狐と狸の度胸試し及び術比べについて。Part 1

道草屋

犬も食わない。

ブロロロ……ガコンッ


(あいたっ)


狐は一瞬目を細め、しかしすぐにまた、焦点の合わない間抜けな面に戻りました。


(道の端にいるってのに、まぁ見事に轢いてくれたもんだ)


ワゴン車のタイヤにかかれば、鼻の先はべしゃんこです。自慢の鼻の惨めな姿に、狐はあやうく口を開きかけます。


(わざとか? わざとなのか? うわぁ、ひどいわぁ、動物虐待だわぁ)


内心でしくしく泣いておりますと、鳩がやってきました。


「よぉ、お前さんもとうとうくたばったか」

「まだ死んでねぇよ、このアホ鳥め」


狐が口を動かさずに毒づくと、鳩はあきれて掠れ声を上げました。


「こりゃたまげたね、なんでまた死体の真似事なんかやってるんだ」

「うるせえ、あっちいってろ。これは、男と男の戦いなんだ」


鳩は首を傾げ、狐の視線──この時ばかりは瞳に生気が宿った──を頼りに振り返った。


そこには、だらしなく舌を出して息耐えた、狸がおりました。

が、狐の薄汚れた口角がわずかに上がるのを見た狸は、これでもかと目をかっぴらいて威嚇しました。

どうやら彼も、まだ死んではいないようでした。


鳩は今度こそ馬鹿馬鹿しくなって、翼を二度三度羽ばたかせると、空へ帰っていきました。


同じ山に住むもの同士すら騙した狐と狸の妙術が、いつもの「意地の張り合い」の延長戦に過ぎないと察したからでした。



ガコンッ


ガコンッ



遥か地上で、狐と狸が軽自動車に踏まれましたが、鳩は見向きもしませんでした。




狐と狸は、ことあるごとにいがみ合い、自分の力を見せつけあっていました。


日常的に行われていたのは、晴れの日に雨を降らすことでした。(冬にはしばしば雪になった)


人間の世界では晴れた日の雨を「狐の嫁入り」と称しますが、なにも狐の専売特許というわけではありません。


以前から、狸は人間が「化かすといえば狐」だと思い込んでいるのに腹を立てておりました。


それを引き合いに出してなにかと自慢してくる狐には、もっと腹が立っていました。


いつしか、狐が人を化かすために山を下りるときはいつも、狸の姿もありました。


狐が通行人の首を触って脅かせば、狸は足をつつきました。

また狐が軒先で干されている大根を盗めば、狸は吊るされた玉ねぎを盗っていきました。


こうなると、狐も黙っていられません。自分から狸に勝負を持ちかけるようになりました。


あるときは狐が勝ち、またあるときは狸が勝ちました。


事態は泥沼化しておりました。


見かねた猫が、あるとき仲裁に入りました。


しかし、


「これは喧嘩じゃない!」

「戦争だ!」


ということがあって、狐と狸の、犬も食わない抗争は、今も続いているのでした。





「で、あれは一体なにを競ってるんだ?」


木の上から見物していたとんびが、隣の烏に尋ねました。鳩に様子を見てくるようけしかけたのはとんびでした。


「どちらが長く死体のふりをしていられるか、だな」

「つまりは?」

「ただの我慢比べ」

「馬鹿だろ」

「皆知ってる」


死体のふりをしようと言い出したのは狐でしたが、そんな慎みのないまねはしないと、狸は初め断りました。


しかし、狐が三日間も微動だにしないのを知り、

「このまま退くのは、狐に劣っていると認めることになる!!」


わざと飛び出してはねられたのは、力尽きた様子を装った狐への対抗でした。


しかしこれだけでは三日間のリードを覆せない。

狸は思いきって、道のど真ん中に陣取りました。端っこの狐よりも車に接触するリスクは高くなりました。


「このあたりから、いかに死体を装えるかという勝負が、度胸試しというか、ただの我慢比べになったんだ」

「あいつら、妖術の腕は確かなのになぁ」


二羽の眼下をベンツが走り抜け、狸がみごとに踏まれました。


道は比較的急なカーブですから、二匹が倒れていることに気づくのは、接触の直前です。無理に避けようとすれば対向車と接触です。人間はもちろん、後者を避けます。


二匹にとって幸運だったのは、連休中でも人気の少ない道路を選んだことでしょう。


「結構な数の車にひかれてるが、狸の腹はどうなってんだ?」

「あれか? あれはな、ひかれる直前に力んでんだよ」

「まじか」


ちょうど「トラックの下敷きになっても無事」なマジックを披露する人間のようにとは、烏は言わないでおきました。


ひかれる度に目玉を飛び出させていたのでは、ヒトの身はもたないと知っていたからです。


「狐もか?」

「そんなところだ」

「っはーー、それだけ聞くと、えらい間抜けな戦いだなぁおい。従兄弟が遊びに来たから、気張って腹へこませてる近所のねーちゃんみたいだ」


端的に言えば、見栄の張り合い。


もちろん烏は言いません。


「まぁ、無痛になる術や幻術も仕掛けているのだろうけど。狐だって自慢の鼻を潰されてまだ踏ん張ってるんだ、そこは評価してやらないと……」




きぃ、きぃ、かぁ、かぁ


とんびと烏の声に、おじいさんは顔を上げました。


「あんれまぁ、餌をめぐって争っちょるわい」


おじいさんは餌──狐と狸の死体をひょいひょいっと袋のなかに放り込みました。


「残念ながら、これはお預けだ。何日も放置してたんじゃ、臭くてたまらんわぃ」


口をきゅっと縛って、軽トラックの荷台に投げ入れます。


狐と狸がいないことに二羽が気づくころ、おじいさんはとっくに走り去っておりましたとさ。



【おしまい】



数日後、ぼろ雑巾のようにくたびれた二匹が、悪態をつきながら帰ってきたそうです。



【めでたしめでたし】

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