『誰にでもなれるお手頃な透明人間』
透明人間。おおよそすべての人間が、一度は夢見たことがあるであろう神秘の存在。
男も、例によって憧れた。だが男が例から外れたのはその憧れを捨て去れなかったところだ。
世界中の文献を読みあさり、自身の人体を透明にする方法を探した。魔術や呪術、オカルトにも手を出した。光学迷彩という、科学の力にも頼った。集めた資料と機材の数はやがて、男のちっぽけな部屋の床を突き抜けるほどとなった。部屋を追い出されかけながらも、男は透明人間への夢をあきらめなかった。
男の地道な努力は奇跡を生んだ。オカルトの神秘性と科学の論理的見地からの透明人間化実験は実を結び、ついに透明人間になれる秘薬が完成した。男の生命力を著しく消費する、いわば毒薬なので、飲めば死は免れない。それでも男は、人類史に残る発明の証として、秘薬を飲むことをためらわなかった。
透明人間となり、服を脱いで部屋の外へと出ようとする。しかし、何故だか扉がびくともしない。一瞬悩んで、すぐに答えにたどり着いた。そうだ。部屋の中に資料をおけなくなったので、部屋の外に置いていたのだった。その資料が部屋の扉を塞いでいるのだった。なるほど、納得した。
さてと。男は考える。部屋の外に出れない以上、俺はここで死ぬしかないのだが、これはどうなんだろう。部屋には俺一人、俺の姿を見ることができる者など、誰一人いない。俺が透明人間だと、認識してくれる人はいない。俺だけが、自分が透明人間であることを知っている。
これはつまり、誰にも看取られずに『自分は透明人間だ』と思いながら死ねば、誰でも透明人間になれるのではないか?肯定する者も、否定する者もいない。こんなに身近に神秘への道があっただなんて。もしかして、俺以外にもこのことを知っている人間がいたりしたのか?みんながみんな、大人になるにつれ透明人間になることをあきらめていったのは、成り方を知ったからなのか?
電気も止まったほの暗い部屋で、男は孤独死をする人が年々増えていってる理由がわかった気がした。
例えば、あり得るかもしれない街談巷説 夜乃偽物 @Jinusi
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