんて人では出来もしないことだ。
一回転したが、無事牛は着地し、カウボーイマスターも落ちることはなかった。
「アタシはね、生まれつきご飯を食べてから食の力が発動するまでに時間が掛かる子だったの。それで相当いじめられたわ・・・でもね、アタシは諦めないで一生懸命その欠点を補えるように体を鍛え続けたの、それじゃ今や食の力が無くたって普通のSUSHI職人を相手取ることも出来るようになったのよ」
「それがどうした!今の突進は序の口にしか過ぎない!貴様は肉の力を知らない!肉肉とした肉汁はアルプスの天然水をも凌駕し!肉の厚みはグランドキャニオンを超える!!!次は本当の肉の突進を喰らわせてやる!!!!」
5枚のビーフステーキを頬張り、再び突進の構えに移る。
先ほどの突進とは比べ物にならない程力を込めているのが地面の沈み、力みによる揺れにより分かる。
「ねえ、プロテイン寿司って知ってるかしら?日本では割りと知られてるお寿司なの。プロボクサーやボディービルダー、スポーツマンに兎に角人気のお寿司なのよ」
「寿司など過去の産物!寿司は世界を救うのではない!肉!肉こそがこの混沌とした世界の救世主となるのだ!!!!」
猪突猛進。
溜めていた力を爆発させ、新幹線にも近い速度で突進を始める。
当たれば人は一溜まりもなくひき肉になってしまう。
普通の思考をしていれば避けようともするが、アキヒコは両足をしっかりと足につけ両手を合わせる。
「お寿司こそ・・・最高の料理なのよ!」
一閃。
合わせた手を頭から地面に向けて振り下ろすと、周囲に暴風を発生させた。
アキヒコの体臭を孕んだ風は刀に切られたように人の肉を切り裂き、牛は足をつきカウボーイマスターとアキヒコの戦いを見ていた人々は瞬きをする間に地面にひれ伏した。
秋刀と書くサンマの力だ。
当然、風の発生源であったアキヒコに最も近いカウボーイマスターは周囲の人間よりも強い風に当たったがため、体中に深々とした切り傷が入っている。
「がっ・・・私の肉の力が・・・負けるのか・・・・!この化け物がぁ・・・!」
ドォンと轟音を立てカウボーイマスターが崩れる。
「お肉は美味しいわ・・・でもそれは和の否定になるの、それはアタシ達日本人そのものの否定になってしまう。日本人の食の力をお肉では100%引き出すことはできないの。それがアナタの敗因よ」
騒々しかった中心区もアキヒコの一振りで静まり、周囲はワインプールとなった。
目の前で倒れているカウボーイマスターを仰向けにし、顔を確認する。
「やだ・・・なかなか良い男だったじゃなぁい、悲しいわねこの仕事は・・・それよりも」
アキヒコは右手の親指に巻かれた腕時計型注文パネルを操作する。
そして、ある人物の顔写真を見つける。
「やっぱり、このカウボーイマスター・・・行方不明になった寿司職人の一人ね。寿司職人は本来、寿司を信仰し寿司に生き寿司と共に死ぬはずよ、でもどうして・・・」
その時、腕時計型注文パネルから救援支援コールが鳴り響く。
「あら!これはヒラガちゃんのじゃない!!!まさかカウボーイマスターがもう一人いるの?!これは不味いわ!早くイカなきゃ!!!」
アキヒコは跳躍し、東部に居るヒラガの元へと向かった。
食卓の輪舞曲~そして寿司は踊る~ 天鎧 @remus
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